03 三人寄ればなんとやら
震える彼女を茶屋まで連れていったときには、すでに事が大きくなっていたらしい。
野次馬がたくさん来ていたので、持っていた大きめの布で彼女の頭を覆ってやった。おいらから見ても痛々しいし、彼女自身も見られたくないだろう。
人の群れを避けながらようやく着いた茶屋には、心配そうな顔で待っている清音さん。と、何故か一郎。更にはシロまでいた。
「清音さん………他二名はどこから湧いてきたんでしょ?」
「ひどい言われようだよ、四郎」
「おい花、蛾と一緒にすんな」
「そんなこと言うなよぅ四郎。兄弟なんだ、一蓮托生だろ」
「蛾が何か言ってら」
「あんたら緊張感無いですね。何しに来たんです?」
場合によっては店から放り出す、と言わんばかりに竹箒を握ると目の前で今にも兄弟喧嘩を始めようとしていた男二人は静かになった。
「ちゃんとお仕事で来てるからね、僕ら」
「四郎さんは分かるとしても、一郎さんが来る必要性を感じません」
「ひどいなぁ……一応僕はこの杉浦で一番の情報通だからね」
そうやって胡散臭い笑みを振りまく一郎はズイッと前に出て、未だに震えている女性に話し掛ける。
「そういうわけだから、君には情報提供してほしいな。いつ、どこで、だれに、どのようにされたのかな?」
「ちょ、一郎さん」
「事は急を要するんだよ花ちゃん」
「あぁ、この手の事件はすでに三件起こってる。今回のを入れたら四件だ」
「そんなに!?」
確かに急を要する。
これは明らかに連続して同じ犯人が引き起こしている。再犯を防ぐためには各被害者から事件の事を聞き、関連性を見つけるしかないだろう。
まだ衝撃を受けている女性にはきついかもしれないけど……ここは一郎に場を譲り、一歩下がった場所で見守った。
「いきなり全て話せ、とは言わないよ。ゆっくり思い出したことから話してごらん」
「………はい。わ、私、料亭で働いていて、あさは裏地で、仕込み作業、してるん、です」
「うんうん、それで?」
「今朝も、そうで……。わたし準備してて、そしたら風、吹いて」
「……風」
「おもわず目、閉じちゃって。開けたときには……か…髪が」
「そうか、」
言葉を途切らせながらも喋ったが、最後は泣きだしてしまった。
見かねた清音さんが彼女を休ませて欲しいと言うと、二人は意外とあっさり首を縦に動かした。さっきの話だけで十分だったらしい。
清音さんが店の奥へ女性を誘導していったので、この場にはおいらとシロ、一郎の三人が残った。
腕組みしていたシロは軽く息を吐く。
「同じ話だな」
「どういうことですか? 同じって」
「今までの被害者にも話は聞いたけど、全員が言うんだよ『風が吹いて、気づいたら……』って」
「それで、もう一つ共通点がある」
「なんですか?」
そこで言葉を止めたシロに先を促す。が、しばらくしてもシロはしわを眉間に深く刻んで黙り込んだ。
一郎の方を見ても、困ったように笑っていた。なんなんだ。
「はっきり言ってくださいよ」
「……被害にあったのは全て女性。彼女たちの共通点は、赤茶色の髪だってこと」
「それが……? ―――!」
言われて始めは二人がそんな顔をする意味が分からなかったが、次第に分かった。
「そう。丁度、キミと同じ髪色の人が狙われてるんだよ」
赤茶の髪を持つ者が狙われている。しかも女性。
そう言われて、思わず顔をしかめるのを止めることが出来なかった。
この江戸で、というかこの日本という土地で、赤茶の髪というのはそう頻繁に見られるものじゃない。
おいらの髪にしても故郷でも珍しいほどだった。江戸に来てから往来する人々の中でちらほらとは見たが、黒髪人口に勝ることはない。
この地域で起こっているのだとしたら、もしかしたら、次に襲われるのは―――。
「で、花ちゃんにお願いがあるんだけどいいかな?」
パンッと響いた音に、遠くに行っていた意識が戻ってくる。
音の発生源である一郎を見れば先程のしおらしい顔はどこいったよ、と声をかけたくなる笑顔だった。
おい、なんだその顔。おいらもそうだがお前の弟も呆気にとられてるぞ。
「なんです?」
「事件の話を聞いて、次は自分かもしれないとか思っただろう?」
「………えぇ、まぁ」
「僕らだって女性の方々に長い間怖い思いをさせたくない訳だよ。ねぇ四郎。君、特に思ってるよね?お家にいる狐さんが心配だものねぇ」
「だまれ」
そう言って一郎の口を捻りあげるシロ。手で塞ぐという思考がないのか彼は。
だが突然お家の狐こと『野火』のことを話されて動揺してるのはなんでだ。あれか、家に狐とか阿呆かこいつ等はみたいな目で見られたくないからか。
え、ちょっ、花に変装しているおいらはどういう反応すべきなんだよ!
大人の対応? 聞いてませんよー知りませんよーな振り? どっちだ!?
ちらりとこちらを窺うシロに内心びくっとする。が、もう構うものか!
「き、狐飼ってるんですねー。可愛いんですか?」
そう言った瞬間、シロは固まり、一郎は大爆笑し始めた。やばい、しくじったか。
「えーっと……可愛くないんですか、狐」
「可愛がった覚えはない!」
「へ、へぇ――」
ぶつぶつと呟き始めたシロの背中をぽかんと見つめる。心なしか耳が薄ら赤いような気が…。そんなに動揺する何を言ってしまったんだ、おいらは。
取り敢えずなんだかんだで和んだ空気の中、いまだに大爆笑している一郎の腕を引っ張る。「素直じゃねぇー」とか「花ちゃん最高」とか言っていたが知ったことか。
「一郎さん、話が途中です」
「あ? あぁ脱線したねぇ。あーおもしろ。だから、つまり僕が言いたいのは、だよ?」
やっと話しに戻った。まだシロは背を向いているし、一郎は笑いすぎで涙目になってるけど。
「背に腹は代えられぬってことでー。囮を使って犯人をおびき出して、それを四郎がとっ捕まえるって案はどうかな?」
「……まさか一郎さん」
その提案に嫌な予感。だって、囮って言ったらさ。
「ほぅら、こんなのも用意しちゃったんだよね」
「あんた……最初からその気だったでしょ。私に拒否させる気ないでしょ」
「もちろん」
即答しやがった一郎に眩暈がする。
目の前にあるのは付け毛。しかも今の事件でも問題になっている赤茶の色。
それをおいらの目の前に出すということは、言いたい意味は一つしかないだろうよ。
「私に、囮になれと?」
「よく考えてよ、この杉浦でこんな事件が起こっているんだ。まっ先に責任取らないといけなくなるのは誰だと思う?」
「……一郎さん、貴方は本当に卑怯な奴だよ」
暗にシロの立場が危うい、と言ってくる奴に一睨み。そんなこと言われてはおいらが断るはずがない。
深いため息をひとつして首を縦に振った。