貫けばいずれ愛になる
バンフィールド王国の第一王女であるターラには、身持ちの悪さによって王家から追放された元第二王女の異母妹シャノンがいた。シャノンに誑かされたビーモント王国の王太子によって、ターラは婚約を破棄されることになるのだった。
「ターラ・バンフィールド第一王女、お前との婚約を破棄する!」
婚姻直前の披露パーティーの席で朗々とそう宣言したのは、ターラの婚約者であるビーモント王国の第一王子にして王太子デイル・ビーモントだった。
デイルの隣には、数か月前までは見慣れていた顔が並んでいる。
バンフィールド王国の元第二王女であるシャノン・バンフィールド、いまはただのシャノンという少女だった。シャノンは不吉な生まれを持つだけではなく、美しい見た目で次々に男性たちを誑かす姿が王族には不適切とされて数か月前にバンフィールド王家より追放されたばかりだった。
まさか隣国に渡るばかりか、姉王女であるターラの婚約者をほんの数か月であっという間に誑かすとは。
お勉強はできないのに、男性に媚びを売ることだけは昔からお得意なのだ。こみ上げる嫌悪感を綺麗に淑女の笑みで隠して、ターラはそっと周囲を伺った。
ターラの父であるバンフィールド国王は怒りのためか顔を真っ赤に染めて、デイルの父であるビーモント国王は逆に顔を真っ青に青ざめさせている。慌てたように、ビーモント国王が立ち上がった。
「いきなり何を馬鹿なことを言っている、デイル!」
「父上、いいえビーモント国王陛下よ。わたしは愛に生きると決めたのです。シャノンへの愛を胸に秘めたまま、ターラ王女と結婚することはできない」
自分に酔ってでもいるのか、熱意をこめてそう語るデイルに、ビーモント国王が顔を顰めた。
「そのためにターラ王女との婚約を破棄するというのか!」
「その通りです。もちろん、何の咎めもないなどとは思っておりません」
言い切るデイルに、ビーモント国王は冷え冷えとした視線を向けた。怒りを堪えた表情で、近くに立つバンフィールド国王に向き直る。
「我が愚息が申し訳ありません、バンフィールド国王よ。――いまこの瞬間をもって、王太子デイルは廃太子とし、同時に第一王子デイルをビーモント王家より廃籍とする! 次の王太子は第二子である第一王女となる!」
突然の名指しを受けても、第一王女に動じた様子はなかった。自分の兄に軽蔑したような視線を向けてから、優雅に膝を折る。
表情には動かさないまでも、内心でターラは驚いていた。ビーモント王家には第三子に第二王子がいるが、第二子の第一王女を女王にするつもりらしい。
ビーモント王家の第二王子には小国とはいえ王家直系の婚約者がいるので、ターラが割り込むような真似はさすがにできない。この瞬間に、ターラの婚約は何もかも白紙になったのだった。
とはいえ、とターラは独りごちた。
この状況であれば、どちらが有責であるかは明らかだ。他国からの賓客たちも見ていることだし、ターラが嫁ぎ先に困るようなことはないだろう。
父であるバンフィールド国王が頷いたのを確認してから、ターラは了承の意をこめて礼をした。
それ以上の注目を避けるために下がれば、従妹であるファーニヴァル公爵令嬢がそっと近寄ってくる。
「平民側妃のご息女であられる《厄災の魔女》様は、王家から追放されてもお変わりないようね」
すでに亡くなった平民出身の側妃から生まれたシャノンなどよりも遥かに高貴な血筋を持つファーニヴァル公爵令嬢は、嘲るようにそう囁いた。
ファーニヴァル公爵令嬢は厳格にして苛烈であり、昔から第一王女のターラと並んで優秀さを知られている。ファーニヴァル公爵令嬢は以前より男好きのするシャノンを嫌っていたが、最近ではもう隠す素振りもなかった。
大陸随一の国力と名高いハーツホーン帝国の皇太子からの釣書が、ファーニヴァル公爵令嬢ではなくよりによって血筋でも実力でも劣るシャノンに届いたからだった。バンフィールド王家は政治的な利権を考慮して平民の血筋であるシャノンを王家から追放し、代わりにファーニヴァル公爵令嬢との婚約を打診したようだが、皇太子からは断られたらしい。
「第二王女という肩書きを失えば、少しくらいは反省して大人しくなるかと思っていたのだけれど」
完璧な淑女の笑みを浮かべたまま吐き捨てるファーニヴァル公爵令嬢に、全く同じように完璧な表情のままターラは囁き返した。
「これだけ派手な真似をしたのだもの、さすがにもう表舞台には出てこないでしょう。これが最後よ」
***
バンフィールド王家の元第二王女シャノン・バンフィールド、いまはただのシャノンは、生まれたときから不吉な存在だと言われていた。
それはシャノンの誕生日が、四百年前の大スタンピードが起きた日付と一致していたからだ。
大スタンピードによる犠牲者たちを弔うために、その日には全国を挙げて慰霊祭が催される。そんな日に、よりによって王家に子どもが生まれるなどと、不吉の予兆に違いないと人びとは噂をしたのだった。
通常であればバンフィールド王国では、直系王族の誕生日は祝日に設定され、国民たちに祝われる。それだけではなく、毎年の誕生日には全国から貴族を呼び寄せて、誕生を祝うパーティーが行われることが通例である。
けれどシャノンは、生まれてからただの一度も誕生日を祝われたことがなかった。パーティーを開くどころか、些細な贈りものの一つすら受け取ったことがない。
シャノンの誕生を祝うことは、四百年前の犠牲者への侮辱であるとして、不謹慎だとされたのだった。
それはシャノンの母が産褥によって亡くなったことも理由かも知れないし、そもそもシャノンの母が平民出身の側妃だったことも理由かも知れなかった。いずれにせよシャノンという存在は、バンフィールド王国にとって不吉の象徴だったのだ。
その一方で、国王に見初められた母の美しさをそっくり引き継いだシャノンは男性たちから非常に好かれた。もっとも不吉の象徴を娶ろうとするようなまともな貴族はいなかったので、シャノンは単に男性たちから慰めや性欲の対象にばかりされたのだった。
だからシャノンは、バンフィールド王家から追放されたことを何とも思っていないし、興味もなかった。けれど眼の前のひとはどうなのだろうと、シャノンは遠慮がちにそろりと視線を向けた。
「そもそものお話なのだけれど」
シャノンの正面に座る青年は、そう話し始めた。ほんの数週間前までは、ビーモント王国の王太子であった青年だった。
「我がビーモント王家は六年前に、第一王女であるターラ・バンフィールドではなく第二王女であったシャノン・バンフィールドに対して釣書を送ったんだ」
当人であるはずのシャノンも知らないことだった。首を傾げれば、デイルがにこりと笑う。
「だというのにバンフィールド王家は、シャノンではなくターラ王女を送り込んできた。シャノンの母が平民であるために王妃としては相応しくないから、という理由でね。もちろん利益のない婚約というわけではないけれど、こちらとしては全く思惑が外れたから良い迷惑だったな。六年前の時点ではバンフィールドのほうが国力が勝っていたから、下手にことを荒立てるわけにもいかなかったし」
「わたしを、ですか……?」
シャノンが問いかければ、今度はデイルが首を傾げた。
「そんなに固くならなくて良いよ。わたしはもう王族ではなくハーツホーン帝国のいち男爵でしかないし、あなたは男爵夫人だ」
デイルとシャノンはいま、ハーツホーン帝国に保護されて男爵位を与えられている。ビーモント王家から打診されたときに、シャノンを手元に置けるのであればと、ハーツホーン皇家は喜んで了承したのだった。
「そういえば、ハーツホーンの皇太子からも改めて求婚されていただろう。本当にわたしで良かったのかい?」
デイルに問われて、シャノンは苦笑いして頷いた。
「バンフィールド王家ともう関わりたくなかったのです。下手に皇太子妃になどなれば、他国の王家と関わらざるを得なくなるでしょう?」
「なるほど、ますますハーツホーン皇家はバンフィールド王家への怒りをため込みそうだね」
シャノンが答えれば、デイルが納得したように頷いた。
「ハーツホーン皇太子からシャノンへの求婚に対しても、バンフィールド王家はわたしに対するのと全く同じように対応したね。つまり平民の母を持つシャノンではなく、血筋で勝るファーニヴァル公爵令嬢を婚約者に差し出そうとした。そのためにシャノンを王家から追い出したのは、さすがに帝国から打診された婚約を理由なく別の人間に挿げ替えるのは難しかったからだろうね」
「単純に、わたしのことがいい加減目障りになったからかも知れません。好き放題に噂されてましたから」
にこ、と機嫌良くデイルは微笑んだ。
「まぁ、理由はどうでも良いんだ。重要なのは、バンフィールド王家はシャノンを軽んじて貶め、ありもしない問題をでっち上げて王家から追放したということ」
くるり、と指を回す。
「だから、我がビーモント王家はバンフィールド王家を見限った。ターラ・バンフィールドと婚約していた王太子であるわたしごと、バンフィールド王国を切り捨てることにした」
そう続けるデイルに、王家から追放された現状を憂う様子はなかった。
「披露パーティーでのことは何もかも茶番だったし、わたしは何も気にしていないんだ。妹の第一王女は優秀だから、一時的に多少評判が落ちたとしてもいずれは立て直すだろう。わたしは追放されたところで生活に困らないように事前に荷物や金銭を持たされていたし、配下も希望する者は連れてくることができたし、こうしてハーツホーン帝国で保護して貰えるように取り計らって貰えた。できる限りの誠意は受けたと思っているよ。まぁ別に、王位に執着もなかったし」
それよりも、と少しだけ声を低くする。
「下手にビーモント王国の王太子妃や王妃がバンフィールドの王族だったりしたら、数年後に起こりうる四百年に一度の大スタンピードの際に出兵せざるを得なくなるかも知れないからね」
シャノンは曖昧に微笑んだ。大いなるものとの盟約によって、シャノンはそのことについて何も口にすることができないのだった。
「今回の件で、ビーモント王家はバンフィールド王家に莫大な慰謝料を払うことになっただろう。まぁ問題を起こした片割れが元第二王女であるシャノンだったから、多少は減額されたかも知れないけれどね。ビーモント王家は、国の評判を落とし、慰謝料を払うことになってでも、バンフィールド王家との縁を切ることを選んだんだ」
言いさして、デイルはにやりと笑った。
「これは第二子が女性で、第三子である第二王子の婚約者が小国とはいえ王女であったからこそ打ち出せた手だね。例えば下手に第二子が第二王子でその婚約者が国内の貴族だったりしたら、婚約者をすげ替えることになったかも知れないからこの手は使えなかった可能性がある」
運が良かった、とデイルは呟いた。何の迷いもなく、本当にそう思っているようだった。
「なぜなら、国の守りである《聖女》のあなたがいなければ、バンフィールド王国は数年後には再び四百年に一度の大スタンピードに見舞われることになるだろうからね」
何も言わずに、シャノンは微笑んだ。シャノンはその問いに答えることができないのだ。
「四百年前には、平民出身の《聖女》を嫌ったバンフィールド王家が王家の縁戚から代役を立てて表舞台に立たせて、その間に軽んじられた本物の《聖女》が何ものかに殺されてしまったことで本来ならば《聖女》によって抑えられていたはずの大スタンピードが発生した。歴史書によれば《聖女》を殺したのはバンフィールド王家に恨みを持つ者の仕業であるとも、《聖女》の正体を知りながら《聖女》が平民出身であることを厭うて排除しようとしたいずれかの貴族の仕業であるとも、全く関係のない単なる暴漢の仕業であるとも言われているね。そして当代では王族に《聖女》が生まれたというのに、その王女の母が平民出身であるために軽んじられて王家から追放された」
シャノンは微笑むことしかできない。その反応が当たり前であるかのように、デイルは頷いた。
「他国であるはずの我がビーモント王家も、ハーツホーン皇家も、シャノンが《聖女》であることに気づいたというのに、当のバンフィールド王家はシャノンが《聖女》であることに気づかないんだね。妖精に訊けば簡単に判る話だというのに、バンフィールドの魔法士たちはよほど力が弱いらしい」
腕を組んで首を傾げるデイルに、シャノンはそろりと訊いた。
「デイル様は、その、よろしかったのですか。本来であれば、国王となられるお方でしたのに」
デイルはきょとりと瞬いて、それから笑い出した。
「別に構わないよ、可愛い奥さんを貰えたのはむしろ運が良かった。ターラ・バンフィールドは優秀だけれど、ちょっと鼻持ちならない性格だったしな」
デイルが窓に視線を向ける。窓の外では、豊かな緑が息づいている。
特別な力を持つ《聖女》であるということはつまり、同時に神の愛し子でもあるということだ。ハーツホーン帝国はこれから先の数十年で、より豊かになることだろう。
「わたしの名誉は地に落ちた。ビーモント王家の評判も下がって、しばらくは苦労するだろう。失ったものは多く、得られたものはなく、隣国との関係も悪化した」
それでも、とデイルは言った。
「少なくともバンフィールド王国との縁を切ったことで、数年後に起きるかも知れない大スタンピードに巻き込まれる可能性はぐっと下がった。ビーモント王家は王太子であったわたし一人の名誉を犠牲にして、悪い未来の可能性を一つ潰したわけだね。お金はどうにかして稼ぎ直せば良い。けれど出兵すれば、ひとが死ぬ。お金は取り戻せても、人命は取り戻せない」
ほんの数週間前までは一国の王太子であった、いまはただの男爵は、かつての身分に対する未練など一つもなくあっさりと肩を竦めた。
「我が国の選択が合っていたかどうかは、四百年後の歴史家が判断するだろう」
なんだかとってもお久しぶりな気がします。思いついたら書くし、思いつかなかったら書かない。そんな気軽さで生きております
ここのところは頭のおかしなお話ばっかり投稿していたので、『テンプレに見せかけた非テンプレ』パターンは久しぶりに投稿した気がしますね。初心に返った気がいたします
【追記20260317】
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/799770/blogkey/3600400/




