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紫陽花の七変化  作者: マツ
雨夜の月
13/23

02 襲撃

 ポリポリポリポリポリポリ……。



「きーつーねー! ここにいんだろー!? でてこーいー」

「……あぁ、たくあん旨い」

「野火、外の声ってお前呼んでるんじゃ」

「ん、シロなんだって? 夕飯はウナギがいい? おいおいドジョウ混ぜ込むぞ」

「やめろ。吐き気する」



 そういって顔をしかめるシロに冗談だよ冗談、と手をぱたぱたさせる。いくらなんでもそんなことしないさ。

 そして仕事用の荷物(主に花の変装用)を引っ掴んで、窓に足を掛ける。


 もちろん、躾にうるさい我等が大家さまから不機嫌そうな声が飛んできた。



「窓は玄関じゃないんだぞ」

「背に腹はかえられぬという言葉を知ってるか」

「あ、てめ……」



 そんな言葉を背中で聞きつつ、窓から路上へと音もなく着地。

 未だに長屋の玄関先に張りついているだろう少年を思うと、ハッ、所詮子供だな! というなんとも大人気ない気持ちが沸々と湧きで――。



「いたーー!」



 ――ン?



 子供特有の高く澄んだ声。

 その声は新しい玩具を与えられたような、やっと捜し物を発見したような、楽しくて嬉しくて弾んだ声だった。

 まぁ、詳しく言うなれば、先日から追いかけてくるのを振り切って逃げ回った『狐』を見つけたような。やる気と敵意と少しの嘲りを感じる声だった。



 なんでだ。



 振り返れば息を切らす少年、クコ。

 全速力で玄関から裏路地までやってきたようだが、よく分かったものだ。てか、本当に何で分かったんだ。現場からちょっと離れたと言っても一応忍なんだけど。



「朝っぱらから騒いでたら長屋の皆さんのいい迷惑だよ。さっきのおいらのようにな! というか狐呼びはやめようねーこの前頭ぐりぐりしてまで教えたよね、ね?」

「だってき……野火出てこないんだもん。ああやって叫びまわったらしびれ切らして出てくるかな、って」

「君ね……子供は子供らしくしてな」

「子供らしくってなんだよ! じゃあ大人はおとならしくだまってその狐面をわたせよっ!」

「はいはいザンネーン、お仕事に遅れちゃうからさようなら」

「あ、」



 言い募るクコ少年へ一度手を振ると、そのまま近くに積み上げてあった荷物を足場に屋根へと上る。

 こんな様子を見られたらシロにどやされそうだが、しょうがないしょうがない。

 屋根へ軽い動作でひょいっと上がって下を見下ろせば、クコが悔しげな表情をしているのが見えた。



「……ずるい。大人だからってなんでもウヤムヤにしていいと思うなよ!」

「まぁ大人はいつの時代もそんなもんだろ」

「………」

「じゃあな、クコ。ご近所さんに迷惑かけちゃいけないぞー」

「っ、気易く名前でよぶな!」



 顔を真っ赤にさせて叫ぶクコに面の下でニッと笑うと、屋根の上をカランカランと音を鳴らしながら仕事場へと向かった。



***



 ――雨の降った後の屋根はたいへん危険だと体験した。



 擦り剥いた足と肘を庇いながら、仕事先である茶屋へ向かう。

 クコから逃げるために屋根に登ったときは余裕かましてたが、実際に歩き始めて少したったら見事にすっ転んだ。瓦が雨に濡れて滑りやすくなってたらしい。

 今まで屋根に登ったことがないわけではないが、よくよく考えれば以前登ったのはこんな梅雨の時期ではない。


 去年の梅雨の時期、自分は何をしていたかと考えて、ふと思ったことが一つ。



「そういえば、ここに来てどれだけ経ったっけ」



 入り組んだ路地で目を覚まし、シロと出会ったのが確か……弥生の頃。

 そう考えると随分長居をしているなぁと考えてしまうのは、まだ故郷に未練があるからだろう。

 おいらだってあんな理不尽な追い出され方されては黙って言いなりになるわけない。その為に一郎に紹介してもらった仕事で稼いで、帰るための路銀を用意している。


 ……してはいるんだが、



「あら、花ちゃん。今日はいつもより早いわね」

「あ、清音さん。おはようございます。今朝はちょっと……色々ありまして」



 店先で既に準備を始めていた清音さんに言葉を濁す。まさか朝っぱらから十にも満たない子供に追い掛けられてました、とはとてもじゃないが言えない。

 まだ着物を『花』のものに代えただけで、髪を結っていなかったおいらは身支度をするために店に入る。

 いつもと変わらない風景。ただ、空はやっぱり曇っていて、西の空には黒雲が見えた。そいつを睨み付けて雨は降らすなよ、と念を込める。

 それを見て清音さんも「後でてるてる坊主作りましょうか?」と笑った。



 ――そのとき、



 一陣の風にのって、か細く高い声が聞こえた。

 隣で同じように首をかしげる清音を見て、彼女の声ではないと理解する。

 その後も続く声に、助けを求める声に気づくのに、その続いて聞こえる声が悲鳴だと気づくのに、随分時間がかかった。



 分かった直後、勝手にその声へと身体が走っていった。



 入り組んだ路地。いつもと同じ土の臭いに混じり、血の臭いがないことに僅かに安心した。

 しかしその現場を見たときは、流石に言葉を失った。



 そこに居たのは一人の女性。

 先程の悲鳴は彼女からだろう。その場にうずくまり、顔を手で覆い隠して泣いている。

 一見、どこも外傷はないように見える。

 ただ、彼女の傍に落ちていた、艶を放ちながらうねるソレを見て、言葉を失った。

 本来地面に落ちているべきでないモノ――――彼女の髪は、首より下は無惨に切り落とされていた。




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