目覚めたら美少女になった自分が隣で寝てたという話【読み切り版】
自分がもう一人いたらいいのに――。
病院で透析を受けながら、そう思った。
俺は毎週3回、病院で血液透析をしなければならない。
その度に待ち時間も含めて、2時間近く拘束される。
病気になってから1年間、ずっとこの生活だ。
友達ともろくに遊べなくなった。
「石動統夜くーん」
呼び出され、診察室に入る。
――――
「前回の結果は良好。石の成長は見られない。問題ないね」
担当医からいつもと変わらぬ説明を受ける。
「これ、いつまで続ければいいんですか?」
「治るまでだよ。……生活の方は問題ないかい?」
「自分の時間が少ない以外は」
「すまないね。君は特に珍しい症例だから……でも、必ず治療法を見つけてみせるよ」
治療法――。
そんなものが本当にあるのだろうか?
1年経っても見つからないなら、それは無理ということじゃないか?
先生の言葉を訝しみつつ、病院を後にした。
俺の心臓には石が刺さっている――。
1年前、16歳の春のことだ。
母の研究施設を見学していた俺は爆発事故に巻き込まれた。
その時に研究されていたエネルギー鉱物[コズミウム]の破片が、俺の心臓に突き刺さった。
でも、俺は死ななかった。
石が心臓に癒着し、俺の身体と一体化してしまったのだ。
外科手術で取り出すことは出来ない。
その上、定期的な透析で石の成分を血中から取り除かなければ、身体が徐々にその石に変わってしまう。
この石のせいで、俺の生活は一気に暗いものになった。
でも、何より嫌なのは……。
「統夜くん。お母さんのお見舞い?」
「はい……」
母さんの病室に入る。
俺と同じく、爆発事故に巻き込まれた母さんは一命をとりとめた。
でも、意識は戻らず今も眠り続けている。
鉱石の結晶の中で――。
母さんをこんな目にあわせた石が俺の中にある……。
それが、何より嫌だ。
――
「やっと終わったぁ~」
家事をこなし、宿題を終わらせるともう23時。
スマホでながら見していたヒーロー番組の配信を切り、ベッドに入る。
寂しい。
まだ温まらない布団の冷たさが、孤独感を呼び起こす。
こんな生活がいつまで続くんだろう――。
この病気が治らないならせめて、自分がもう1人いたら良いのに……。
俺と違って透析の必要もなくて、代わりに学校に行って宿題もやってくれるもう1人の自分。
やらなきゃいけないことを代わりにやってくれて、やりたいことをやらせてくれる。
好きなものを一緒に楽しめて、何をしても意見が合う。
楽しい気持ちも、つらい気持ちも共有できる。
誰よりも自分の事を分かってくれる。
そんな存在がほしい。
自分の苦しみをわかってくれる存在が――。
目を閉じると、ふと10年前の事を思い出した。
大災害が起き、空が割れ、炎が舞い、現れた巨大な渦に全てが呑み込まれかけた。
でも、あの人が助けてくれた――。
渦の中に1人取り残された俺を救ってくれたあの人。
俺を母さんの元まで送り届けた後、虹色の翼を広げて渦に向かい、世界を修復したあの人。
子供だったから顔もよく覚えていないけど、蒼い髪と、長くたなびくポニーテールだけははっきりと憶えている。
あの人にまた会いたい――。
ぼんやりとしていく意識の中、そんな事を考えながら俺は眠りに落ちた。
――――
「ん……」
朝か……。
まだ眠い……。起きたくない。
もう10分だけと寝返りを打った。
「え……」
女の子がいた。
蒼い髪と翡翠色の瞳をした少女が、俺の横で寝ていた。
その姿は俺を助けてくれたあの人にそっくりだ。
……なんだ夢か。
あの人、こんな顔してたんだ。
と、朧気な意識のまま見つめていると少女が急に目を見開き、顔を引き攣らせたと思うと――。
「うおあああああぁっ!?」
悲鳴が上がった――。
「お、お前誰だ!?」
驚いてベッドから出た俺を、少女が困惑の表情で指さす。
「なんでおれの姿をしてやがる!?」
俺の姿?
いったい何を言ってるんだ?。
「……え?何これ……えええぇ!?」
突然、少女が自身の身体を見て驚いたかと思うと胸や股間を触りだし、青ざめた。
慌てて机の上の鏡に手を伸ばし、そこに映った顔を見ると――。
少女は崩れ落ちた。
「おれ……誰だ?」
――――
「きみが……俺?」
「そうだ。おれはお前と同じ、石動統夜だ」
信じられない。
試しに俺しか知らない秘密を聞いてみる。
「エロ本の隠し場所は?」
「……ベッドの下」
「小学校の時に自転車で骨折した理由は?」
「前輪に前足でブレーキかけて吹っ飛んだから」
「あの渦に呑まれた時、何を見た?」
「いろんな世界と……大きな黒い影」
……まいった、俺だ。
「納得したか?」
「うん。……でも、なんでこんな事に。まさか……石のせいか?」
「そうとしか考えられないだろ。昨日、寝る前に考えたろ?自分がもう一人欲しいって。その気持ちが石になんかこう作用してこうなった……みたいな?」
彼女が身振り手振りでこうなった原因を推察する。
が、その度にTシャツ越しに揺れる彼女の胸に俺は目を奪われる。
「石が願いを叶えたっていうのか?」
「……おれのこの姿もあの人の事を思い出して、会いたいって思ったからだろ。……っていうか胸ばっか見るな!」
バレた。
それにしても、この石にそんな力があるのか?
母さんからは『この石は世界を救えるエネルギーになるかも知れない』と、言う事しか聞かされていない。
「どーすんだよこれから……」
女の俺が頭を抱える。
あちらからすれば、朝起きたら突然身体が女になってた訳だから無理もない。
「とりあえず……先生に連絡しよう」
――
「朝起きたら自分が分裂してて、しかも性転換してた?……ごめん、ちょっと意味がわからない」
診察室で先生が頭を抱える。
そりゃそうだ。俺にだってわからない。
少々サイズの合わない、母さんの服を着たこの女の子の中身が俺だなんて……。
「俺もそう思います」
「でも、本当なんです!おれには石動統夜としての記憶があって、朝起きたらこの身体になっててそれで……その」
女の俺が説得しようとするが、当人も戸惑っていて歯切れが悪い。
「石のせい……か。人間を2人に分ける力があるなんて聞いてないけどなぁ。もしくは、1から生み出したのか……?」
先生が原因を推察するが、やはりわからないと言った感じだ。
「それにしても驚いたよ。まさか統夜くんが女の子になりたかったなんて」
「「違いますよ!」」
先生の突拍子もないからかいに俺たちは全く同じタイミング、声量、表情で反応し、思わず互いの顔を見合った。
「……ははっ、本当に両方とも統夜くんのようだね。聞きたいことはまだ山程あるけど、とりあえず身体検査してみよっか」
「お、お願いします」
「それで名前は?」
「え?」
「君の名前だよ。統夜くんと統夜ちゃん……ってワケにもいかないでしょ?」
確かにそうだ。
「えっと、じゃあトウカ……とか?」
とりあえず女の子らしい名前を考えてみる。
「トウカ……。トウは統夜くんと同じだとして、カはどの漢字?」
「あれです。花を難しく書いたやつ」
「なるほど、統華ちゃんね」
先生はその名前が書かれたカルテを見せた。
「いいよな?」
「……うん」
これで女の方の俺は仮称・石動統華となった。
仮とはいえ、名前が付くと一気に別人のように感じられる。
「じゃあ準備が出来たら呼ぶから、外で待っててね」
――――
「石動統華……かぁ」
待合室で統華が宙を見ながら呟いた。
新しい名前にまだ実感が無いといった感じだ。
自分の名前が変わるって、どういう感覚なんだろう。
まぁ統華の場合、性別まで変わってしまっているわけだから、そっちの方が受け入れがたいだろうけど……。
「母さんが起きたらなんて言おう……」
今度は両手で顔を覆ってうなだれた。
確かに、眠っている間に子供が1人増えたと言って信じてもらえるかどうか……。
「母さんなら、きっと分かってくれるよ」
統華の肩に手を置き、慰める。
身体を起こした統華は目を閉じ、大きく深呼吸した。
「落ち着いたか?」
「うん……前向きに考えよう。とにかくおれたちは別れた。だからお前が願った通り、これで自分の時間が作れる。昨日の願いが全部叶ってるなら、おれは透析いらないはずだし、おれとお前で交互に登校すれば……って!おれが女になってるから無理じゃん!」
そう言いながら、統華はまた頭を抱えた。
「俺なら大丈夫だって。それより自分の事を心配しろよ」
「でも……」
俺の身を案じながら、少し涙目になってる統華をかわいいと思った。
仕方ないだろ。
中身が俺だとしても、俺にとっては今朝出会ったばかりの美少女なんだから。
「それじゃあ、身体検査始めよっか」
「はい」
先生に呼ばれ、統華は検査室に入っていった。
数日後、検査結果が出た。
まず俺と統華のDNAは男女の違いを除けば全く同じ、同一人物だと証明された。
加えて半ば予想していたことだが、統華の心臓に石はなく、透析の必要が無い身体だとわかった。
戸籍も用意され、俺の双子の妹として登録されるようだ。
――――
そして1週間後、統華は俺と同じクラスに編入された。
「石動統華です。えっと、統夜くんの妹やってます。よろしくおねがいします……」
統華が自己紹介を終えると、クラス中が沸き立った。
「女の子だー!」
「かわいいー!」
「髪ながーい!しかもチョー青い!」
クラスメイトの熱狂ぶりに統華の表情が微妙に歪む。
あれは「女になっただけでこんなにも違うのか」と考えてる顔だ。
みんなにとっては転入生だけど、統華にとっては既に見知った面子なのだから。
転入理由に関しては、最近まで親戚の家に住んでいたということにして辻褄を合わせた。
「トウヤっち、こんなかわいい妹いたの!?」
「私も知らなかった……」
SHRが終わると、仲の良いクラスメイトが集まってきた。
美咲友依と湯宮桐絵。
日頃から俺のことを何かと気にかけてくれる2人だ。
美咲は明るく愛嬌があって誰とでも仲が良い。
湯宮は博識で色んな事を知っている。
「美咲ちゃん!湯宮ちゃん!」
「あれ?まだ自己紹介してないよね?なんで名前知ってるの?」
「あっ……」
あ、やばい。
統華に目線を送るとあちらも「やっちゃった」という目線を送ってくる。
「えっと……と、統夜がよく2人のことを話してたから知ってて……!」
「へぇー、そうなんだ。んじゃ、改めてよろしくね♪アタシは美咲友依♪」
「私は湯宮桐絵。これからよろしくね」
「うん。2人とも、統夜のこといつもありがとう」
「統夜くんいつも大変そうだから……。あ、でもこれからは統華ちゃんもいるんだよね」
「ところでさぁ、とうやっちってそんなにアタシたちのこと話してるんだぁ♪」
「あ、えっと……」
美咲がニヤッと意地悪そうな笑みを浮かべ、湯宮も俺を見つめてくる。
統華のやつ、取り繕うためとはいえ変な空気にしてくれたな……。
話を逸らさないと。
「あ、そうだ!実は統華、引っ越してきたばかりで服とかあまり無いんだよ!2人が良かったら放課後に一緒に服を選んでやってほしいんだ。なぁ、統華!」
「えっ!?」
いきなり話を振られ、ぎょっとする統華に視線を送る。
お前もこっちをフォローしろ!服が少ないのは事実なんだから!
「ふーん……オッケー♪良いお店紹介してあげるねっ♪」
思いつきだったけど2人は快諾してくれた。
なんとかごまかせた……。
「統夜くんも来るよね?」
「え?」
「トウヤっち、今日火曜だから大丈夫っしょ?」
「でも女の子同士の方が……ん?」
統華が俺の袖を引っ張る。
不安だから一緒に来てと目で訴えているようだった。
「わかった。付き合うよ」
放課後、3人に付き合って街に出た俺はファッションショーのごとく着せ替えられる統華を眺めたり、下着売り場で美咲にからかわれたりしつつ、最後はみんなでカラオケに行って帰路についた。
――――
「疲れた~……」
「本当にいっぱい買ったもんな」
家に帰り、持たされた大量の買い物袋をテーブルに置く。
「で、どうだった?初めての女子の世界は」
「初日から刺激が強かった……。男子からの視線がすごいし、体育の着替えとかも……」
ソファーにもたれかかり、気怠そうに今日感じたことを話す統華。
「あとやっぱり女の子みたいに振る舞うの疲れる~……」
随分気疲れしたようだ。それも当然か。
1日中演技してるようなものなんだから。
「風呂入れるよ」
「頼んだー……」
風呂の蛇口を捻り、リビングに戻ると統華がさっきの姿勢のまま寝ていた。
しばらく寝かせておいてやろう。
風呂が沸くまでの間に買い物袋から統華の衣服を取り出し、脱衣所に持っていく。
「起きろ統華。お風呂沸いたぞ」
「はーい……」
瞼をこすりながら統華は風呂場へ向かっていった。
「一緒に入る?」
「バカ!……入る」
まったく……と思いつつ素直に欲望に従った。
誘ってきたのはあっちなんだし、中身は俺なんだから何も問題はないだろう。
「なぁ……このままのおれと、女の子っぽいおれ。お前はどっちがいい?」
「ん~、女の子かな」
少し考えた後、後者だと答えた。
オレっ娘は好きだけど、統華の見た目には合わない気がする。
なにより統華の将来を考えれば女の子の方だろう。
「そっか……じゃあ頑張る」
「そんなに気張らなくても自然と馴染んでくるんじゃないか?ほら、身体に引っ張られるっていうし」
「身体に引っ張られる……かぁ」
「それより俺はこうやって、家で誰かと話せるのが何より楽しいよ」
「……おれも」
俺たちはしばらく身体を温めたあと、狭い湯船を後にした。
それからの生活は実に楽しかった。
透析がある日は統華が先に帰って、夕飯を作って待っててくれるのはもちろん……。
「昼ごはん何にする?」
「そりゃもちろん……」
「「カレー!」」
好きな食べ物も一緒。
「あ、配信一緒に見よ」
「懐かしいなこれ」
好きな番組も一緒。
「面白かったなー」
「あそこがいいよね」
「そうそう!」
何をしても意見が合う。
楽しい気持ちも、つらい気持ちも共有できる。
誰よりも自分の事を分かってくれる。
統華が生まれてから、俺の生活は一気に楽しくなった。
――――
そんな順風満帆な俺たち兄妹も、時には問題に直面する。
期末テストが近いから湯宮、美咲と一緒に放課後に勉強会をしているのだが……。
「ここわかる?」
「俺もわかんない……」
学力も同じだから同じ問題が解けないのだ。
「ここはこうするんだよ」
「「あ、なるほどぉ~!」」
俺たちがいくら頭を捻ってもわからなかった問題を湯宮は簡単にこなし、解き方を教えてくれた。
「アタシはここがわかんないんだよねー」
「あ、それならわかるよ」
「マジ?教えて教えて!統華ちゃん頭いいねー」
「……俺も答えわかってた」
「なになに統夜っち、やきもち?」
「そんなんじゃない」
美咲にイジられる俺を、統華はにんまりとした顔で見つめていた。
――――
そんな何もかも同じな俺たち兄妹に少しずつ……。
水滴が巨岩を穿つように少しずつ、小さな変化が起き始めた――。
「今日、夕飯なに食べる?」
「そうだなぁ。やっぱこういう日は……」
「ラーメン!」「うどん!」
……え?
「……あ、いやラーメンだよねラーメン!私もどっちかで迷ってた」
「あ……あぁ、そうなのか」
初めて意見が割れた。
この日以降、こういう些細なすれ違いが日が経つごとに増え、大きくなっていった。
その度に統華の表情が暗く、悲しげなものになっていたことに、俺は気づいていなかった。
そして、2人で新作映画を観に行った日。
決定的なことが起こった――。
「今の映画、面白かったな」
「微妙だったね」
――――!?
意見の相違に思わず足が止まり、統華を見る。
その顔は硬直したように呆然としていた。
「え……どこがダメだった?俺は面白かったと思うけど」
「いや……えっと、その……」
しどろもどろになりながら統華は後ずさると、俯いて黙ってしまった。
「統華?」
心配して近づこうとする。
すると突然、統華が走り出した。
「おい、統華!?」
必死に後を追いかける。
いったいどうしたっていうんだ。
「はぁ……はぁ……」
長い長い追いかけっこの末、やっと追いついた。
陽も落ち、街頭が灯る街はずれの海沿いの道。
統華はフェンスにもたれ、顔を伏せている。
「統華、どうしたんだよ」
統華の肩に手を触れる。
「離せよっ!」
そう言って俺を振りほどいた統華の顔には、涙がにじんでいた。
「どうしたんだよ……?お前らしくないぞ」
「……おれらしいって、なんだよ」
「え……?」
「おれの心はお前のコピーで、この身体はあの人のコピーだ。なのに、おれらしいって……なんだよ?」
「統華……」
「おれはお前の願いを叶えるために生まれたのに、違っちゃったら……おれが居る意味無いじゃん……!」
俯いた統華の顔から、いくつもの涙が零れる。
それは女の演技をかなぐり捨てた、むき出しの……もう一人の俺の叫びだった。
俺のせいだ――。
俺の身勝手な願いが、こんなにも統華を苦しめていた。
統華は自分の存在理由を必死に満たそうとしてたんだ。
そして求められている自分と、本当の自分の狭間で苦しんでいる。
「ごめん統華……」
そんなつもりじゃなかった……。
「俺が間違ってた」
確かに俺は自分がもう一人いたら良いと願った。
それが自分の心からの願いだと思っていた。
でも、違ったんだ。
俺が本当に欲しかったのは……。
「統夜……んっ!?」
統華を思いっきり抱きしめる。
「お前はお前で良いんだ……っ!」
「え……?」
「俺、お前と暮らし始めてから気付いたんだ。俺が本当に欲しかったのはもう一人の自分じゃない。助け合える家族なんだって……」
「統夜……」
「俺になる必要なんてない。自分を抑え込まなくていい。お前がどんなに変わってしまっても、俺はお前を受け入れる。お前は石動統華。俺の……大事な妹だ!」
統華に想いを伝えるたび、俺の目にも涙が溢れてくる。
俺とは違う、小さな身体が腕の中で震えている。
「統華。俺、お前に大事なことを言い忘れてた」
統華の両肩を掴み、その瞳をしっかりと見つめる。
そうだ。
もっと早く言ってあげるべきだったんだ。
この言葉を――。
「生まれてきてくれて、ありがとう……」
心からの言葉を伝えると、収まりかけていた統華の涙が再び溢れ出した。
胸に飛び込まれ、痛いほど強く抱きしめられる。
俺も、今言った言葉が偽らざる本心だと伝えるように、統華の身体を強く抱きしめる。
この先、統華がどれだけ変わったとしても……この想いだけは変わらない。
「統夜……統夜ぁ……!」
俺たちは互いの涙が枯れるまで泣き続けた。
この先どんな困難が訪れたとしても、俺たちの心は離れない。
一緒に、2人で生きていく――。
【第1章:目覚めたら自分がもう1人いて、しかも美少女だった!という話】 完――。
「……帰ろっか」
「うん……」
統華も落ち着きを取り戻し、2人で立ち上がると……。
パチパチパチパチ――。
どこからともなく拍手が聞こえてきた。
「感動の仲直りは済んだかね?」
声に振り返ると、白づくめの男女3人が立っていた。
拍手の主は中央に立っている、黒髪をオールバックにした中年の男。
左目に眼帯、左手に黒の革手袋をしている。
誰なんだこいつらは……?
「誰……?」
「やれ」
「イエッサー」
拍手の男が指示すると、左右に控えていた部下らしき男女が俺たちに襲いかかってきた。
「なんだお前ら!?あがっ……!」
突然腹を殴られ、首を掴まれる。
部下の男が目にも留まらぬ速さで俺に近づいてきたのだ。
片手で宙に持ち上げられ、息が苦しい。
「統夜!……うっ!?」
統華の悲鳴に視線を向けると、女が統華の首元に注射を打ち込んでいた。
「とう……や……」
統華が意識を失い、女に抱きかかえられる。
「やめろ!統華をどうする気だ!?うわっ……!」
投げ飛ばされ、地面に叩きつけられる。
痛みで立ち上がれない。
統華を探すと、拍手の男に引き渡されていた。
「少年よ!君は実によくやってくれた!この娘は私が有効に使うとするよ!人類の進化のために!」
なんだ?
何を言っているんだあいつは!?
「私以外にコズミウムを扱える人間は必要ない。抹殺しろ」
拍手の男は部下の男女に指示を出すと、統華を車に乗せ連れ去っていった。
「統華ぁーっ!」
去っていく車に必死に手を伸ばすが、届くことはない。
いったい何が起こっているんだ。
なぜ統華が……。
呆然とする俺に、殺意を持った男女がゆっくりと近づいてきていた――。
【第2章:俺の妹が悪の科学者に攫われたから命懸けで助け出すという話】
色黒の男が立ち止まり、口をあんぐりと開く。
やばい、なにか来る。
「フォアッ!」
男の口から衝撃波が放たれる。
バゴォン――!
咄嗟に身を躱した俺の背後でコンクリートブロックが粉々に砕け散り、目を疑う。
人間業じゃない……。
「お前ら……なんなんだよ!?」
「フフッ、冥土の土産に教えてあげましょう」
俺の問いかけに答えるかのように、男女は仮面を取り出した顔に付ける。
すると彼らの骨格が突然バキボキと鳴り始め、その姿を変えていく。
衣服が千切れ、皮が破れ、その下から半機械の肉体が露出する。
腕が伸び、脚が獣のように変形し、口には牙が生えていく。
眼の前の現実が信じられない。
人が人で無くなっていく。
そんな光景に俺は唖然とするしかなかった。
「ウォロロロロ……」
「ガォラララ……」
男は狼、女は虎を思わせる風貌に変わり、唸り声を上げる。
「我々はMr.ヴォルテールに見言い出されし人機融合兵ヴァーチャー」
変貌した女が自分たちの出自を明かす。
人機融合……要はサイボーグってやつか。
それよりも今、重要なことを言ったぞ。
「ヴォルテール……?」
統華を拐ったあの眼鏡の男がそうか?
あいつが首謀者なのか?
でも、なんのために統華を……?
「リカイしたら死ヌがいい」
片言の日本語を話し、迫る狼男。
考えるのは後だ。
今はこの場を切り抜けないと!
「ガォララララァッ!」
逃げ出そうとした俺の退路を塞ぐように虎女が回り込む。
「うわあっ!?」
鋭い爪が迫る。
だが、俺は幸運だった。
虎女の攻撃に驚いた俺は足を滑らせ、仰け反るように倒れ込む。
爪は俺の心臓を抉る軌道から逸れ、上着の胸元だけを斬り裂いた。
危なかった……と安堵する間もなく、地面に倒れ込んだ俺の目に飛び上がった狼男の姿が映る。
月を背中に、空中から襲いかかってくる。
「ウォロロロ!」
「くそぉっ!」
身体を転がし、間一髪避ける。
考えている暇なんてない。
身体が動くままに着地したばかりの狼男の背中にドロップキックを放つ。
「ウォロッ!?」
「ティガッ!?」
体勢を崩した狼男は虎女を巻き込むように倒れる。
今のうちに逃げ出すんだ。
頭より先に本能に呼び掛けられ、走り出す。
「フォアアアッッ!」
背後からけたたましい咆哮が響く。
背中に圧力、押され、身体が宙を舞う。
初めに男が見せた衝撃波か!?
「うああああっ!」
半回転し、背中から大地に叩きつけられる。
距離が離れていたせいか身体を粉砕されずに済んだけど……。
もう逃げられない。
俺がまだ動いてる事に気づいた虎女が猛スピードで迫ってくる。
怖い――。
あんなのに勝てるわけがない。
(統夜!)
諦めかけた俺の心に、助けを求める統華の顔が浮かぶ。
怖気付いてる場合じゃない。
俺は統華を……妹を助けるんだ。
逃げられないならやっつけるしかない。
でも、どうやって……武器か?
武器があれば倒せるか?
「あっ……!」
折れたバットがすぐそばに落ちている。
「うあああぁっ!」
縋り付くようにそれを手にし、迫る虎女に半ばヤケになって振り下ろす。
正直、こんなもので太刀打ちできるとは思ってない。
虎女もそれをわかっているのか、避けようともしない。
あぁ……どうせならこんな怪人でも倒せるような武器が落ちていて欲しかった。
……怪人?
その時、脳裏をよぎったのは昔見たテレビのヒーローだった。
愛と平和のために戦い、銃に変形する大剣を持ったヒーロー。
何度傷ついても、何度倒れても立ち上がったあのヒーローの武器。
そうだ。
あんな武器さえあれば……統華を助けられるのに――!
「ゲギャアアアッ!?」
「……えっ?」
虎女が白い血液と機械部品をまき散らしながら、吹き飛んだ。
いったい何が起こった?
眼下に光――。
見れば振り下ろしたバットが俺の腕から生えた青白い結晶に包まれている。
「なんだ……これ……」
一層煌めきを増した後、結晶が弾ける。
すると中から剣が現れた。
赤く、大きく、無骨な……。
あのヒーローと同じ剣が――。
おもちゃじゃない。
確かな重さを感じる。
これは……本物だ。
本物であってくれ!
「ウォロロロ!」
「ここを……こうして」
使い方は分かってる。
剣を銃モードに変形させ、構え、トリガーを引く。
「くらえっ!」
「ヴォヴッ!?」
銃口から放たれた光弾が、次いで迫る狼男の腹部を射抜いた。
己から流れ出した白い血液に驚愕する狼男。
だが、まだ倒れる様子はない。
両手を広げ、再び迫ってくる。
もっとだ。
もっと強い攻撃を――。
その時、足元で輝く金色に気づいた。
それはこの銃に装填し、必殺技を放つための専用アイテムだった。
そういえば統華が意識を失う直前、俺に何かを投げ渡そうとしていた。
じゃあこれが……。
あいつも同じこと考えてたってわけか!
銃にアイテムを装填し、砲身にエネルギーをチャージする。
もうどうにでもなりやがれ!
トリガーを引く。
「ヴォロラアーッ!?」
撃ち放たれた巨大な光球が狼男を呑み込み、その身を爆発四散。
辺りに焦げた機械の残骸が飛び散った。
「やった!……ぐっ……がぁっ!?」
勝利の安堵も束の間――――右腕に激痛が走り、膝をつく。
見れば腕の皮膚を突き破り、いくつもの結晶が生えてきていた。
心臓も痛い。
バクバクと動悸が激しくなり、痛みで力が入らない。
「ガ、ォラアア……」
唸り声にハッとすると、瀕死の虎女が立っていた。
身体がボロボロになり、臓器を模した機械がこぼれ垂れ下がったまま、よろよろと俺の方へ向かってくる。
逃げようにも体が動かない。
ガガガガガ――!
「ガッ!?ゲギャアアッ!」
だが次の瞬間、虎女は無数の弾丸に撃ち殺された。
「対象沈黙!要救助者1名!」
銃を持った黒い装備の人たちが駆け寄ってくる。
「統夜くん!」
その中に先生もいた。
「これはマズい……すぐに透析が必要だ。早く病院に運ぶんだ!」
「先生……統華が……」
「わかってる。でも、まずは君の治療だ!」
意識が朦朧とする。
ストレッチャーに乗せられたところで意識が途絶えた。
――――
「気がついたかな?」
目覚めると病院だった。
腕には透析用のチューブが付けられている。
「間に合ってよかったよ。あと少し遅れていたら助からなかった」
ふと時計を見ると、統華が拐われてから2時間ほど経過していた。
「先生、統華は!?統華はどうなったんですか!?」
身体を起こそうとするも、先生に止められる。
「落ち着いて、統華ちゃんはいまFRATが全力で探してる。いずれ見つかるはずだ」
つまり、現時点では行方不明というわけだ。
「統華……」
不安でたまらない。
せっかく本当の兄妹になれたのに、また家族を失ってしまうのか?
「まずは何があったのか聞かせてくれないか。あのサイボーグたちは何者なんだ?」
「ヴォルテールという男が突然現れて、統華を連れ去ったんです。それで俺は、あいつの手下のサイボーグと戦って……」
「その剣を使って勝った……と」
先生の目線の先に、俺が創り出した剣が置かれていた。
どうしてあの時あんな事が出来たのか、自分でも分からない。
ただ、あの時現れた結晶は俺の心臓に刺さっている石と同じ煌めきをしていた。
「やはりそういうことか」
突然、黒髪の女が部屋に入ってくる。
「話は聞かせてもらった」
「統夜くん!」
「トウヤっち、大丈夫!?」
続いて湯宮、美咲まで入ってくる。
「2人ともどうして……?」
「どうしてじゃないよ」
「統華ちゃんが拐われたんでしょ!アタシたちも探すの協力するから!」
「2人ともF.R.A.T.のメンバーなんだ。実はボクもね」
「えぇっ!?」
統合戦術隊F.R.A.T.――通常の警察組織では対処できない様々な事案に介入し解決する組織だ。
よくニュースでもその名を見る。
「アタシは情報収集専門で」
「私はネットワーク専門……」
「知らなかった……」
優秀な素質と技能を持つなら学生でも起用されると噂には聞いていたけど、まさか湯宮と美咲どころか先生まで一員だったなんて。
「そろそろいいか?」
「あ、スイマセン」
俺たちの長話にしびれを切らしたのか、黒髪の女の人が話し始める。
「私はF.R.A.T.、αスクワッド隊長の朔田 日花だ。石動統華救出の指揮を執ることになった。よろしく頼む」
「救出……。お願いします!統華を助けてください!」
「当然だ。その前にまず、ヴォルテールという男についてだ」
「何か知ってるんですか!?」
「君が搬送される途中、うわ言のようにヴォルテールと繰り返していたのがヒントになった」
日花さんが持っているデバイスから立体映像を映し出す。
「ヴォルテール・シザ……。元F.R.A.T.の職員で、同時にコズミウム研究機関の最高責任者だったが、ある事件をきっかけに姿を消した」
映し出された顔は、まさにあの男のものだった。
ただ、昔の写真なのか眼帯は付けていない。
こいつが統華を……!
「湯宮、美咲。彼の両腕を抑えろ」
「え?」
「いいから言う通りにしろ」
日花さんがよくわからない事を言いだし、2人に両腕を掴まれる。
「こ、こうですか……?」
「ダメだ。絶対振りほどかれないように肘で抑えろ」
両腕が2人の両肘と身体の間に挟まれ固定される。
2人の胸が腕に乗っかる形になり、なんだか恥ずかしい。
「な、なんでここまで……?」
「私がこれから話すことを聞いたら、君は冷静でいられなくなるからだ」
妹を拐われて今もかなり冷静じゃないが、これ以上のことってなんだ……?
「では言おう。君が巻き込まれ、君のお母さんを昏睡状態にしたコズミウム臨界爆発事故……」
え……?
なんで俺と母さんの話が出てくるんだ?
まさか……。
「ヴォルテールはあの事故を起こした張本人だ」
――!?
なん、だって……?
「あああああああ!」
「統夜くん!?」
「ちょっ、トウヤっち!」
あいつが……!
あいつが俺から母さんを奪って、俺をこんな身体にしただと!?
「どういうことなんですか!?あいつがあの事故を起こしたって!」
「落ち着け、これが事故当時の映像だ」
監視映像に切り替わる。
巨大な結晶の入った反応炉に沢山のチューブが繋げられ、実験が行われている。
「母さん……」
多くの研究者の中に母さんの姿もある。
この日、俺は母さんに連れられ実験の見学に来ていた。
映像は続き、実験の途中で突然1人の男が……ヴォルテールが他の研究員を押しのけ、コンソールを弄り始める。
母さんがそれを止めようとして……直後、爆発が起き映像は途切れた。
「ヴォルテールは重傷を負い病院で治療されていたが、事故の責任を追求され更迭が決まると忽然と姿を消した。それ以来、行方は掴めていなかった」
「統華を拐って、いったい何をしようって言うんですか!?」
「わからないが……君の胸に刺さっている石、コズミウムに関わることなのは間違いない」
またこの石のせいか。
俺から母さんだけでなく、統華まで……。
でも、あの剣が無かったら今ごろ俺は生きていない。
「なんなんですか、この石は……?」
「おそらく、それを一番知っているのはヴォルテールだ。奴から直接聞き出す。美咲、状況は?」
「うーんまだ……あ、来た!ギャル友から、『怪しい白服の男たちが出入りするビルを見つけた』って!」
「本当か!?」
メッセージアプリに添えられた写真には、ヴォルテールや部下と同じ白服に身を包んだ男たちが映っていた。
「よし、私は現地に向かう。湯宮と美咲は司令室でバックアップ」
「「はい!」」
「俺も行きます!行かせてください!」
「止めても聞かんだろうしな……いいだろう。着いてこい。剣も忘れるな」
「はい!先生、透析は?」
「もう大丈夫だよ。でも、また同じようなことが起きたら……命の保証はできない」
腕からチューブが外され、日花さんに着いていく。
「出る前にこれを着ろ。防弾だ」
装甲車の前で隊員服を渡され、袖を通す。
「αスクワッドはこれより、βスクワッドとともに石動統華救出に向かう!出動!」
日花さんと同じ車に乗り、出発する。
俺たちの車の後に、何台もの装甲車が連なり市街地へ向かっていく。
「美咲、目標のビルは?」
『乱堂セントラルタワービル。街のど真ん中だよ!』
『日花さん、湯宮です。ビルの管理システムに侵入しました。このビル……データ上だと地下2階までだけど、システムには地下4階まであります』
「なるほど怪しいな」
目標のビルに着いた。
他の車両から隊員たちが次々と降車している。
『2分後にセキュリティを落とします』
「よし、突入準備!石動統夜、君は私たちの後ろにいろ。無茶はするな」
「はい!」
『とうやくん、帰ってきてね!』
『統華ちゃんも一緒にね!』
「あぁ、必ず帰る!」
隊員たちが配置につき、湯宮の通信からきっかり2分後にビルの入口が開いた。
「突入!」
地下を目指し突き進む。
隠されていた地下3階に突入すると、銃声が聞こえてきた。
銃で抵抗する研究員らしき男たちが、次々に隊員に射殺されていく。
そこは何らかのラボのようになっていた。
不気味な生き物の入った容器や機械の四肢が吊り下げられていて得体がしれない。
ろくでもない実験をしているのは間違いなさそうだ。
転がる死体なんて気にしていられない。
早く統華を見つけないと……。
『こちらβスクワッド、地下4階でヴォルテールを確認!』
通信を聞き、急ぎ4階へ降りる。
同じようにラボになっている部屋の奥にヴォルテールは立っていた。
「そこまでだヴォルテール!」
「統華を返せ!」
「おや……?まさか、君が生きているとはね!ということは、あの2人は失敗したか。こいつは驚いた。その胸の石のおかげかな?」
大勢から銃口を向けられてもヴォルテールは動じていない。
どうやら、防弾ガラスの向こう側にいるようだ。
「なぜ石動統華を拐った!?目的は?」
「もちろん、人類の救済だ。コズミウムによって、人類は新たな飛躍を遂げる!見たまえ!」
ヴォルテールが掌を出すとそこに結晶が生え、弾けた中から銃が現れた。
俺が剣を生み出した時とまるで同じだ。
「これがコズミウムの真の力だ!黄金だろうと、ダイヤだろうと、私が願うままに生み出すことが出来る!」
ヴォルテールは言葉の通り、次々に黄金やダイヤを作り出しては無造作に捨てる。
「どうしてお前にそんな事ができる!?」
「石動統夜、私も君と同じだからさ」
同じだと?
おもむろにヴォルテールが眼帯を取る。
「なっ……!?」
眼帯の下には、ヴォルテールの目に突き刺さるように石が嵌っていた。
だけど俺のとは違い、石は不気味な赤紫色に染まっている。
「あの事故の時、私の目にこのコズミウムが突き刺さった。それ以来、私に備わったのだ。万物を生み出す力が!」
ヴォルテールは自身の力を誇示するように両手を広げる。
「石動統夜、君に必要な透析も私には不要だ。なぜだか分かるかね……?私は石の力を受け入れた!だが君は拒んだ!何故拒む!?こんな素晴らしい力を!」
「ふざけるな!この石のせいで母さんは!」
「大業を成すのに犠牲はつきものだ。君の母は一研究員でありながら私に逆らい、コズミウムをただのエネルギー炉にしようとした!だから私がもたらしてやったのだよ。来たるべき変化を!」
ヴォルテールはそう言って革手袋を外し、己の掌を見せつけた。
「うっ……」
「なんだ、その手は!?」
その手は黒く、甲殻を纏ったかのように歪に尖っていた。
人間のものとは思えない。
「進化さ。コズミウムはただ物を創り出すだけではない。物質を、肉体を創り変えることも可能なのだ!この力で、私は至高の存在となる!空の裂け目から現れる敵性体どもを排除し、私自身が人類救済の福音となるのだ!」
「イカれてやがる……」
次第に狂気を孕むヴォルテールの演説に、隊員の1人がそうこぼした。
全く同感だ。
あの事故が起こって良かった――。
ヴォルテールの口ぶりはそう言っているようにしか聞こえない。
お題目を並べ立てているが、結局は自分の為に大勢を巻き込んでも何とも思わないゲス野郎だ。
「だが1つ、問題が残った。この通り、至高の領域に至るには私のコズミウムだけではパワーが足りない。そこで彼女だ!」
言葉とともに、ヴォルテール背後のカーテンが開かれる。
「統華!」
現れたのは十字架のような手術台に磔となった統華の姿だった。
身体にはいくつもの機器が取り付けられ、意識なく項垂れている。
「お前、統華に何をする気だ!?」
「石動統夜、君には感謝しているよ。彼女という奇跡を生み出してくれたのだからな!彼女こそ私を至高に至らせる存在。全身の細胞がコズミウムと一体化している完全コズミウム人間なのだ!」
「わけわかんねえこと、言ってんじゃねえ!」
「統夜くん!?」
隊員たちの中から飛び出し、俺とヴォルテールを隔てる防弾ガラスに剣を叩きつける。
だが、ヒビが入っただけだ。
ガラスの向こうでヴォルテールが憎たらしい笑みを浮かべる。
「彼女から生み出される膨大なコズミウムエネルギーを取り込むことで、私は至高の存在となる!刮目するがいい!」
ヴォルテールが胸に機器を取り付けると次々にチューブが接続され、背後の装置が動き出す。
「うあああああぁっ!」
「統華ー!」
統華が苦痛に顔を歪ませ、チューブを介してヴォルテールへエネルギーが送られていく。
「やめろぉー!」
必死に防弾ガラスを剣で何度も斬りつける。
次第にヴォルテールの身体が光り始め……。
次の瞬間、衝撃波とともに防弾ガラスが粉々に砕け散った。
「うわあああっ!」
「統夜くん!」
吹き飛ばされ、隊員たちの身体に受け止められる。
何が起こったんだ……。
煙が立ち込め、視界が悪い。
部屋の奥で、破壊された機器が幾度もスパークを起こしている。
「シザアァ……」
そして、そのスパークは煙越しに異形の影を映し出した。
黒いケロイド状の表皮に、白く鋭い外殻を纏った人型の怪物。
その姿は甲虫を思わせ、頭部から垂れ下がった1対の長い触覚がカミキリムシを想起させる。
その両目は赤く吊り上がり、口には牙。
右腕には鎌のように歪曲した鋭い刃が生えている。
「ヴォルテール、なのか……?」
怪物は答えることなく、ゆっくりと俺たちの方へ歩みだした。
「止まれ!それ以上近づくと撃つ!」
日花さんが警告する。
しかし、怪物は止まるどころか腕の刃をこちらに向け、走り出した。
「撃てぇー!」
日花さんの合図で隊員たちが一斉射撃する。
しかし、怪物の勢いは止まらない。
弾丸は全て強固な外殻に弾かれてしまっている。
「ぐあっ!」
「うごぉ!?」
「ぎあああっ!」
隊員たちが次々と斬り刻まれていく。
1人、また1人と刃を血に染め迫ってくる怪物に足が竦む。
「危ない!」
「日花さん!?」
動けない俺を庇って日花さんが前に出る。
「がはっ!」
「ぐっ!」
日花さんは怪物の刃をナイフで受けた。
だけど、怪物の力は強すぎた。
日花さんはそのまま壁まで吹き飛び、叩きつけられ、崩れ落ちる。
「日花さん!日花さんしっかり!」
だめだ。気絶してる。
「ハッハッハッハ!素晴らしいっ!素晴らしい力だ!」
突然、怪物が高笑いを始めた。
その口調、問わなくても分かる。
やはり怪物の正体はお前か!
「ヴォルテール!」
「見たかね!私の力を!この素晴らしい姿を!」
「何が素晴らしい姿だ。そんな醜い怪物になってまで、やってることはただの人殺しだ!」
「俺はアンタを絶対に許さない……!」
「どうするというのかね?そんなおもちゃで」
「おもちゃじゃない!」
「シザッ!?」
ヴォルテールに斬りつけ、斬りつけ、斬りつける。
玩具とは思えぬ攻撃の重さに驚いたのか、ヤツが距離を取る。
そこにすかさず銃モードを2発お見舞いする。
「シッッザァ!ぬぅ、これは……」
「とどめだ!」
勝てる!
カートリッジを装填し、必殺砲をヴォルテールへ撃ち放つ。
「くらえー!」
「シ、ザアアアアァッ!」
巨大な光球はヴォルテールの全身を焼き、膝をつかせた。
膝をつかせた……?
今の攻撃で倒せなかったのか……?
「なるほど、本物を創り出したということか。実に面白い。……しっかぁし!」
難なく立ち上がったヴォルテールが急接近。
同時に刃が迫る。
「空想は!」
斬りつけを捌く。
「現実には……!」
捌き……。
「勝てないッ!」
剣がっ!
「ぐうっ!」
剣が折られ、首を掴まれる。苦しい。
見れば、ヴォルテールの傷が再生している。
化け物め……!
「さらばだ、石動統夜……」
その言葉を聞いた直後、俺の腹を刃が貫いた。
「がっ……」
痛い。苦しい。
身体の中から何かがせり上がってくる。
「ごはっ……」
血だ。
何度も血を吐く。
「君の心臓の石はありがたく使わせてもらうよ。材料としてな」
ヴォルテールがなにか言っている。
俺、死ぬのか?
このまま死んじゃうのか?
母さん、統華、ごめん。
俺、もう……。
『諦めるな!』
あれ、誰の声だっけ?
ずっと昔に聞いたような。
ずっと昔に、俺にそう言ってくれた人がいたような。
諦めるな――か。
そうだ。まだだ。
「ハッハァー!」
笑うヴォルテールの後ろに、磔になったままの統華が見える。
助けるべき人があそこにいる。
「負けて……たまるか……!」
帰るんだ。
統華と一緒に!
「むっ……!?抜けん!」
こいつは言った。
石に願えばどんな物でも生み出せると。
こいつは言った。
コズミウムは肉体を創り変えられると。
「なんだ……これは!?」
なら、好きなだけ石をくれてやる!
<ヴォルテール、石になれ!>
その強い願いとともに、俺の腹を貫いた刃とヴォルテールの腕が結晶化していく。
「シザアァッ!」
「自分のためにしか戦えないやつに……!」
結晶化した両腕を砕く。
「こ、こんな馬鹿な……!」
「俺の家族は……2度と奪わせない!」
両腕を失い、情けなく狼狽えるヴォルテール。
その顔面へ――。
「うおおおおおおおぉっ!」
渾身の拳を叩き込む!
「ドガ……アガ……アリエヌウゥ……」
ヴォルテールの全身が石になっていく。
顔から足元まで全てが覆われると……。
「シザアアアアッ!」
砕け散った――。
や、やった……。
ヴォルテールを倒した。
統華を、統華を助けなきゃ……。
「統華!」
「とう……や……」
統華の拘束具を外し、その身を抱きしめる。
よかった。助けられた。
でも……。
「統夜!?」
石の力を使いすぎたのかな……。
身体がどんどん結晶化して止まらない。
このまま俺も、ヴォルテールと同じように砕けて消えてしまうんだろう。
なら、統華を巻き込む訳にはいかない。
統華から離れ、膝をつく。
「待ってよ……ダメだよ統夜!」
最期に統華を助けることができた。
それだけで十分だ。
俺が消えても、統華の中の俺が生き続けてくれる。
「統華……いいんだ」
「よくないよ!また私を……おれを独りぼっちにする気かよ!」
その言葉にハッとした。
統華の中の"俺"の、心からの叫び。
同じ人間だったからわかる、同じ寂しさ。
確かに、もうあんな想いはさせたくない。
「ごめんな……」
生きたい。
でも、結晶化は止まらない。
「うっ……ぐっ……」
「統華……?」
諦めようとした俺を、統華が抱きしめた。
結晶が統華に刺さり、その身体を蝕み始める。
「統華、何やってるんだ!?このままじゃ……お前も」
「これでいいんだよ……統夜。私は統夜に居てほしい。統夜と一緒に生きたい。統夜にまた会いたい!」
統華……俺も同じだ。
お前無しの人生なんて、もう考えられない。
「統夜……たとえ統夜が消えてしまっても、私が統夜のことを憶えてる!だって……統夜は私だから」
会いたい。
いてほしい。
そうか……そういうことか。
なら安心だ……。
俺も統華のことを忘れない。
だってお前は……俺なんだから……。
統華に……みんなにまた会いたい。
意識が薄れていく……。
……。
――――
結果から言うと、俺たちは助かった。
あの後、日花さんたちが倒れている俺たちを見つけ、保護してくれた。
俺の身体は元に戻っていた。
いや、生まれ変わった。
心臓から石は消え、統華と同じ身体構造になった。
もう透析も必要ない。
俺が統華を生み出したように、今度は統華が俺を生み出したんだ。
魂の同一性とか考えると少し怖くなるけど、ともかく俺は俺としてここにいる。
それで統華はというと……。
「じゃ~ん!見てみてこの服、マジかわいいでしょ♪」
性格が変わった。
本人曰く、1人の人間としてのアイデンティティを確立し、ついでに性別が変わったことで「男とはこうあるべき」みたいな枷が外れて気持ちに正直になったから……らしい。
ある意味、あれが俺の本来の性格なのかも知れない。
「マジ似合ってるよトウカっち♪」
「ほんと、かわいい」
「えへへ♪」
俺抜きで美咲、湯宮とどこかに出かけるようにもなった。
一応まだ演技の段階らしいが、もう家でも男口調になる事はなく、俺の目には純然たる女の子にしか見えない。
――――
病院――。
「いい?」
「おう」
母さんを覆っていた結晶を2人で消滅させる。
止まった時が動き出したかのように心拍が確認され、胸を撫で下ろす。
まだ意識は戻らないけど、いつかきっと目を覚ましてくれるはずだ。
「お母さん、起きたらなんていうかな。知らぬ間に娘ができましたって」
「驚くだろうなぁ……。でも、きっと喜んでくれるさ」
「きっと、そうだよね」
母さんならきっと受け入れてくれる。
そう確信して、俺たちは病室をあとにした。
――――
後日、日花さんが家を訪ねてきた。
「俺たちをF.R.A.T.に?」
「そうだ。2人を是非スカウトしたい。……F.R.A.T.の事はどの程度知っている?」
「えーと、クラックから出てきた怪物を退治したり、ヴォルテールみたいに未知の技術を悪用する人を捕まえる……警察みたいな人たち?」
「そうだ。もっと厳密に言えば、我々F.R.A.T.はクラック事案を主に担当し、敵性体の排除から不可思議現象の調査、地域のゴミ拾いまであらゆる事をこなす治安維持組織だ。優秀な素質や、特殊な能力を持つ者は種族・年齢・性別に関係なくスカウトしている」
日花さんの長い説明が続く。
それにしてもゴミ拾いまでやるなんて、ニュースで報じられるような派手な仕事ばかりではなさそうだ。
「10年前の大崩界……。そして、1年前のコズミウム反応炉爆発事故以来、君たちのように特殊な能力を持つ者が増えてきた。我々はその対処にも当たっている。……どうだろう?君たちの力を世の中のために役立ててみないか?隊員になれば出席日数の免除、金銭面でのサポートも受けられる。お母様の医療費もこれまで通り、我々が持とう」
「え、母さんの医療費ってF.R.A.T.が肩代わりしてくれてたんですか?」
「そうだ。だが先日、君たちがお母様を結晶から出した事で普通病棟に移った。だから、本来ならもう我々が面倒を見る義務はない」
「それって……母さんの面倒を見てほしかったら入隊しろってことですか?」
「ちょっと卑怯じゃないですか日花さん?」
「私もこんな事を駆け引きの材料にはしたくない。だが、ルールはルールだからな」
これだから大人は――。
「わかりました。入隊します」
母さんのためだ。
それに俺の力で誰かを助けられるなら、悪くない。
でも、1つ不安がある。
「でも、F.R.A.T.に入るのは俺だけにしてください」
「ん?」
「統夜?」
「何故だ?」
「F.R.A.T.の任務が、いま日花さんが言ったほど簡単じゃないのは知ってます。今回だって、ヴォルテールによって何人もの隊員さんが亡くなってる。ニュースでも、よく死者が出ていますよね?」
なんなら俺自身が死にかけた。腹を貫かれて。
どうしてあそこまで戦えたのか自分でも不思議だ。
あんな怖い思いを統華にはしてほしくない。
「この前のような事案は滅多に無い事だ……とは言えないな。確かに死人が出るような事案も、それなりに抱えている」
「そんな危険な仕事なら俺だけでいい。統華まで巻き込ませたくないんです。だから、入隊するのは俺だけにしてください」
「……統夜、それは違うよ」
日花さんに頭を下げる俺を、妹が呼び止めた。
「統華?」
「統夜の気持ちはうれしい。でも忘れてない?その気持ちは私も同じだってこと。私も、この力でみんなの役に立ちたい」
統華は言葉とともに、半分に分けられるアイスキャンディーを生み出した。
「でも……もごっ!?」
半分になったアイスを口に突っ込まれる。
「だから、統夜の気持ちと私の気持ちを半分こして……私は発明部門とかでどう?」
「もご……」
「日花さん、そういうのあります?」
「あるぞ」
「ぷはっ、あるんだ……」
「んじゃ、決定だね」
「……わかった。それがお前の選択なら尊重するよ」
「では、決定だな。詳細は後日連絡する。それじゃあな」
「「はーい」」
俺たちはアイスを舐めながら、去る日花さんを見送った。
――――
その後すぐ、俺たちは街へ出かける準備を始めた。
F.R.A.T.に入ったら遊ぶ時間なんて無くなるに違いない。
今のうちに遊び尽くすんだ。
「そういえば統華、髪型変えてもいいんだぞ?あの人の見た目にこだわらなくても……」
「んー、それ考えたんだけどね。私だってあの人に会いたいのは同じだし、なにより……これはこれで興奮するから♡」
「あぁ……そう」
「あーでもポニテは少し短くしようかなって、こんだけ長いとトイレの時に困るんだよねぇ」
どうやら心配要らなそうだ。
統華は統華としての自分を、もう立派に持ってる。
「……お前、本当に明るくなったよな」
「素直になっただけだよ。統夜もさぁ、もっと欲望に素直になったら?」
そう言って統華は自身の胸を持ち上げ、歯を見せて笑った。
「女の子なんだから少しは恥じらいを持て」
そう言いながら、統華の服装の乱れを正す。
「うわ、本当にお兄ちゃんみたいなこと言うね」
「本当に兄だ」
まったく、困った妹だ……。
家を出、手をつなぎ、見知った並木道を歩く。
風が冷たい。
もうすぐ冬だ。
でも、これからはもう寒くない。
「お昼、何にする?」
「うーん、ラーメンがいいな」
「えー、中華にしようよ。ラーメンもあるじゃん」
「でも中華屋のラーメンってさぁ……」
「いいから中華!鶏肉のカシューナッツ炒め食べたいの!」
「はいはい、わかったよ」
そんな他愛のもない会話をしながら、俺たち兄妹の新しい日々が始まった。
最後までお読み頂きありがとうございます。
これから半年後の物語が前回投稿した短編「俺の家に転がり込んできた赤髪蒼眼無知むちドラゴンオレっ娘が最高に最強でカッコカワイイという話」になります。
面白いと思っていただけたら↓の★★★★★を押して応援してくれると励みになります。
感想もお待ちしております。