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〜幕間〜 パーフェクトプラン(前)

 櫻木音瑠は不満を抱えていた。


 彼女のバンドメンバーは、人間不信女とオタク女、それに何考えてるんだかわからないやつに、のんびり女。だいぶ癖の強い、曲者ぞろいのメンツであった。

 その事自体に不満はない。多少灰汁(あく)があって喰えない面々ではあったが、ぎりぎり微笑ましいと言える範疇で踏み止まってはいたし、何より皆、音楽に対する姿勢は真剣であり、演奏の上では息があってもいた。

 だがしかし、その代償(もしくは当然の帰結)として、彼女たちには協調性というものが致命的に欠けており、単独行動ばかりして、バンド活動以外にはほとんど興味を持たなかった。音瑠の不満はその一点に集約されていた。

 つまるところ、要するに、彼女は年頃の少女らしく、たまにはみんなと仲良く遊びに行きたかったのである。

 そこで彼女は日常会話の中で、どうにかメンバーをそちらへ誘導できないものかと考え、ある日のスタジオ練習の最中にそれを実行に移したのだった。



◇◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇



「あの、考えたんですけど。そろそろあたしたちにも、コーホーソザイってやつが必要なんじゃないかと思うんです」

 ドラムスティックを握りしめ、音瑠は皆を見回した。ポニーテールが小馬の尻尾のようにぴょこんと跳ねる。

 少しでも説得力を持たせるため、聞きかじりの四字熟語を使っていた。涙ぐましい努力であった。

「こーほ―そざいってなに?」

 どうやら興味だけは引く事ができたらしい。ギタリストの鶴見深杜が大きな目をぱちくりとさせながら聞き返した。

「ああ、バンドメンバーの写真だとか、バンドのロゴのことかな?」

 音瑠の良き理解者であり保護者である、ベーシスト石川鈴夏が早速助け舟を出してくれた。

「そうです! そろそろそういう段階かと!」

 音瑠は大袈裟に頷きながら、かっと目を見開いて、彼女たちのバンドの中心的人物である、ギターボーカルの根岸ここいを見つめた。

「そう? 考えたことなかったなあ」

 ここいは案の定ぼんやりと答えを返してきた。

 彼女はただ音楽にしか興味のない、悲しき音楽モンスターであった。枝葉を持たず根と幹のみで生きる、サボテンのような女であった。

 もっとも重い彼女の腰を動かすことが音瑠の計画にとって最大の懸案事項となるであろう。

「何? ライブとかしたいの? それとも配信とか?」

「それももちろんありますけど、CDを作るにしろ、SNSで告知するにしろ、この先必要になると思うんです」

 深杜の言葉に音瑠は何度も大きくうなずきながら答えた。

「確かに、ずっと先送りにしてきましたけど、バンド名はいい加減になんとかしないと不便ですよね」

 鈴夏はすこし思案するように、虚空を見つめながら呟いた。

「えー? 『キューカンバーデコイ』でいいんじゃない? 略してきゅーでこ。どう? かわいくない?」

 ただにこにこと成り行きを見守っていたキーボード本郷美空が、いつものように適当にへらへらと答えると、

「やだよ、ダッサい」

「かわいくない」

 深杜とここいは即座にその案を一蹴した。

「いくらなんでも意味不明っていうか、内輪受けですよね」

 鈴夏は冷静に分析している。

「とにかくですよ。一旦その辺りの面倒ごとをまとめて片付けちゃいませんか? 音楽活動に集中するためにも」

 話がバンド名の方へ流れて行ったので、音瑠は軌道修正を試みた。最後にここいの心の琴線に触れそうな言葉を付け加えることも忘れなかった。

「出来ることからやりましょう。まずは、写真。アーティスト写真とか宣材写真ってやつを撮っちゃいましょうよ! かっこいいやつを、バシッと!」

「あー、それはいいね。せっかくだったら盛れてるやつがいいし」

 やはり深杜はその辺りに理解がある。自己プロデュースの重要性をよくわかっているのだ。

「え~? わたし写真嫌いなんだよね」

「私も、ちょっと顔を出すのは……」

 案の定、ここいと鈴夏が難色を示した。

「だめです! どうせ必要になるんですから、覚悟を決めて下さい。大丈夫ですよ、アーティストっぽい感じにちゃちゃっと加工して、原型が分からないようにすれば……」

何気にひどい事を言っているが、幸い誰にも聞き咎められることはなかった。

「ここい、拒否するとこの写真、ジャケ写に使うことになるけど」

 そう言って深杜はスマホの画面をここいに差し出した。そこには布団を抱きしめて眠りこけている彼女がしっかりと写っていた。

「ちょ!!! まーー! とんな!! けせ!!!!」

 ここいは奇声を上げながらそのスマホを奪おうとする。しかし深杜との悲しいほどのリーチ差のせいでまったく手が届かない。

「……なんでそんな画像持ってるんですかねえ」

 鈴夏が誰にも聞こえないような小声で呟きながら、銀縁眼鏡を妖しく光らせた。

「あのさ、だったら私撮りたい。好きなんだ、写真撮るの」

 美空が手を挙げながら立候補した。

「本当ですか!? ぜひお願いします!」

 思わぬ所からの援護射撃に、音瑠は顔を輝かせた。

「うん、まかせて。かっこいいやつ、撮るよ」

 美空はそう言ってファインダーを覗く仕草をした。

 今まで彼女の事を『油断ならない泥棒猫』ぐらいに思っていた音瑠であったが、本日をもってその格付けがほんの少しだけ引き上げられた。

「じゃあ、カメラマンからみんなに注文があるんだけど、いいかな?」

 美空がそう言いながら皆を見回すと、ここいがあからさまに警戒の表情を見せて、

「一応、言ってみて」

 彼女らしく保険をかけた返答をした。

「ひとつ。みんなちゃんとおしゃれしてくること」

 美空の言葉に、音瑠と深杜は深く頷き、ここいと鈴夏は顔を見合わせた。

「わかりました。じゃあ、とっておきのプロレスTシャツ、着てきます!」

「違うよ違うよ! そうじゃない、そうじゃないです、すず姉」

 逆方向に全速前進しはじめた鈴夏を、音瑠が慌てて引き留める。

「わたし、着る服ない……」

「私の貸そうか? あ、でかいか。じゃあ一緒に買いに行く? 選んであげるよ」

 しょぼんとしたここいに深杜が優しい声をかける。

「わあ、オタクに優しいギャルみたい……」

 鈴夏がほっこり、テカテカしながら微笑んでいる。

 美空は皆の様子を見て頷いた。

「じゃあお願いね。それと、もうひとつ。みんな、当日は絶対に照れたり恥ずかしがらないこと。照れてふざけたりしたら、逆に寒いからね?」

「ゔあっ」「ぐぐぅ」「えっ」「むむっ」

 先回りして逃げ道を塞がれ、全員が変な声を出した。ふざける気満々だった。

「いいね? 『恥ずかしがらない・照れない・なりふり構わない』。『は・て・な』でお願いします。はい、みんなで一緒に!」

『恥ずかしがらない、照れない、なりふり構わない……』

「声が小さいもう一度!」

『恥ずかしがらない! 照れない! なりふり構わない!』

「よろしい」

美空は満足げににっこりと笑った。

「じゃ、じゃあ、そういうことで、明日は一日付き合ってもらいます!」

 音瑠はそう言ってこの議論を締め括った。計画は今のところ順調に進んでいた。



◇◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇



 ちょっと重めの前髪を斜めに流した、ゆるくウェーブしたふんわりロングヘア。

 チェックのロングスカートに、秋っぽい暖色のニットと、ストール。ブラウンのショートブーツ。

 普段より数段気合いの入ったメイクまでキメている。

「あ、ど、どうも」

「プロデュースドバイお姉ちゃんです」

 おどおどしている鈴夏の横で、音瑠がドヤ顔をしている。

「おおー、萌音さんさすがだなぁ。鈴夏さん、超大人っぽい」

「いいねー。すごい似合ってるよ」 

「前髪! ぜったい前髪あったほうがいいですよ!」

 あちこちぺたぺた触りながら好き放題言う3人。

「ちょ、ちょっと、へんなとこ触らないでくださいよ、鶴見さん!」

「それミソラさんです、すず姉」

 眼鏡をかけてないから何も見えてない鈴夏であった。

「別に今は眼鏡かけてて大丈夫だよ?」

 首からごつい一眼レフを提げた美空が苦笑いした。 

「ここい先輩もかわいいですね! 若干、深杜さんとペアルックっぽいのが気になりますけど」

 少しだけ焼きもちを焼きながらも、頑張っておしゃれしてきた先輩を褒めてやる音瑠。

「いや別に」

 褒められ慣れてなさすぎて変なリアクションになるここい。

「……ネル、ネル!」

「なんすか? すず姉」

「どうしよう、前髪うざい……めちゃくちゃおでこ出したい!」

「だ、だめですよ! せっかくセットしてもらったのに!」

「無理、ムズムズする! ガーーーーってしたい!!」

「ちょっと、だめ!! 写真撮り終わるまで我慢です! だれか、だれか拘束具を!」 

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