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ライブハウス

 翌日早くに目が覚めると、もうみんな起きていて、石川さんは朝食まで用意してくれていた。

 ご飯にお味噌汁、ベーコンエッグに、サラダ。

 みんなが感謝感激の声を上げると、

「早く目が覚めちゃって、暇だったんで。べ、べつにあなたたちのためじゃないんですからね!」

 石川さんはツンデレっぽく言った。多分本当に照れていたんだと思う。

 みんなで朝からむしゃむしゃと呆れるほど食べて、それから4人でずっとバンドの練習をした。

 さすがにライブ当日だけあって、昨夜の気ままな演奏とはうって変わって、みんな真剣だった。

 お昼には大量のお蕎麦を茹でて、みんなでずるずる啜ると、すぐに練習に戻った。


 約束の時間が近づいてきたので、みんなでちゃんとした服装に着替えた。

「ネルの髪、やばい。さらっさら。これで何もしてないとかおかしくない?」

「猫っ毛なんで、すぐクシャッてなっちゃうんですよー」

 ネルちゃんの髪を深杜が編んであげている光景が微笑ましかった。案の定石川さんが「あら〜」とかうっとりしながら写真を撮りまくっている。

 みんなの服装は特に申し合わせもしなかったから、バラバラだった。

 ネルちゃんはショートパンツにオーバーサイズのシャツ、深杜は膝上丈のプリーツスカートに黒のロックっぽいTシャツ。石川さんは品の良い膝丈のワンピース。

 ちなみにわたしはマネキン買いした適当なシャツとスカート。しかも通販。


 それから楽器と機材を準備して、忘れ物がないようみんなで確認していると、黒いミニバンが砂利の音を鳴らしながらコテージの前に停まった。

「どう? お嬢ちゃんたち、楽しんでる?」

 ユヅキさんがサングラスの上から目を覗かせて、ふざけたような調子で言った。

「最高ですよ! 帰りたくなーい!」

「わたしここに住みます」

「延長! 延長おねがいします!」

「連れて来てくれてありがとうごさいます!」

「おー、結構、結構!」

 みんなが口々に感謝を伝えると、ユヅキさんは満足気にカラカラ笑った。



◇◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇



 雑居ビルの間の狭くて急な階段を降りた先に、レトロなネオンサインがぎらぎらと光っているライブハウスの入り口があった。

 『CRAZY BRO』は、見るからに年季の入った古い店だった。

 暗い店内の壁や天井には至る所にネオンが光っていて、雑多に貼られた、タバコで燻されて変色したポスターを照らしている。

 古ぼけたカウンターには無数の酒瓶がずらっと並んでいて、きっと誰も使っていないダーツの的やら、動くのかどうか怪しいジュークボックスやらが置かれている。

 ぎらぎらした原色の光と、古ぼけたくすんだ色合いの織りなす、猥雑なのに妙にまとまりのある光景に、わたしは江戸川乱歩の世界にでも迷い込んだような気持ちになって、口をぽかんと開けて見惚れていた。


「いらっしゃい! 東京からよく来たな!」

 短髪で長身、細身で筋肉質な店長が、皮下脂肪の薄い顔に皺を目一杯に作って、笑顔でわたしたちを迎えてくれた。

 身体にぴたっとした黒の上下のいかにもロックンローラーな出立ちに、ある種の様式美を感じた。

「見ての通り小さい箱だから、まあ気楽にやってよ! 今日は客もほとんど身内みたいなもんだしな、あれだよ『アットホームな職場です!』ってやつ。ほら、この上俺ん家だからさ」

 店長は大きい口を開けて乾いた声で笑った。

「お陰で家賃かからないから、ここ数年を乗り越えられたんだもんね」

 そのユヅキさんの言葉に、店長は複雑そうな表情をした。

「そうだけどよ、若い奴らが2年も3年もライブできなかったのがマジで不憫でなぁ。一回もライブ出来ないまま解散したなんて話を聞くと、ちょっとな」

「店長は若い子好きだもんね」

 三崎さんがちょっとからかうように言うと、

「そりゃそうだよ、年寄りなんてつまんねえよ。あいつら野球と病気の話しかしねえもん」

 店長は心底うんざりしたような表情をした。

「ユヅキさんも昔、ここでライブやってたって聞きました」

 いかついけど優しい人に見えたので、わたしは思い切って店長に話を振ってみた。

 店長は目を細めてわたしの顔を見て、ニッと笑って答えてくれた。

「ああ、あれは……おい、ユヅキ、お前今いくつ? 24!? てことはもう10年前!? ウソだろおい」

 店長はユヅキさんに確認して驚きながら、

「ちっこいユヅキがギターしょって、ビクビクしながら店に来てなあ。『ここで歌わせてください!』って」

 懐かしい目をしながら言うと、

「……ビクビクなんてしてないけど? あの頃から身長も変わってないし」

 ユヅキさんが白い目で突っ込んだ。

「それはモノの例えってやつじゃんか。初々しくてそんな感じに見えたの。で、俺はこう答えたわけだよ。『あ、お客様すいません、ただ今営業時間外ですので』……あれ? あんまウケてねえな?」

「東京の人たちはそんなんじゃ笑わないよ」

 店長と目が合うと、静さんは生温かく微笑んだ。

「マジかよ東京。まあそれで、しょうがねえからその場でギター弾いて歌わせて、オーディションよ。こいつはギターはヘッタクソだったけど、歌はもっとダメだった。歌詞はさらに輪をかけてひどかった」

「ちょっと!」

「自己満足で凝り固まってて、人に伝える気がない、っていうかあれは、他人を全く信用してなかったんだな。周りの人間をみんなアホだと思ってたんだろ。な、ユヅキ」

「うっさいな、若気の至りでしょ」

 ユヅキさんは珍しく顔を真っ赤にしている。

 ……それにしても、どこかで聞いたことがあるような、耳が痛いような、身につまされるような話、のような気がしたけど、きっと気のせいだろう。うん。

「まあ曲は良かったし、根性が気に入ったからよ、そこのタケを紹介してやったんだよ。バンドやってみろって。なあ、あの時どうだった? こいつ」

 タケこと三崎さんはそう訊かれて、苦虫を噛み潰して苦汁で流し込んだような、ザ・苦笑いを浮かべた。

「どうもこうも、不発弾っていうか、不良債権っていうか、こんな女よくも押し付けてくれたな、って今でも」

 ユヅキさんが三崎さんのお尻を全力で蹴った。クリスティアーノ・ロナウドばりのインステップキックで、今までで一番いい音がした。

「腰が! 腰が!」

「おー、いい蹴り。で、二人でそこのステージでやったんだよな、ライブ」

 悲鳴を上げている三崎さんを放置して、店長は話を続けた。

「最初はダメダメだったよ。でも回を重ねるにつれて、どんどん良くなってった。お嬢ちゃんたち、初ライブだろ? まあ最初はそうそう上手くいかねえだろうけどさ、気にするこたぁねぇからな。頑張んな」



◇◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇



「な、なんかめちゃめちゃ入ってませんか、お客さん」

 石川さんが青い顔をして控え室に戻ってきた。

 リハーサルも終わり開演間近の控室には、ユヅキさん・三崎さん・静さんの3人組バンド『シガラミ』と、わたしたち4人の『キューカンバーデコイ』がそろっている。

 ……ひどい。さっき店長にせっつかれて慌ててつけたバンド名(仮)、絶対に後でつけ直そう。

「ちょっとユヅキさん、お客さんは知り合いばっかりだって言ってたじゃないですか!」

 わたしは小声でユヅキさんに抗議した。

「あはは、なんか告知したら、すげー来た! SNSってすごーい!」

 ユヅキさんは楽しそうにわたしにウインクした。どうも今日のことをSNSにちらっと書いたら、同級生だけでなくインディーズ時代のファンの人たちも大勢来てくれたらしい。

「ユヅ、タケ、東京からわざわざ来てくれた常連さん、何人かいたよ」

 静さんが言うと、

「マジかあ。そうか、嬉しいなあ」

 三崎さんはしみじみと答えた。


「やばいやばい、やばいっす」

 ネルちゃんも珍しく慌てて、狭い室内をうろうろしていた。

「どした? ネル」

 深杜が見かねて声をかけると、

「やばいっす。ウチの両親来てるっす」

 ネルちゃんの言葉に、みんなからほっこりと笑いが起こった。

「たぶんお姉ちゃんが呼んだんだ。もう! なんで勝手なことすんのかなあ!」

 怒る内容もかわいいよ、ネルちゃん。ニマニマしていると、「あっ!」と突然深杜がすっとんきょうな声を上げた。

「あの、三崎さん、お肉、ごちそうさまでした!」

 その場の全員がずっこけた。

「うん、今? 今なの!? はい、どういたしまして!」

 三崎さんは、なんかやけくそ気味に答えた。



 そうこうしている間に、もう開演の時間だ。わたしたちは控室を出て舞台の袖に移動した。

「あの人たちの前でやるの? 怒られないよね?」

 会場にうごめいている大人たちを見て、わたしはなんだかアウェイ感をひしひしと感じて心細くなってきた。

「大丈夫だって。前座の学生バンドなんて、みんな温かい目で見てくれるよ、だぶん」

 深杜 は場慣れした感じでリラックスしている。

「私たちにやれることだけをやりましょう」

 石川さんが緊張した様子で言った。

「いいじゃないですか、滑ったら滑ったで。お供しますよ」

 ネルちゃんがニコニコしながら言った。

「……わかった。じゃあ、みんな」

 わたしはみんなを見回しながら、決意を口にする。

「と、とにかく頑張ろう。で、後で思いっきり凹んだり反省したり、しよう! おー!」

「そんな号令ある?」

 ユヅキさんは呆れ顔で言って、わたしの背中をばん、と叩いた。

「ほら、行っといで。あたしに恥、かかせないでよ?」

 悪戯っぽく笑って、きっちりプレッシャーをかけてくる。

 わたしがみんなを見て神妙な顔で頷くと、みんなが笑って頷く。

 わたしは高飛び込みの要領で息を止めて、えいやっとステージに足を踏み出した。

 深杜がわたしの両肩に手を置いたまま後に続いた。ちらっと振り返ると、ネルちゃんも石川さんも同じことをしていた。

 電車ごっこじゃないんだから。

 みんなはわたしと目が合うと、声を出して笑った。


 まだ暗いステージに立って、会場を見渡す。

 皆ユヅキさんたち『シガラミ』を見に来たお客さんで、いまここにいるのは全体の3〜4割だろうか。

 今回はユヅキさんたちの同窓会のようなものらしいから、ほとんどの人はロビーでお酒でも飲んで談笑しているのだろう。

 ここにいる人たちにしても、きっとなるべく前の方で『シガラミ』を観たいから、要は場所取りをしているだけなのだ。

 わたしたちに興味を持ってくれている人なんてこの中に何人もいないだろう。


 変な話、そのおかげでそれほど緊張しないで済んだ。

 楽器の準備が終わる頃には、わたしはもう開き直ったような気持ちになっていた。

 これが、『10分間何か喋ってください』だったらガチガチのカミカミになっていただろう。

 けれど、音楽を演奏するだけなのだ。だったら砂漠であっても海の上であっても、やることは同じだ。


 振り返ると、準備を済ませてちょっと緊張しているみんなの顔があった。

 ネルちゃんと目が合うと、彼女は両手を挙げ、4つカウントを入れて演奏を始めた。

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