02 荒くれ者の上をいく
気がついたら余所の土地で、しかも荒くれ者の集団の中にいた。
流石のおいらでも驚くわ。源内の野郎に再会したらまず殴ろう。なにはともあれ。
「そっちだ! 追えぇ!」
「まだ追い掛けてくるのか。しぶといな」
野太い叫び声に舌打ちしてそのまま入り組んだ路地を右へ左へ駆けてゆく。
何の嫌がらせか目覚めたとき手は拘束したままだった。しかも顔には狐面つき。これでは得意の変装も出来やしない。
「あーもう、ここどこだか分かんないし!」
どこまで走っても風景が変わってないように見える。大通りなら人ごみに紛れるのに……でもどのみち狐面のせいで浮いてしまうな。町の喧騒が遠くに聞こえる。
逃げていると時折、曲がろうとした角から追い掛けている奴らの仲間らしき人相が悪い奴と出くわすときがある。
相手はこちらが手を縛られているから簡単に捕まえられると思っているのだろう。ニヤニヤと勝利を確信したかのような顔をしている。
こんな奴に捕まっては堪らない。そういう奴は相手が何か仕掛ける前に攻撃して、道の端に転がしておく。
いくら手が使えない状況とはいえ、急所を思いっきり蹴り飛ばしていけば簡単に倒せた。
以前、敵(男)を撃退する方法を教えてくれた知り合いの女性に感謝だ。先輩はこのことを知って口を引きつらせてたけども。
さて、どうしようかと考えてながら角を曲がろうとすると大きな影。
このとき、おいらの頭は同じ動作(敵が気づく前に蹴り飛ばす)の繰り返しで、角を曲がってくるものは全て敵、素早く撃退すべしという命令が出ていたらしい。
教えられたとおり無心で、軽く助走をつけて、足を情け容赦なく振りかぶる(ここが重要らしい)。
――が、
パシッ
「………………………」
「………………………」
あ、あれ?受け止められちゃったよ。こういう場合はどうしろと。
なんだか雰囲気的にさっきから追い回している奴らとは違うことは確かだ。
何より身なりが普通だし。顔も人相が悪いなんてことなくて、むしろ凛として、とっても綺麗なおん………
「お、おんなのひと?」
「は?」
あまりの衝撃に呆然と呟く。何つーこった。一般人に攻撃してしまったというならまだしも、女の人に、あんな技を繰り出そうとしてしまった。
というか何でよく見てなかったんだ自分のバカっ!
いまだに足を掴まれたままで顔を真っ青にしていると、美女の眉間にしわが寄っていた。
「おねーさん、そんなに若い内からしわ寄らせてると老後の顔が大惨事ですよ」
「余計な御世話だ……っていうかそもそも女じゃねぇ!」
ぽかーんとしているとその美じ……美男はギロリと睨んでくる。
あぁよーく見れば男に見えなくもない、かも。なかなか迫力があるなぁ。
でも取り敢えず足を離してくんないかなぁと思って何も言わずに足を左右に振っていると「何がしたいんだお前は」と言われた。
そっくりそのままお返ししたい。あんたもおいらの足掴んで何がしたいんだ。いい加減痺れてきたわ。
「足、離してくんない? おいら今忙しいから」
「奇遇だな。俺も忙しい」
「じゃあ尚更とっとと離せや」
何なんですか。阿保なんですか。変態さんなんですか。じゃあ尚更今までの男共みたく、この足の餌食にしてくれるわ。
そう思って足にグッと力を込めると後ろから「いたぞー!」という声。
それを聞いた瞬間、脱力してしまった。
「どうしてくれんだよ。見つかったじゃないか」
「あいつらまだいたのか」
話噛み合ってなーい。それどころかこの美男さまは自分の世界に飛んでらっしゃる。
おいらを追って来た奴らを見るなり青筋がひぃ、ふぅ、みぃ……数えきれない程浮き上がっている。この人大丈夫かと思っていると唐突に掴まれていた足が離された。
「っとと、離すなら一言いってくれ」
体勢を崩して転げかけた。縛られた状態だってのに、配慮のない奴だ。
正面の輩は団体さんだし。どーしようなぁ。
そう思っていると顔に刀傷のある「おらぁ悪だぜぇ!」と自己主張しているようなおっちゃんが口を開いた。
「狐め。ちょこまかと逃げやがって」
「あれ、何でおいらのこと知ってるんだ?」
「いろんなところで手前の話は聞いてるぜ。いろんな人物に化けて情報を引き出す」
「紫陽花の狐面した奴だってな」
「おいらもいつの間にそんな有名になったかな」
確かに城やら屋敷に忍び込んではいろんなことやったけどさ、まさかこんなに知られているなんて忍者失格だな。
荒くれ者たちにベラベラと自分の話を聞かされ、やれやれとため息をついていると不意にそこから退かされた。ズイッと前に出たのは美男。鬼のような顔で奴らを睨む。
すると奴らはやっとおいらの後ろに誰がいるのか気づいたらしい。怖気づいたのか、情けない声を上げる者もいた。
そういえば「まだいたのか」とか言ってたな。面識あるのか。
そう思って黙って下がると彼は入れ替わるようにズンズンと奴らに迫っていく。
徐々に迫っていく美男。反対に後ろへ後退していく荒くれ者。
あぁ、可哀そうに先頭にいた刀傷のおっちゃんは周りに押されて真正面に。
ごくり、と誰かの唾を飲み込む音を聞いた気がした。
そんな怯える者たちを見て彼は、ニィィと口の端を上げると指を鳴らしながら尋ねる。
「おーいコラ、お前らここで何してんだ? いつからこの前の約束は無効になったんだろうな」
「いや、や、約束は守りますとも」
「じゃあ約束の内容は覚えてんだろうな」
「この、杉浦の範囲では厄介事を起こさないことで……ぐっ」
「分ってんならさっさと自分たちの寝床に帰れ。今度あったらこんなんじゃあ済まさねえからな」
目の前にいたおっちゃんの腹に拳を沈ませ、低く脅す美男に奴らは震え上がると逃げだした。
腰が抜けたように変な走り方をする者。よろよろと建物にぶつかりながら去っていく者。「鬼が、鬼がぁあああ」と、わめき声を上げて遠のく者。
さっきの逃亡劇は何だったんだと思うほど、呆気なかった。
あっという間に蹴散らしてしまった彼を呆然と見てると何事かをブツブツと呟いている。
よく聞けば「あれほど言ったのに」やら「めんどくせ」と。
明らかにおいらの存在忘れてないか? と思って背後から肩をポンっと叩くと、素晴らしい速さで裏拳が飛んできたのですかさず避ける。
何で裏拳が飛んでくるんだろうか。そんなに脅かしたか。そう思いながら彼の顔を見れば、何か、期待が外れてしまったような表情。
「……なんで当たってないんだ?」
「そんなの、おいらが避けたからじゃないか」
「そんなことを聞いてんじゃねぇよ」
「さようで」
じゃあ何か? おいらが当たれば満足だったかと訊ねてみれば彼は素直にこくりと頷く。なんだコイツ。腹立つなぁ。
まだ不思議そうな顔をしている美男をほかっといて、自分は一歩を踏み出そうとする。まずこんな状況に陥れやがった源内を殴りに行くのだ。
だが、肝心なことを聞き忘れていることに気づき、くるりとその場で回って尋ねる。
「なぁ、ここってどこなんだ?」
「ん、ここか? 江戸だけど」
前言撤回。源内は殴るだけでは足りない。黄泉送りにしよう。
故郷から冗談かと思うくらい幾里も離れた地で、そう誓った。