09 杉浦の次男
桜も咲き乱れる卯月の、ある快晴の日。おいらは一郎と茶屋へ向かっていた。
「野火ちゃーん。そんなに離れてたら迷子になるよー?」
「『野火』って言うのは誰のことですか。私の名は『花』です。言いましたよね?」
「……おっしゃいました」
とてつもなく変なモノを見るような目でこちらを向く一郎においらは笑顔で話す。
狐面も外し、髪も結い上げ、動きやすい忍装束ではなく可愛らしい着物を着て。
現在、おいらは化け中です。
「うん、じゃあ花ちゃん。僕の側に来なさい迷子になるよ」
「ごめんなさい一郎さんがあまりに個性的な衣装をまとってみえるので……遠慮します」
「つまり僕の横を歩きたくないって?」
「ご名答」
「泣いてもいいかな」
よよょ…と目元を隠す一郎にため息が出る。誰だって彼のような派手な人物の隣を歩きたいとは思わないだろうよ。
見ろ、周りからの痛い程の視線を。誰がこれだけ集めたと思っている。ちなみにおいらは一郎から二歩も三歩も離れた場所にいる。既に他人状態だ。
「ほらほら仕事先に案内してくれるんでしょう? 譲歩して後ろに歩きますから、元気だして!」
「誰がこんなにしたと思ってるんだい? しかもそれで譲歩………」
「元気出して行きましょー」
「……おー」
***
「やあやあ二郎! 兄さんが来たよ!」
「あぁいらっしゃい。君が新入りの子だね」
「はい、花と言います」
「うん、いい子みたいだね。早速仕事について説明するからおいで」
「はい」
「二人して丸無視かーい」
茶屋から出てきたのは漆黒の髪を持つ、色白の男。彼が店主だろうと判断し、後ろでなんか言ってる蛾を無視して目の前の男に続く。
それにしても
「もしかして、後ろの人と……」
「悲しいことに兄弟だよ。杉浦って言えば分かるかな? 次男の二郎です」
「あぁやっぱり」
どおりで引っ掛かったはずだ。彼ら兄弟の漆黒の髪はよく見慣れているから。
……そして貴方の心底疲れたようなため息も、日頃よく聞きますよ。どんだけ苦労してんだこの弟たち。
「あら二郎さん、そちらのお嬢さんは?」
「新入りの子だよ。紹介するね、こちらは清音。私の妻だよ」
「初めまして新入りの花と言います」
「こちらこそ。花ちゃんね、よろしく」
他事を考えていると、おっとりとした女性が店の奥から現れた。美人さんだぁと身惚れていると、肩をポンッと叩かれる。
「……二郎さん?」
「私の嫁だからね」
「分かってますって。それ以前に私は女ですが」
微笑みながら圧力をかけてくる二郎においらは認識した。こいつ、嫁バカだ。
そんな会話を聞いて「なに言ってるんですかもうっ」と真っ赤になって照れる清音さんに、まったく可愛いなぁと頬に唇を寄せる二郎に、おいらは遠い目をした。