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紫陽花の七変化  作者: マツ
春日遅々
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04 腹が減っては行動できぬ




 グゥルルルルルルルル




「おなかへった」



 なんてことだ。自分の腹の音で起きてしまった。


 頭をかきながら起き上がると、肩までかかっていた布団がボトンと鈍い音をたてて落ちる。顔にいまだ狐面が付いていることを確認して、ふと隣に目をやると布団にくるまった大きな塊。


 その塊が何であるかを理解するのにしばらくかかり、理解したときには思わず手を叩いた。



「あぁ……シロか」



 なんて事はない。只のシロじゃないか。そう思っている間にもおいらの腹の音は元気だ。


 まだのんびりしていてもいいが、こうも腹が減っては寝てもいられない。


 諦めてモゾモゾと自分の布団からでる。勿論、シロとは別だ。


 始めに布団は一つしかないと言われたときはどうしようかと思ったが、シロの兄貴(一郎というらしい)が何処からか「これを使うといいよ」という有難い言葉と共においらが生活するのに必要な物を揃えてくれた。



 お世話焼きな近所の母ちゃんか、と心の中で突っ込んでしまったのは秘密だ。



「シローおなかすいたよー。まっしろしろすけー?」



 取り敢えず飯にありつくにはコイツを起こさにゃならん、と悟ったのは台所を漁って収穫が得られなかったときだった。


 何故に食べ物が存在しないんだ。まさかシロ、かすみ食って生きてたんじゃ……でもこの人って仙人というより鬼神だもんな。きっとその辺で若気の至りやってた奴らを狩って、腰巾着にしてたに違いない。



 だが、いくら呼んでも反応はない。耳元で叫んだら計ったかのように拳が飛んできたが。



「シロのくせに生意気なっ!」



 もう怒った。シロの一撃のせいでズレた面をかぶりなおし、ふんっと気合いを入れる。


 負けるな、野火。鬼なんかに狐のおいらが負けるわけ…………あれ、鬼のほうが強くね?



「あぁああんなもん知るか! 狐舐めんなドリャァ!」

「グホォ!?」



 自分に気合いを入れようとして逆に抜けかけてしまった。恥ずかしすぎる。


 そんな思いも込められ、勢いよくシロの腹へ着地すると彼の口からは故郷を思わせる声が聞こえた。




 あ、ヒキガエルが潰れた声とおんなじだ。




***




 その後のシロは始終機嫌が悪かった。



 その後というのはおいらがシロの腹に着地した後のこと。


 およそ人間が出せる声ではない、つまりは人外な声を披露してくれた彼は呻きながらも目を開けた。


 そしておいらを視界に入れた途端にげっそりした顔をする。



「ほらほらシロ、爽やかな朝にそんな顔すんな。おいら傷つくぞ。酷く騙されたような顔されたら」

「俺から爽やかな朝を奪ってるのは確実にお前だがな。なんでまだ狐面付けてんだ」



 あと俺の腹から退け、と言うシロの言葉は綺麗に無視して顔を覆う狐面に触れる。



「駄目ー。こいつはおいらの体の一部みたいなもんだから」

「……まさか、これからもその面外さないつもりか?」

「そうだけど?」



 それが何? と言うと深いため息をついてシロは己の手で顔を覆った。


 だって、仕方ないじゃないか。今まで特に身近な人間でなければ面を外すことなんか無かったのだから。素顔をさらすのは、少し抵抗がある。


 そう言うとシロに呆れた顔で「お前は平安の姫か」と言われた。勿論、無言で報復させてもらった。



「ところで、おいらは腹が減ったのですよ」

「で?」

「飯を食わせろ」

「それが人に頼む態度か!?」

「御飯が食べたいです猛烈に食べたいです食べ物くれる大家さまってステキ!」

「……分かった。持ってくる。だから退け」



 そう言って腹の上で暴れるとシロはさらにぐってりした後、ボソボソと了解の言葉を言うとサッと起き上がって部屋から出ていった。やっぱりこの部屋に食べ物はないんですね。



 だが帰ってきた彼の手にあるものを見て、突っ込まずにはいられなかった。



「何で食材!?」

「これしかなかった」

「いや、そうじゃなくてさ。調理されてないよね」



 シロは米俵と魚を持って現れた。どこぞの七福神か。


 当たり前だが、おいらは既に調理済みのものを頼んだつもりだったのだ。こやつはおいらに魚を丸かじれと言いたいのだろうか。


 無言で差し出すシロの顔をじっと見る。


 目は口ほどに物を言う、と聞いたことがある。それが本当なら今、おいらの思いはシロに伝わるだろう。


 だが奴は微かに視線をおいらから外して、ずいっと押しつける。



「シロが調理してくれないの」

「言っとくが、俺は刃物を人以外に使ったことないぞ。それでもいいなら……」

「ごめん。おいらが悪かった。頭下げるから包丁持たないで!」



 台所が殺人現場さながらに血塗れになると想像すると、おいらは差し出された食材を受け取るしかなかった。

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