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紫陽花の七変化  作者: マツ
春日遅々
7/23

07 烏が鳴いたら帰ろう

 目に飛び込んでくる赤に俺は目を細めた。今は夕刻。濃紺に染まりつつある空を一度仰いで、長屋へ足を向ける。



 家に帰ると、野火が出迎えてくれた。初めは他人が部屋にいること事態に違和感があったが、今ではそんなことはない。

 ただ何となく、くすぐったく感じていた。初めてのことで言い表せないが、別に悪い気分ではない。



「おかえりーシロ」

「あぁ」



 いつものように狐面をつけて野火は姿を現す。部屋の中から良い匂いが漂ってきた。匂い的にまた何かの煮物だろうと考えているとき、部屋の中から聞こえてきた声に思考が止まった。



「何だかなー新婚さんみたいだねー。いいなぁ……僕もお嫁さん貰おっと」

「………………は?」



 ちょっと待て、今、この部屋で聞こえてはいけない奴の声が聞こえた気がする。野火も何で平然としてるんだ。



「一郎はその鬱陶しい格好(と性格)を何とかしたら嫁さんどころか愛人続々と出来るんじゃない?」

「うわ、野火ちゃんそれ本当? 僕頑張ろ」

「待て待て待て! どうして蛾男がいるんだ。しかも何で夕飯食べてる俺より先に」



 まさかと思って駆けだして見れば、美味しそうなご飯を囲んで笑って食べてる実の兄と米をよそう野火。



 なんだ、この光景。



 怒りでわなわなと震えていると、野火がとたとた近づいてきた。



「丁度良かった、シロの兄貴が今食べるとこだから……ってうおぉお!?」

「お前か、アレいれたのは」



 怒りをそのままぶつけるように野火の頭をガシッと鷲掴み凄ませると、自分の頭よりちょっと低い位置から奇声が聞こえた。



「いだだだだだシロこの野郎はなせばか――!」

「シロ、めっ! 野火ちゃん泣いちゃうだろ」

「お前が原因だよ! それにシロって呼ぶな『めっ!』って馬鹿にしてんのかぁあああ!」

「ぎゃああああたまが割れる――!」



 ますます手に力が入る。不愉快だ。逆にどうやったらこの状況を楽しめというんだ。

 バタバタと手を振り回す野火の頭を離し、未だニヤニヤ嫌な笑みを浮かべる一郎に近づく。ほんとムカつくな。



「何でいるんだ出てけ」

「いいじゃん、一緒にご飯食べようよ美味しいよ」



 久しぶりだよねーこうやって一緒に食べるのも、と言って口元に持ってくる一郎の箸を尽く打ち落す。ふざけんなその飯は本来俺が食べる物であって、間違ってもこいつが食べる物ではない。

 というか、野火の作った飯をこいつに食べさせたくない。勿体ない。

 そろそろ本気で追い出そうと思って脇差を抜こうとすると、後ろにクイッと引っ張られた。振り向いたら視界一杯に狐面。



「っと、なんだよ野火」

「…………しろ、」

「………………?」



 何か野火の様子がおかしい。俺を呼んだっきり腕を掴んで離さず、黙り込む。だが面をしているせいで表情は分からない。

 ふと、今ならいけるかと思って面に手を伸ばしたら、野火の手によって弾かれた。地味に痛い。



「いい加減に諦めろ、それ外せ」

「そっちこそ諦めろ、それに痛かったろうがシロこの野郎髪の毛残らず死滅するかと思ったわ馬鹿!」

「あんなくらいで」

「シロと只人を一緒にするのは間違ってる!」

「お前が言うな変人代表みたいな格好しやがって」

「どっちもどっちだと僕は思うけど」

「お前は黙ってろ」



 どうやら先ほどのが大分効いていたらしい。ぶんぶんと、今度は俺が野火に襟首掴まれ振り回される。でも力が入ってない。それに、さっきの声も心なしか震えてたような……。



「そんなに痛かったか」

「痛かった……頭かち割れるかと思った」

「そうか」

「……シロ?」

「悪かったな」



 そう言って野火の赤茶い頭を極力痛くしないようにぎこちなく撫でてやれば、俺の襟首を掴んでいた腕から力が抜けた。くてんと野火の膝上に腕がおりる。

 それに気をよくして再び面を外そうとしたが、反応は遅れたものの、しっかり妨害された。かなり惜しい。



「おっまえは……人が大人しくしてれば!」

「野火が面を外せばいいだけの話だろ」

「イヤだ!」

「ねーねー二人が仲良すぎて僕嫉妬しちゃう」

「これの何処がそう見えるっていうのかな杉浦一郎」

「ってかまだ居たのか」

「……僕、帰っていい?」

「帰れ」



 一郎が意味の分からんことを言いだした。だからさっきから帰れって言ってんだよ、と言うと涙を拭う動作をしながら立ち上がる。



「いいよいいよ! 僕のことはどうせ遊びだったんでしょう!」

「…………野火、俺コイツを路地に捨ててくるから飯の用意よろしく」

「了解」



 頭に蛆が湧いたらしい一郎の襟首掴み、引きずるように家から出す。なんか、もう、この男と血が繋がっているという事実が悲しすぎる。



「おら、とっとと帰れ」

「ハイハイ。まぁ今日は野火ちゃんと喋れたからいいかな」

「……余計なこと言ってないだろうな」

「さぁ、受け止め方は野火ちゃん次第かな?」

「お前っ」



 にやにやと笑いながら煙草をふかす一郎を猛烈に殴りたかった。というか、以前であれば今頃ボッコボコにしている。


 それをしないのは――。



「四郎って優しくなったよねぇ」

「は?」

「昔だったらもう仕掛けてくるのに今は何もしない」

「……飯が冷めるから帰る」

「そーかい。ま、いいけどね。野火ちゃんと仲良くねーご飯作ってもらってるんだから感謝しなきゃ」

「…………」

「って言うか野火ちゃん無しで生活していけないでしょ? 今頃」

「………………」



 もう、何も言えなくなった。

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