第3話「告白と沈黙」
谷口は震える手で紅茶のカップを握っていた。
「……本当に、殺すつもりはありませんでした」
「わかっています」私は静かに答えた。「でも結果として、麗子先生は亡くなった。行為の重さは、消せません」
谷口は俯き、声を絞り出した。「でも……資料のことで問い詰められて、怖くて……。ただ、気絶させるだけにするつもりだったのに……」
「その『つもり』が悲劇を生んだんですね」私は頷いた。「薬は、心臓の薬と反応しました。誰も予想できない結果だった」
黒川が静かに口を開いた。「凛子さん……でも、これを知ったのはあなた一人? 私たちは何も見ていない」
「そうです」私は答え、少し微笑んだ。「でも、誰もが見落とす小さな違和感は、ちゃんと存在していました」
谷口は涙を拭いながら、押し黙った。黒川も言葉を飲み込む。中村はただ俯いたまま、静かに息を整えている。
「ねえ……凛子さん」黒川が小さく声をかけた。「あなたは、どうしてそんなことに気づけるの?」
「いつも、ほんの少しの『ずれ』を見逃さないだけです」私は答えた。「砂糖の粒の色、ティーバッグのタグの位置、スプーンの擦れ……普通の人は何も思わない。でも、積み重なると真実が見えてくるんです」
谷口は涙で顔を上げた。「私……どうしたら……」
「今は、自首することが最善です」私は静かに言った。「あなたは意図的に殺すつもりはなかった。でも、行為には責任が伴います。だから、自分で答えを出すしかない」
黒川はため息をつき、遠くを見るように目を泳がせた。「私たちは……どうすればいいのか」
「見守るしかありません」私は答えた。「悲しみも、怒りも、静かに受け止めるしかない。でも、この経験はきっと、誰もが忘れられないものになる」
谷口は小さく頷いた。息が少し落ち着き、涙が乾く前に自分を取り戻すように、胸を押さえた。
「凛子さん……本当に、ありがとう」
私は軽く頭を下げた。「私にできることは、ただ観察して、伝えることだけです。後は……誰かが決める」
茶会は終わりに近づいていた。沈黙の中で、三人の思いがそれぞれ胸の中で渦巻く。
そして、私はまた、次の小さな違和感を探す準備をしていた。
午後四時の茶会は、これで幕を閉じた——静かに、しかし重く。