05 囮作戦
「……あの、着替えてきましたけど」
待ち合わせの茶店の前で恐る恐る言ってみた。
だって一郎とシロが一触即発な空気を漂わせてるんだ。声をかけにくいったらない。相変わらず兄弟仲は最悪らしい。
声をかけると真っ先に一郎が寄って来た。いつも通り煙い男だ。
「おーお疲れ様ー。髪は後ろに流したんだねぇ。うん、相手を誘う気満々だね」
「一郎さん、違う意味に聞こえます。その表現止めてください」
「長い髪も似合うよ。ねぇ、四郎?」
こちらの話を聞きやしねぇ。
くるりと後ろを振り返ってシロに同意を求める一郎に青筋が浮きそう。
って、シロくんのその手にある刃はなんすか。奴こそ相手をヤル気満々じゃないか!
刃を磨いていたシロはその声に反応してこちらを見る。そして眉間にシワを寄せながら口を開いた。
「囮として使わせてくれって言ったのはこっちだが……やけにやる気あるな」
「四郎さんに言われたくないですよ。なんですかその綺麗に磨かれた刀は」
「犯人を仕留めるためだ」
「息の音を止める気ですか」
「……加減はする」
微妙に視線を逸らしたシロに不安がつのる。仕留めたらあんたが逆にひっ捕えられるぞ。
お互い無言で睨みあっていると一郎が「はいはーい喧嘩しなーい」と間に入り込む。
「これからの計画は連携が大切だっていうのにさ」
「え、どう連携するんですか。犯人が来たら私って逃げればいいんですよね?」
「野火」じゃないんだから反撃はできない。そんな「花」はせいぜいシロの邪魔にならないように逃げるもんだと思ってたんだが。
違うのか、とシロにも視線を投げかけるとおいらと同じような顔してた。「え、違ぇーの?」って顔だ。
「何させる気ですか、一郎さん」
「人聞きが悪いなぁ。少しでも犯人を捕獲できる確率を上げるために花ちゃんもシロと協力して、」
「いやいや無理ですから。無理ですから」
「二度も言ったね。でも女の人もさ、簪でブスッと」
「この簪を血濡れにするつもりですか! しかも音が、ブスッって犯人かなり傷負いますよね?」
「そこんとこ手加減して上手くやってよ。それに簪は新しいのあげるからさぁ」
へらへらと一郎は話すが、内容が穏便じゃない。
簪は新しいのあげるーと言う辺り、やっぱり女に貢ぎなれてんなぁこの遊び人め!
とんでもない男だと再確認すると今まで静かだったシロが「そろそろ行くぞ」と立ちあがる。
「蛾は足手まといになるから付いてくんなよ」
「四郎ひっどーい」
「……うぜぇ」
「ま、邪魔にならないところから見守ってるよ」
行ってらっしゃい、と見送る一郎を無視してスタスタと歩くシロに小走りで付いていった。
***
シロと向かったのは人通りの少ない裏路地。
ここに来る前にこれまでの事件について話していたのだが、どの事件も人気のなく薄暗い路地で起こっていた。だったら自分たちもそういう路地にいればいいんじゃないか、という話になった。
「俺は潜んでるから、なんかあったら叫べよ」
「了解です」
「お前は巻き込まれたも同然だからな。無理すんな」
「心配してくださってありがとうございます」
眉間のシワはそのまま。だけどやけに注意してくるシロに笑えてきた。
にやにやと笑うおいらを見てシロは一層眉間のシワを険しくさせたけれど、最後にもう一度「気をつけろよ」とだけ言って去っていった。
「あー……おもしろ」
なかなか見れない光景だったよな、あれは。今まで怒鳴られっぱなしだったから。一応、一般人に対しては思いやりを見せるのか。
立ち止まったままでは不審過ぎるからゆっくりと裏路地を進む。
梅雨入りして連日雨が降っているここでは、陽の当らないために足元がぬかるんでいる。
珍しく綺麗な着物をきてるのに泥が跳ねて勿体ない。まぁ一郎のとこの借り物だし、いいか。
そうしてひたすら裏路地を歩き続けたのだが、一向になにも起こらない。
……正直、もう今日はないんじゃないか? と思ってしまう。
だって二日連続はねぇよ。犯人もそこまで阿保じゃないだろうよ。
空も曇り始めて今にも雨が降りそうだし。表通りの人たちも降られるうちに、と足早に行き交う。
四郎さーん、もう帰りましょうよう。そう声をかけようと後ろをくるりと振り返った瞬間、一陣の風が吹き抜ける。
『風が吹いたと思ったら、髪が切られてたんだって』
初めて聞いたときはかまいたちみたいだなと思った。昔から言い伝えられている妖怪だ。
だが、そんなの迷信。人の力ではあり得ない超人的な現象が起こると、それを神だ妖怪の仕業だとはやしたてるのは勘弁だ。
風になびいて視界に入る赤茶色の髪。嫌な予感がしたときには、すでに遅かった。
「娘さん、綺麗な髪ですね」
背後からかかる声。そして掴まれる髪。
その声を聞いた体が硬直した。聞き慣れた声だった。
向こうからシロが駆けてくる。その表情はこちらに近づいておいらと同じく、固まった。
「何でお前がいるんだよ。野火」
シロはおいらの本当の顔は知らない。が、「野火」を認識するにはアレがあるだけで十分だ。
ゆっくりと振り返るその先、見慣れた狐面を睨みつけた。