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紫陽花の七変化  作者: マツ
雨夜の月
20/23

09 クコの願い


 こっちだよ、と先導するクコの後についていきしばらく経った。

 すでに辺りは暗くなりかけているが自分の監理している土地のことは分かる。一応、杉浦の土地から出ていないことを確認して声をかける。



「おい、どこに行くかくらいは教えろ」

「あと少し、少しだから!」

「…………ったく」



 何度も繰り返された質問に対する答えにため息が出る。

 ここまでくると、こいつが言っていた「野火の身が危ない」という言葉は嘘なんじゃないかと思う。

 今の野火は捕縛対象だって言うのに、その言葉を聞いただけで何も考えずに出てきた俺には呆れるが。よく考えれば、クコはこの前からあいつの狐面を奪おうとしていたんだ。子供なりに考えて、俺を使ってどうにかしようと考えてるんじゃないか?

 そう考えるとあながち間違っていないように思えて、もう一度声をかけた。



「おまえな、程々にしとけよ。あとで後悔するぞ」

「…………なんのことだよ」

「怪我してからでは取り返しがつかねぇってことだよ」



 返事が遅れた上、語尾の震えを聞きとってやっぱり考えた通りかと心の中で嘆息する。

 すると気づけばクコの足は止まっていた。諦めたのか、そう思って顔を覗き込もうと近づけば、ドンと拳で懐を殴られた。

 子供の拳で殴られた程度ではそんなに痛みはないが、唐突なことで呆気にとられる。



「おい、どうした」

「そんなの分かってるよ! でもやらなきゃ他にどうしようもないんだ」



 顔を上げたクコの表情は、長屋でみたように顔をくしゃくしゃにするような子供の泣き顔ではなかった。

 叫びはしたが自分の内にグッと何かを留めるかのように固く口を結ぶ。その様子から、こいつが子供に似合わないなにか深刻な物事を抱え込んでいるのだと察した。

 が、察しただけで俺は何もできない。

 元々人の感情を読み取るのが苦手だからというのもあるが、相手が子供だとさらに分からなかった。そんな俺が慰める、なんて芸当できるはずがない。


 クコが沈黙してから俺も何もしゃべらず、二人向き合った状態でただ立ちつくす。

 だが、痺れを切らしたのは沈黙したクコではなく俺だった。



「ったく、めんどくせぇなぁああああ!」

「う、わわ」

「おまえの目的は知らんがな、おまえみたいなチビが深刻そうにしたって物事は少しも良くなりはしねぇんだよ!」

「オ、オレだって一生懸命考えてるんだよ!」

「大人ぶってそんなこと考えてるからチビなんだ」

「違う! 絶対違う!」

「黙れ。あと、よく聞け」



 ぶんぶんと頭を横に振っていたクコの頭を鷲掴みにする。手の下から悲鳴のような声が聞こえた気がしたが、無視して口を開く。



「大人は大人なりの生き方がある。けどな、チビにもチビなりの生き方があるんだよ」

「なに、それ」

「チビが大人の生き方を真似たって大人にはなれないってことだ。チビはチビのままだ」

「……」

「おまえがいくら頭ひねったところで、大人には敵わないんだよ」

「じゃあ、どうすればいいんだよ! おとなしくされるがままにしてろって言うのかよ!」

「違う。おねだりしろ」



 チビなりに、大人を上手く使え。

 真顔でそう言ってやればクコは口をポカンと開けた状態で俺を見上げていた。



「え、おねだり……?」

「チビの特権だろ」

「そうかもしれないけど、おねだり?」

「チビが大人相手に闘おうとするからダメなんだ。おねだりして自分の代わりに大人を闘わせればいいだろ」

「で、でも……オレはダメだよ。おねだりできる大人、いないし」

「じゃあ俺が闘ってやろうか」

「え?」



 俺は喧嘩得意だし、杉浦の土地内であれば多少融通がきく。

 なにより俺のあずかり知らぬところで乱闘が起こることの方が面倒だ。だったら自分で問題を解決するほうがいい。

 そう思って言うと、クコの表情が驚き、喜び、最終的に泣きそうな顔に変化した。

 おずおずとこちらの様子を伺う目は真っ赤になっていて、消え入るような細い声を出したときにはすでにこいつは泣いていたんだと思う。



「いいの? オレがおねだりしたら、闘ってくれるの?」

「あぁ。ただし杉浦の土地内な」

「うん、分かってる。分かってるよ」



 何度も頷き、目をこする。そして息を整えたクコは、何かを決心したような、強い瞳で俺を見つめた。



「オレ、命令されて今まで野火の面を狙ってたんだ。最初は野火の事、ふざけてるし、すっごいムカついたけど……ちゃんと子供扱いしてくれたの、嬉しかったんだ」



 だから、野火を傷つけたくないんだよ。側にいたいなぁって思ったの、初めてだったから。



「おねがい、野火を、助けてよ」




***




「あー…………くそ」



 軒猿が去ってから気づいたが、わき腹から出ていた血が止まっていた。どうやら避けきれなかったものの、死傷には至らなかったようだ。

 だが、全身に巡りつつある毒を何とかしないことには死は免れない。

 自分の荷物の中に入れていた解毒薬を呑めたらいいが……いや、気休め程度にしかならないな。


 なんとかしないと、シロが危ない。

 狐面でいったらさすがのシロも油断してしまうかもしれないし。

 そこまで考えて、ふとここ最近の「野火」が行ったことを思い出して、シロが油断するかもしれないという説を打ち消した。

 自分がやった行為ではないにしろ、髪切事件の実行犯は「野火」ということになっていたはず。


 問答無用でブン殴られるな。いや、刀でぶっ刺されるか。


 そんなことを考えていると、唐突に草をかき分ける音がして、身を固くした。

 軒猿が、もう帰って来たというのか。

 じゃあシロはもう……、と考えていた矢先に草むらから出てきた面々に、驚きで言葉が出なかった。

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