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紫陽花の七変化  作者: マツ
雨夜の月
23/23

12 それぞれの結末

「ごめんなさい」



 おいらの目が覚めた次の日は、朝から謝罪を受けるという始まり方をしていた。

 いまだに起き上がれないおいらの布団の横で、頭をぴったり畳にくっつけるという完璧な土下座を披露するクコに思わずたじたじになる。



「た、確かにクコに面をとられたからこんな惨事になったわけだが…………子供に土下座されると、おいらがダメな大人みたいだ」

「野火、自分自身をいい大人だって言えるか?」

「言えないだろと言いたげなシロくんは黙って座ってろ」



 視線を上に向ければ、すぐそこに腕をくんだ状態で座るシロがいる。

 素顔をさらして以降、おいらはこれから面なしで暮らすことになるのだろうことを覚悟していた。

 しかし、クコが目を覚ました途端に例の白い布を被せられるという謎の行動を見せたシロのおかげで、覚悟は消え失せかけた。

 そのことで白い布を被せるという悪戯をやっていたのはシロだと判明したが、外そうと腕を動かすたびに止めようとしたシロの思考は謎のままだ。


 視界が塞がれるのは面倒だからと狐面に変えてもらったが、睨んでもシロの眼光に敵う訳もない。ため息をついて今度はクコの方を向くと、顔を上げたクコの目からぼろぼろと零れる涙にぎょっとした。



「ど、どうしたんだ」

「ごめ、オレのせいで、怪我して」

「うん」

「ふぐっ……オレ、もう、嘘つかない、から」

「そうか。じゃあ、おいらもクコに嘘をつかない」



 ただ謝るだけならそのまま謝罪を聞くだけにしようと思っていた。けれど、クコから「嘘をつかない」という言葉を受けて、気が変わった。

 



「おいらが今後、どんな人物に化けていたとしても、クコには変わらず『野火』でいてやるよ」

「あ、ありがとう……ぅう」



 クコも今回の騒動に関わっている。しかも、シロの話を聞く限りでは軒猿の手伝いをしたわけだから、子供とはいえ本来ここにいるはずがないのだ。

 そんなクコが今、ここでおいらに謝罪できていることに理由があることは気づいている。その可能性の一つを考えついて、内心苦い気持ちになったがそのほうがこの子のためなのだろうと思う。


 いつまでも涙をぬぐうクコは本当に小さな子供だった。今まで何度か会ってきたが、あのときはムカついたチビッ子でも改めて見てみると普通の子供だ。

 涙を零さないようにこするクコの目元が赤くなっているのを見て、そんなにこするなよ、と制止するために手を伸ばした。


 が、その手は反対方向から伸びてきた手に捕まってしまう。



「……なんだよシロ」

「俺には?」

「はぁ? なんのこと」

「俺には嘘つくのか」



 そんなことを問われるとは思わなかった。

 わざわざおいらの手を掴み、納得いかないような顔で睨んでくるシロをまじまじと見て返事をしてやる。



「必要となれば」

「……嘘をつかないと今、この場所で、誓え」

「シロがそれに見合うくらいのモノをくれたら『嘘をつかない』って約束するさ」



 それ相応のモノをくれ、というとシロは渋い顔になる。同時に掴んでいた手を離し、その手がおいらの顔に向かってくるのを見て一瞬身構える。

 からかい過ぎただろうか。怪我をして寝転がっている状態で攻撃されたとしたら上手く避けれる気がしない。

 反射で顔の前を手でふさぐ。しかしシロの手が向かっていた先は顔ではなかったようで、もう少し上、頭部へ向かう。

 それにしたって拳骨なんてものをくらうことはなく、出来る限り優しくふれようという意思が伝わる力加減で頭を撫でられただけだった。



「『必要となれば』嘘をつくなら、そんな環境をつくらせなければいいよな」

「……そりゃ、そうだけど」



 約束しなくていいのか。というか、ある意味おいらは事件を引き起こした元凶だと思うんだが、今後もここにいていいのか?

 シロの言葉が、おいらがこれからもこの土地で暮らすこと前提に聞こえて首を傾げる。


 そんな心配をしたところで、廊下から足音が聞こえてきた。

 シロは気づいていないようでいまだに手をおいらの頭に置いている。が、ふすまが開けられた途端に態度が一転した。

 正確に言うと、ふすまが開けられたときではなく、ある人物の声が聞こえてきたときだ。



「やー野火ちゃん、目が覚めたんだって? よかったねー」

「…………蛾」



 一郎の声を認識した途端、頭にのっていたシロの手が離れる。と思った瞬間に勢いよく振り下ろされた。どこにと言えば、おいらの頭に。

 理不尽だ。スパーンといい音がしたなぁと思っている暇もなく痛みを感じる。シロの思考回路が冗談じゃなく読めない。


 そんなおいらの様子に気づいているのか気づいてないのか(あの半笑いは絶対気づいてる)、一郎はいつもの飄々とした態度で最初にクコへ言葉をかける。



「クコくん、これから大人の話するから席をはずしてくれないかな」

「う、うん。わかった」



 結局目を真っ赤にさせたクコは、素直に頷いてとたとた部屋を出ていく。

 そして足音が遠ざかってからようやく一郎が口を開いた。



「なにか、聞きたいことはあるかい野火ちゃん」

「どうしてあの場におまえが現れたんだ?」

「前に言ったろう? 僕は杉浦の情報通だから」

「一緒につれていた奴らは何者だ?」

「僕がふらふらしている内に集まってきた。僕を慕ってくれている者たちだよ」

「そうか。じゃあ、最後に質問する。クコは今後どうするつもりだ」



 矢継ぎ早に聞きたいことを尋ね、最後に一番聞きたかったことを言う。

 すると一郎は今まで見た中でも一番いい笑みを浮かべてきた。



「そう、それを一番言いたかったんだよ。あの子は現在保護者がいない。だからといって今回の事件を全く知らない人間に預けるわけにもいかない、でしょう?」

「軒猿の仲間がどうするか分かったもんじゃないからな」

「うん、だからさ、この際クコくんを野火ちゃんと四郎の子供にしてしまうんだよ」



 証拠隠滅でクコを軒猿たちが狙ってくるかもしれない、と言いかけて止まった。

 幻聴が聞こえた気がする。いいや、聞こえた。そうじゃなかったら一郎の頭が湧いている。

 頭は大丈夫か、その言葉を発する。その前に、シロが音もなく立ちあがりよろよろと出口に向かう。

 なにをするつもりなのかと思いつつ様子を伺っていると、ひとこと、しっかり呟いた。



「…………伝えてくる」



 ちょっと待て。

 引き留めたくてもそうすることは出来ず、あまりのことに言葉にすることもできなかった。

 は、正気? 伝えてくる、って今の話の流れ的に……クコに、だよなぁ。


 ちょっと待て。



「なにそれ」

「あっははは! ま、まぁ、四郎はクコくんが心配なんだろうよ」

「……あ、そういうことか」

「もちろん野火ちゃんがこれからもこの土地に居続けることへの布石でもあるだろうねぇ」



 一度、一郎の言葉に納得して、続けられた言葉に今度こそ石化した。

 それは……つまり、



「これからも、一緒にいてもいいのか」



 もうしばらく、ではなく。

 それは長屋の家主としての意思ではなく、杉浦四郎としての意思だろうか。シロとしての意思だと思ったら、やけにニヤけてきた。

 どうやら、今後も賑やかに過ごせそうだ。

 誰にも見られていない仮面の奥で、笑った。


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