01 雨の憂鬱
おいらは雨が嫌いだ。
それを聞いて意外に思う奴もいるようだが、こればっかりはどうしようもない。
雨が降る朝は只でさえ癖毛なのに手に負えない程爆発するし、じめじめして気持ち悪いし、何より、昔から雨の日に良いことがない。
「はぁああああ」
「…………」
「ぁああああああ」
「…………」
「ぐぁあああああ」
「野火うるさい」
ぴしゃりとそう行って寝転がって呻いていたおいらを蹴飛ばした。言わずもがな、シロである。地味どころではなく非常に痛いのである。
そんな非道なシロをキッと睨みつけると、向こうは呆れ顔で喋りだした。
「雨が降ったくらいでそうも唸るな」
「雨が降ったくらい!? 君そんなこと言っちゃいますか、え?」
「いや、言っちゃいますけど」
「シロはいいよな、真っ直ぐな黒髪で綺麗だし。おいらなんかアレだぞ、朝起きて雨だったら悲劇だぞ。癖毛嘗めたらいかんぞ末代まで祟られるぞ」
「別に嘗めてねぇけど……そっか」
そこで言葉を切ると、ニヤリと笑う。それを見て、体がゾワッとする。
う、わ、何か身の危険を感じる。ひしひしと感じる。自分の本能が「コイツカラ逃ゲロ!」と吠えている。
だからおいらも逃げ腰でじっとシロを見る。
「な、なんすかシロさん。その笑み、極悪人みたいで………ぐわっ」
「ん、癖毛ってコレか? あぁ確かに一房だけ単独行動って感じだな」
「き、きき貴様人が必死こいて押さえ付けたヤツを引っ張んな!」
「押さえ付けるからいけねぇんだよ。押さえ付ければ押さえ付ける程反抗したくなるもんだろ」
「おいらの癖毛をそこいらの反抗期のガキと一緒にするのはやめてくれまいか。それとも何か? 放任主義になればいいのか? この癖毛共を野放しにしろと?」
「時には突き放すことも大切」
「ワケ分からん」
やっぱり雨はいけない。シロまでおかしくなってる。
心配になって、くそ真面目な顔で変なこと言い出したシロの頭をぺちぺち叩く。こう、湿気でキノコが頭から生えるとかそれが原因でおかしくなってるのかも。うん、そういうことにしておこう。
しとしと雨が降って地面に跳ねる音が聞こえてくる。あぁこういう音を聞いているのは好きなんだけど。
「雨は嫌いでも紫陽花は好きだろお前」
「うん、好き」
確信を持って聞いてきたシロに、しっかり頷く。
紫陽花はおいらの印みたいなもんだし。何かと縁が深いから例え雨のよく降る時期に咲く花だとはいえ、嫌いにはならない。
嫌いになってしまえば、おいらの今までを否定するも同然だから。
「紫陽花は好きだよ。ころころ色が変わるところとか、七変化みたいで」
「あー確かに言われてみれば………つくづく、お前に似合いの花だな」
「そりゃどーも」
苦笑するシロに軽く返事をして窓から外を覗いてみた。
まだまだ雨が降っている。当たり前か、もう梅雨の時期に入ったから。
それでも雨の中、雫を弾きながら色とりどりに咲く紫陽花を見れば少しは元気がでる。自分の分身が頑張ってるよ! って訴えてる気がして。
「……なぁ。紫陽花さ、長屋の周りにも…」
「そう言うだろうと思って、手配しといた」
植えられないかな、と言おうとして言い留まったが、さっきの極悪な笑みはどこへやら、邪気のない、素直な笑みを浮かべるシロを、思わず凝視してしまった。
杉浦最強の大家さまは、人の心を読む力も手に入れたようだ。
***
「お前が『狐』か!」
「…………………」
「こら、おいそこのっ!」
「…………………」
「き、聞こえてるんだろ。なぁ!」
「…………………」
「………………ぐすっ」
(泣いた………)
梅雨明けの気配が見られない雨の日。
あんまり雨の日ばかり続くんで、仕方なくずっと部屋にいた。が、唸ったりゴロゴロしていたら「邪魔だ。鬱陶しい。出てけ」の三拍子で追い出された。
くっそ、シロだって「布団が湿ってる」だかなんだで子供みたいに駄々こねてたくせに。
あーその前に、
「これこれ少年。人に呼びかけるときに『狐』とか『おい』はねぇだろ。お名前をお尋ねしなさい」
「………けっ」
「おぉっと右手がいうこときかないー」
「ぎゃあああああああ」
さっきおいらが振り向かずに完璧無視してたら泣いたくせにその態度はないだろ、少年。そんなわけで元気な右腕をブンッと振るうと、半泣き状態で少年は逃げ惑っていた。
「お、お前やめろよぉ!」
「人の話はとことん聞かないようだな少年。人生長生きできんよ」
「いだだだだだだしぬ、今死んじゃうオレ」
近頃のちびっこは大人の話を聞かないらしい。嘆かわしいことだ。あーあーこの国の将来はどうなるのかねぇーとため息をついたら「オレの方がため息つきたい」との声。
頭を拳骨で挟まれている状態でよく言えるな。
「で? なんかおいらに言いたいことがあるだろ少年、あ?」
「う、えと、あ、貴方ノオ名前ハ何ト言ウノデスカ」
「やればできるじゃないか。おいらは野火だよ。君は?」
「くこ」
「かわいい名前だな」
「うるっせえ!」
第一印象は生意気なちびっこだ。
だが初めに涙目になっていたくせに今は下からおいらの方を睨んでくるその様子は好印象。
生意気だーとか言ってきたが内心こういう強い眼差しは好きだったりする。例え敵意だとしても。
「クコくん、そんなに睨まれたら身体に穴あくって。ところでおいらに何か用かな?」
「――! そうだった!」
忘れてたのか。
少し焦って顔色を変える様子は面白い。やっぱり子供は可愛いなぁとか少し和んでいたら、ビシッと効果音が付きそうな勢いで指を差された。
「お前のその狐面を奪いに来たんだっ!」
やっぱり雨の日はろくなことがない。
それより先に、人を指で差すとは何事か。そう言って手を振りかぶるとクコはさっと頭に手をやって防御していた。
流石に学習したようだった。