表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

第2話「灰皿のタグと薬研堂の謎」

喫茶ベルベットは、午後四時を過ぎても静寂に包まれていた。

麗子先生が倒れた瞬間から、時間がゆっくりと流れているようだった。店内の空気は、ほんの少し重く、鈍い光の中で揺れている。


私はテーブルの端に立ち、再び観察を始めた。

誰も気づかない、ほんの小さな「ずれ」を。


1.灰皿の中のティーバッグのタグ

赤い小さなスタンプ——店の印に似ているが、よく見ると「薬研堂」と読める文字が残っていた。

タグは丁寧に切り取られており、誰かが意図的に隠そうとした痕跡がある。


2.砂糖の色と粒の粗さ

普段使う上白糖より少し黄色く、粒もやや粗い。紅茶に溶かすと自然になじむが、指で触れると明らかに違う感触だ。


3.カップの液面の油膜

わずかに光る膜があり、レモンの香りが微かに漂う。

苦味や薬の匂いを消すための工夫かもしれない。


4.スプーンの擦れ跡

中村の銀スプーンに、指輪の跡のような小さな円形の擦れ。黒川は指輪をしていたが、四時以降にポケットから取り出したと証言している。


5.谷口の行動

午後一時半、谷口は薬研堂へ外出。三時に戻った。薬屋という言葉が頭の中で鳴る。普通の買い物ではないかもしれない——直感が告げる。


私は深呼吸し、現場の再現を心の中で始めた。

「紅茶はどうやって改変されたのか?」


可能性は三つに絞れる。


1.ティーバッグ自体に薬を塗布した


2.砂糖をすり替えた


3.スプーンで直接混ぜた


タグが切り取られ、灰皿に捨てられていること——それはティーバッグに仕掛けをした証拠の可能性が高い。砂糖の色の違いと油膜の存在も、薬を見えなくするための工夫だと考えられる。


スプーンの擦れも重要だ。誰かが砂糖に粉末を混ぜる際、毎回同じスプーンを使えば指輪の跡もつく。これが黒川の指輪の痕跡と混同され、誤解を生む。


全てを整理すると、谷口の行動が最も自然に符合する——薬研堂で何かを手に入れ、紅茶に混ぜたのは彼女しか考えられない。


私は静かに谷口を呼んだ。

「谷口さん、薬研堂に行ったと聞きました。そこで、特殊なハーブの缶を買いましたか?」


谷口は一瞬口をつぐみ、やがて小さくうなずいた。

「……はい。でも、普通のハーブティーです」


「そうですか。しかし、灰皿に残ったタグの印は『薬研堂』。しかも切り取られていましたね。誰かが意図的に隠した痕跡です」


谷口は顔を赤らめ、目を伏せた。


私はさらに問いかけた。

「そのハーブをティーバッグにこっそり擦りつけたことは?」


小さな沈黙。やがて、谷口はしぶしぶ口を開く。

「……気絶させるためだけの、つもりでした。麗子先生が資料のことで問い詰めてきて、怖くて……」


その告白は震える声で、しかし真実味を帯びていた。



谷口が仕掛けたのは、意図的な殺害ではない。

しかし、彼女が使った薬草粉末は、麗子先生が服用していた心臓の薬と化学反応を起こした。結果として、死に至ったのだ。


スプーンの擦れ、砂糖の色、油膜、切られたタグ——全ては小さな証拠であり、凛子の観察眼によって初めて一つの線として繋がった。


結局、事件は事故と計画の交錯だった。

谷口は涙ながらに自首を決意し、黒川は静かに事態を見守る。


喫茶店の窓から差す午後の光は、事件の重さをそっと映し出す。

誰もが見逃した小さな違和感——レモンの香り、砂糖の色、タグの切れ目——それらが真実の光となった。


午後四時の茶会は、静かに幕を閉じる。

しかし、私の観察眼はまだ終わらない。次の小さな謎が、きっとこの店にやってくるのだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ