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紫陽花の七変化  作者: マツ
雨夜の月
19/23

08 猿の策略

戦闘してます。詳しく描写してませんが、流血表現もあるので注意してください。


「あまり長居するつもりはありませんので」



 そういうと軒猿は懐から刀を取り出す。それは自分が普段持っているものと似ていて、思わず変な声が出た。



「はぁー結構細かいところまで似せる努力はしてるんだな」

「あなたがそれを言いますか?」

「あんたがそこまで用意してるとは思わなかったんだよ」

「褒めてるつもりですか」



 いつも通りのんびりした会話を続けるが、どちらも警戒態勢を崩さない。

 相手の動きに注視してゆっくりと間合いを測るように歩く。

 会話がぴたりと止み、一呼吸置いてから、目の前に白刃が迫った。


 迷わず顔面を狙ってくるそれに舌打ちし、最初の飛び道具を避けたときのように受け止める事はせずに軽く避ける。

 刀を薙いだ瞬間を狙ってこちらも刀を構えるが、そんな隙を見せずに腹に向かって飛んでくる蹴りに阻まれた。

 十分に距離を置いて軒猿を見る。当然のことながら彼の息は乱れていない。



「予想以上に避けますね」

「そんなに意外か?」

「えぇ。あなたは化けるしか能のない忍者だと思ってましたから」

「……」



 満面の笑みでそういう軒猿の顔面を殴りつけたくなった。

 確かに「狼」とは違って「狐」は情報収集が主な仕事だし、戦闘に巻き込まれることはあまりない。

 だが、今まで過ごしてきた空間をよく思い出せ。

 キレるたびに刀を振りまわす先輩、ことあるごとに開発した毒薬の性能を確かめようとする後輩。毎日そんなだから危機回避能力は人一倍あると自負している。



「……過ごしてきた環境のおかげだ」

「まぁ、我々が過ごしてきた環境なんて似たようなものでしょうがね」



 そう言いつつも再び迫る刃に内心焦る。

 回避能力があるといっても体力が続かなければ意味がない。さらに言うなら反撃しないと、この状況を打開することはできない。

 しかし、先程からこちらの攻撃はかわされてしまっている。さすがに「狼」相手に斬り合いをしたことはないからな。

 「戦闘に巻き込まれたら無理に闘おうとするな」と以前忠告してきた先輩の言葉を思い出し、一旦姿をくらまそうと懐にある煙玉に手を伸ばす。

 だがそれは軒猿の言葉で止められた。



「逃げるのですか? 狐面をおいて?」



 外されていた狐面に刃を立てる姿に、一瞬動揺した。それがいけなかったらしい。

 動きが止まった瞬間を襲う軒猿の刃先から逃げ遅れた。

 身体に沈む刃から鋭い痛みを感じたときには、軒猿によって身体を押さえつけられていた。喉元で唸るような叫びが出かかったが、痛むほど歯をかむことで抑えた。

 仰向けにして見上げた軒猿は始終変わらない笑顔だった。



「油断しましたね。もう動けないでしょう」

「……毒でも塗ったか。こっちの刀にそんな細工はしてなかったが」

「刀の形状が似てるからといって、毒をぬってはいけないことなんてないでしょう」

「は、違いねぇ」

「毒がなくてもそのまえに出血死するでしょうが……仕事を完遂するためですからね」



 通りで痛みがあまり感じないわけだ。腹を切られてこの程度の痛みで済むわけがない。毒で感覚が麻痺していているのか。

 ぼんやりとした頭でそう考えると、ふいに軒猿の手が動いた。髪を伝い辿りついた先に思わず顔をしかめる。

 素顔を隠しているひょっとこの面を触りつつ、軒猿は無邪気な笑顔で言う。



「誰も見たことがない狐の素顔……この仕事引き受けたときから気になってたんです」

「ほっとけ」

「主も気になっておりまして、死体は持ち帰れと言われました」

「……」



 悪趣味だな、人の顔の事なんかほっとけよ。そんな言葉を吐こうとしたが出なかった。

 こいつに素顔を見せるのだけは嫌だ。そんな思いが渦巻く。

 些細な抵抗として顔をそむけたが奴は笑っただけだった。



「ま、いいですよ。生きているときの素顔を見れたら一番よかったのですが」

「……どこへ、行く気だ」



 そのまま面を外すことなく立ちあがった軒猿に、安堵と共に嫌な予感がした。

 瀕死の状態とはいえ「狐」を放っといておくほどの用事などあるのか。

 疑ってみると、なんてことないように振り返りもせずに軒猿は言う。



「あぁ、言ってませんでしたね。今、クコが杉浦四郎をおびき出しているところです」

「…………は、」

「彼も始末しなければね」



 こいつの言っていることがよく分からなかった。

 しかし、綺麗な笑顔が再び狐面で隠されたのを見て、血の気が引いた。



 ――「野火」に杉浦四郎を始末させる気だ。



 目の前で「野火」の変装をする奴に、ここで初めて殺意が湧いた。

 今すぐ立ちあがって奴の横っ面を殴りとばし、そんなまねできないようにしてやりたい。

 さっきまでじわじわと忍びよる寒気に襲われていたというのに、今は逆に全身が熱かった。目の前が真っ赤になったかのような錯覚すらおぼえる。

 傷口からどくどくと血が出るのに構わず身動ぎしているこちらをみて、奴はおかしいように笑った。



「そんなに抵抗するなんて。よほど杉浦四郎が大切らしいですね」

「おまえ……!」

「だから余計に目をつけられるんですよ」



 あなたは弱点が多すぎた。

 全力で睨みつけるこちらの視線へ向けた軒猿の眼差しは、にこやかな表情に対して底冷えするほど暗かった。


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