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紫陽花の七変化  作者: マツ
雨夜の月
17/23

06 奪われた『狐』

 同じ格好、同じ声。仕草までも似ているソレに、思わず顔をしかめた。

 シロとソレの会話はいまだ続く。



「何でお前がいるんだよ、野火」

「えー説明しなきゃダメ? おいら困っちゃう」

「……ふざけんな! そいつから離れろ」

「そいつ? この子のことかな。なになに、シロのいい人って奴?」



 ケラケラと笑って小指を立てるソレに、シロがついにキレた。

 研がれて輝く銀色の切っ先を「花」の後ろにいるソレに振りかざす。

 が、ソレはニタニタと笑う気配を放ちながら、「花」を抱えて後ろへ避けた。



「図星かなぁーシロ。だからって凶器を振りまわすのはよくない」

「今までの事件も全部お前か! なにが目的だ」

「目的? うーん、ただ単に赤髪が欲しかった、かな」

「欲しかった?」

「ほら、おいら髪短いだろう? 長い髪に憧れちゃうんだなぁ」



 予想外の答えに、シロは絶句している。

 その間もソレは低く笑いながら掴んだままの「花」の髪をさらりと撫でる。



「なぁ、お嬢さん。女なら分かるだろ」

「……そ、そんなこと」



 そんなこと分かるはずがない、そう言いかけたが、耳元で囁かれた声に思考が停止した。



「わざわざ長い髪くっつけてるんだ。お嬢さんの髪も、もらっていいだろう」



 この髪が偽物だとバレている。掴んだときに気づいたのだろうか。

 考えている間にも後ろのソレは止まらない。

 シロが制止の声を上げたときにはすでに遅く、「花」が気づいた時には視界に赤い髪がはらはらと散っていた。



 ――髪を切られた。



 呆然とそんなことを思っていると、背中をドンと押される。

 躓くように足がもつれたが素早く駆け寄ったシロに支えられる。

 そして「花」の背を押した張本人は、シロに睨みつけられているにもかかわらずトボケた雰囲気を崩すことなく笑っていた。



「杉浦の番犬と一緒に行動してる赤髪の女かぁ……今回はアタリ、なのかな?」

「なんのことを言っている」

「ま、シロには関係ないことかな。とりあえず……」



 髪、いただきまぁす。

 そう言ったソレは懐に手をやると、取り出したものを地面にたたきつける。

 途端に破裂する音と立ち上る白煙に舌打ちしたい気持ちになった。このままだと完全に逃がしてしまう。

 一郎の言いなりになるのは癪だが、「花」も動かなくては。



 動けないシロを置いて、頭に刺さっていた簪を手にとって逃走しようとするソレに突き刺す。

 かすめるようにソレの横腹を狙ったが、奴はひらりとかわす。

 そして何を思ったのか狐面をずらて口元を見せ、音に出さずに口を動かした。



『またね』





***





 化けるときに使った部屋へ戻った。室内は出掛ける前と変わらない。乱れている様子もない。

 しかし、あえていうなら一つだけ。



「クコ、あいつと組んでたか」



 やけに狐面を欲していた少年を思い出して、思い切り唇をかむ。

 子供だからって油断していた。いや、子供だからというのは理由にならない。

 自分が情けなさ過ぎて、息を吐くようにして床に座り込んだ。


 ただの狐面。手に入れたところでどうしようもできないだろうと笑っていた自分を殴ってやりたかった。

 あの狐面は同業者にとって、もっとも価値のあるものになる。

 化けたら周囲にさとされることのない、「野火」であることの証明だったのに。


 最悪の場合、元主の馬鹿殿の城を襲撃される。あの狐面があれば先輩やポン太でも一瞬騙されるしな。

 路地裏でのシロの反応を思い出しつつ、深いため息を吐く。

 すると、閉じていたはずの背後のふすまが唐突に開かれた。



「で、どうするの野火ちゃん」

「……一郎か」

「なに死んだような顔してるのさ」

「死に顔にもなるだろうよ、この状況じゃあな」



 一瞬驚いたような顔をしてこちらを眺めてくる一郎に、ふと疑問がわき上がった。

 今の自分は「野火」の証明になる狐面をつけていない。しかし、口調は「花」ではない。

 だったら、今の自分は「誰」だろうか。



「なぁ、一郎。さっきこいつのことを野火と呼んだな」

「はぁ? そうだね、呼んだよ」

「狐面をつけてないんだ。野火と呼ぶのは間違いじゃないか?」

「……はぁ?」



 先程の驚き顔から一変、呆れたような顔をした一郎に何故だか知らないが焦る。



「え、だって……その、狐面とられたし」

「前から変わった子だなぁと思ってたけど、君、本当に変な子だね」

「…………お前に言われたくない」

「こんなときでも酷いこと言うね、君は」



 変な奴の筆頭にもあたる一郎に「変な子」と言われ、少々しょげていると俯いていた頭に暖かい重しがのる。

 ポンポンと軽く叩くようにされたそれに驚いていると、一郎はいつも通りのムカつく笑みで言う。



「まぁ、奪われたなら取り返せば?」

「簡単に言ってくれるな」

「だって単純なことじゃないか。元々は君のものだろう?」



 そう言われていると、少し気が楽になった。

 確かに「野火」は自分のものだ。奪われたからといってこんなところでうずくまっている場合じゃない。

 奪われたなら取り戻す。そうやって呟くと、力の入らなかった身体が徐々に温まった気がした。



「そうか、そうだよな」

「そうそう。早いとこ取り戻しておいで」

「うん」



 決まったならすぐ行動。立ちあがって準備を始めると、一郎が苦笑していた。


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