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紫陽花の七変化  作者: マツ
春日遅々
6/23

06 杉浦の四兄弟

 いつも通りにシロを叩き起こし、わーわー口喧嘩しながら朝飯を食べ、隙あらば面を奪い取ろうとするシロの魔の手を十倍返し、そして目を擦るシロを外に放って息をついたころ


 そいつは突然やってきた。



「あ、蛾男」

「何その呼び名。僕泣いちゃうよ」



 ハッデ派手な服を引っ掛けて、白い煙を口から吐き出しながらシロの兄、一郎はため息をついていた。

 何故かシロの部屋で。ため息つきたいのはこっちだ。



「あっれー可笑しいな。おいら招いた記憶ないんだけど」

「当然だよ。勝手に入ったから」

「ちょっと誰かーこの人ひっ捕らえてくださーい」



 一郎の究極に着崩した服の襟首掴んで、おいらは誰かに叫んだ。

 というより叫ばずにはいられないだろ。何だよ。何しに来たんだよこの人……ってかおいらも流れにのまれてお茶出しちゃったよどうするんだコレ。



「いくら兄でも勝手に入れば不法侵入だぞ」

「愛があれば大丈夫大丈夫ー」

「っわ、鳥肌がぁ」

「野火ちゃんってホントに失礼な子だよねー」

「貴方はホントにムカつくよね。その口から出る白いの何とかしろよ部屋中煙いわ馬鹿」

「わーお、どんどん言葉が辛辣になってく~」

「そうさせるのは誰でしょう?」

「うん? 僕?」

「自覚あるの…………で、何の用?」

「キミの生存確認ってとこかな? 元気そうだね生きてる」

「は?」



 一郎が来て間もないというのにこの部屋は煙で充満している。誰がこの後消臭すると思ってんだコンニャロー。

 そんなことが頭の中をぐるぐる駆け巡るが、一郎の言葉を聞いて思考が一時停止した。


 今、訳わかんないこと言われた気がする。ボー然としているおいらを気にも留めない一郎は、頭をポンポン叩き「面は外さないのー?」と面を留めている紐に手を伸ばす。 勿論、即座に叩き落とした。余計なお世話だ。



「生存確認ってどういうこと。確かにシロは笑っちゃうほど生活力ないけど」

「……シロ?」

「あぁ、おいらが勝手に呼んでんだよ。名前が四郎だろ? だからシロ」



 聞き返した一郎に事もなげにおいらが言うと、彼は目を軽く見開いてこちらを見ていた。

 なんか、どっかでみたことある顔だなぁと思ってたけどすぐに思い出した。そういえばシロと一郎は兄弟だ。この顔はシロが驚いた時の顔と似ている。流石、兄弟だなシロは猛烈に嫌がりそうだけど(実の兄のことを蛾男なんて呼ぶくらいだ)



「どうかしたか」

「いや、ちょっと驚いてね。そう呼んで返事してくれる?」

「当たり前だろ。だっておいら今まで一度も“四郎”って呼んだことないもん」

「ふーーん」



 名前呼ばずにどうやって生活してくってんだと呆れ顔で言えば、一郎は何やらニヤニヤと………きもちわる。



「せ、せっかくの整ってる顔が崩れてるぞ」

「いやいや、中々うまくいってるみたいだったからさ」

「なにが?」

「四郎とキミ。僕の心配は杞憂だったようだ」

「はぁ」



 やけに明るく一郎が言うが、こっちとしてはそう答えるしかない。それよりそんなに心配される要素があったのだろうか。そもそも、おいらをここに住むように言ったのは一郎本人ではなかったか?



「そんなに心配だったことって何?四郎のことか」

「や、四郎のこともあったけどさ。野火ちゃんのことが一番心配だったんだよねぇ」

「おいらの?」

「そ、四郎に怪我負わされてないか心配でさー」

「はい?」



 アッハッハと大笑いする一郎の大口からは更に紫煙が出てくる。いい加減にしろ煙いわ……ってことじゃなくて!

 おいらは「さてさて帰るか」と腰を上げようとした一郎の頭をグワァシッと掴んで下へ押し戻し、荒々しく新たな茶を淹れなおすと奴の顔の前に突き出した。


 淹れる際に飛び散った茶の雫に当たった一郎が「あっつ!」とか言ってたが、知ったことか。



「どーいうことか、説明してもらおうか」

「あれま」



 こちらが真剣に聞いていると言うのに一郎は余裕そうな笑みを口元にたたえている。

 やっぱ、こいつはムカつく。そう再確認した瞬間だった。




***




「えーじゃあ野火ちゃんはさ、シロが外で何やってるか知ってる?」

「非行」

「う……ん…………当たらずしも遠からず、ってとこかなぁ」

「はっきり言いなよ」

「そう言われてるけど理由がちゃんとあるってことだよ」



 おいらが無理矢理座らせた後、ぐだぐだと渋っていた一郎だったが大人しく喋る気になったらしく、新たに淹れた茶をズズッと飲みながら話しだす。


 周りに飛び散ってしまった茶を視界に入れて(絶対に跡が残っちゃうな)おいらは一郎が座る反対側に座って聞く。部屋が煙たいのは変わらず。目がシパシパしてきたのは気のせいではない。



「四郎は確かに職業の頭に『ヤ』がつきそうだけど違うからね、『オ』だから。大家さんだから」

「知ってるって。それで何が言いたい?」

「四郎はね、杉浦家の跡取り息子なんだよ」

「お前長男じゃなかった? ってか杉浦家って何者?」

「長男だよ。僕は四兄弟の一番上、四郎は末っ子。そんでもって杉浦家はここいらを治めてる有力者」

「…………お前らみたいなのがあと二人いるのか。しかもボンボン」

「んでねー本来なら長男の僕が跡取るはずだったんだけどさー『僕は自分の好きなように生きます』って言って家出ちゃってぇ」

「(前のは無視か!)この親不孝」

「後の二人も以下同文。残ったのは四郎だけ」

「この親不孝×3」

「ハハハ、分かってるよ。四郎に嫌われるのも当然だよね」



 淡々と返してやれば笑ってはいるものの苦虫を噛んだような一郎。そんな顔するくらいなら跡継げば良かったのに。



「それで?」

「あぁそれで、跡取りが四郎しかいなくなったもんで親は必死になってさぁ」

「ふんふん」

「まぁいろいろあって外に出れるようになったんだけど条件付きでね」

「条件?」

「杉浦の領地から出ないこと、守ること、裏切らないこと」



 ゆっくり指を一本ずつ上げながら一郎は言う。



「この三つが破られたら四郎はすぐに連れ戻される。だから四郎は治安を守るためにも日々見回って、きな臭い奴等に睨みをきかせてるってわけ」

「………んで、それとおいらとどう関係が?」

「僕さぁ四郎が他人と喋ってるの見たのは松之助くらいなんだよね。あ、松之助って分かる?」

「陽気な人でしょ? ここの長屋に住んでる」

「そうそう。だから人付き合いが分からないんじゃないかって思うときがあるんだよ」



 それに加えて不器用だから相手も傷つけかねない、そう言われてふと思い出すのは食材そのまま渡すシロの姿。


 これとは別次元の話かもしれないけど、もしかしたらあのとき彼はどうしてよいのか分からなかっただけかもしれない。結構狼狽えてたし。



「そう言われてみれば……」

「でしょ?だから野火ちゃんが数日経っても無傷でぴんぴんしてるから僕驚いちゃった」



 はい、話はお終いと相変わらず煙を吐き出す一郎。それをじぃっと見ていると、視線に気付いて「なーに?」と聞いてきた。その年でその言葉使いはどうかと思うよ、おいらは。それはさて置き



「なぁ、始めの話っておいらに話す必要ないよな」

「ん?」

「杉浦の跡取りがどうとか………何で話した」



 最初のおいらが怪我負う話の理由は分かった。でも跡取り問題については話しすぎのように思える。


 うっかり言ってしまうほどこいつは可愛くないだろうから、何か企んでいるだろうなと思った。


 しかし一郎からの言葉は予想外だった。



「別に理由はないよ」

「へ?」

「敢えて言うなら、嬉しかったからかな。大切な弟に気を許せる存在が増えたから」



 これからもよろしくしてね、とおいらに笑いかける彼は遊び人やらの面影はなく、弟を見守る兄の顔をしていた。

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