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死亡エンドしかない悪役令息に転生してしまったみたいだが、全力で死亡フラグを回避する!

作者: 柚希乃愁

初めてファンタジーを書いてみました。短編も初めてです。お楽しみいただけると幸いです。

「ようやくここまで来たな」

 ムージェスト王国にある王立学園の前で感慨深く制服姿の青年が呟く。

 輝くような金髪、サファイアのような青い瞳をもつ整った顔立ちの彼は、レオナルド=クルームハイト。

 クルームハイト公爵家の長男で、()次期当主だ。

 彼にはいくつか秘密がある。

 一つは、前世の記憶があるということ。五年前に突如思い出した記憶はレオナルドに衝撃を与えた。なぜならこの世界が、前世の自分がハマっていた『Blessing Blossom』という美少女ゲームの世界だとわかってしまったから。

 そしてレオナルドはそのゲーム内でどのルートに進んでも殺されてしまう悪役キャラだったのだ。ルートによってはラスボスにもなる。

 この事実が判明してからレオナルドは必死に死亡回避のために動いてきた。


『ようやくなんて言ってもこれまでだって無駄なことばかりしてきただけだと思いますが』

 レオナルドの中から抑揚のない声が彼に話しかける。

「お前はずっと信じないがここがゲームの世界だってことは何度も言っただろ?今までのこともこれからすることも全部俺自身の死亡フラグ回避のためなんだよ」

『そうでしたね』


 死亡回避の一環で得た力。それがもう一つの秘密だ。

 この世界ではほぼすべての人族に魔力がある。魔力は遺伝するもので、その大小がその人の価値を決めると言っても過言ではない。だが、レオナルドには全く魔力がなかった。それは大きな魔力を維持するために注力してきた貴族世界の中では致命的な欠陥だった。そんな人間がラスボスにもなれてしまう理由。それがこれ。精霊の力だ。精霊は魔力とは全く別種の力で、どういう訳かレオナルドには適性があった。

 精霊なんてものの存在はこの世界では知られていないが、ゲームで知っていたこの知識からレオナルドは精霊の力を得るために動いた。

 だが、それは諸刃の剣でもあった。精霊によってレオナルドは精神を蝕まれていき、悪役ムーブをしていたことがゲーム内で語られていたからだ。

 それでも苦渋の決断をしたのは、次期公爵の地位をレオナルドの義妹でゲームのヒロインの一人でもあるセレナリーゼに譲った後、そのセレナリーゼが誘拐される事件が起きたからだった。それもレオナルドの目の前で。

 ゲームにはないこの事件に、レオナルドは自分がゲームの流れを変えたせいだと深く悔やみ、セレナリーゼを助けに向かった。なんとか助け出すことができたが、そこで実力不足を痛感したのだ。だから力を必要とした。死なないためだけでなく、大切な人を守るために。

 まさか、精霊にこんなはっきりとした自我があり、こうして意思疎通が可能だとは思いもしなかったが。

 精霊に精神を蝕まれるということも今のところはない。それは前世の記憶を持っているおかげなのかもしれないな、とレオナルドは考えている。この精霊はことあるごとに王国の人間を殺せと殺意満々で囁いてくるのだが、レオナルドはいつもそれを聞き流すことができている。ゲーム知識がなければ、魔力がないという劣等感から徐々に侵されていたのかもしれない。なぜこんなにも王国の人間を憎んでいるのかは聞いても話してもらえていない。


「レオ兄様、お待たせ致しました」

 レオナルドのもとにプラチナブロンドの髪に紫水晶のような瞳をもったスタイル抜群の美少女が近づいてきた。レオナルドと同じように制服を着ている。

「いや、全然待ってないよ、セレナ。ミレーネも来たのか?」

 彼女がレオナルドの義妹のセレナリーゼだ。ちなみに自分達が義理の兄妹であることをセレナリーゼは知らない。そしてセレナリーゼとともに現れた水色の髪にアクアマリンのような瞳の女性はミレーネ。恰好からもわかるが、彼女は次期当主専属侍女、つまりはセレナリーゼの侍女だ。

 ミレーネはゲームのサブヒロインで、ゲーム通りならレオナルドの専属侍女になるはずだったが、レオナルドが次期当主をセレナリーゼに譲ったときに、ミレーネのことも自分ではなくセレナリーゼの専属侍女になるように父親に掛け合ったのだ。

「はい。初日ですので、お二方のお見送りをと思いまして」

「そうか。ちょっと恥ずかしいけどありがとう。たださ、セレナ。やっぱり俺と一緒にはいない方がいいと思うんだよ」

 前世の記憶にあるゲーム内そのままの姿に何度目ともわからない感動を覚えるが、この距離感についてはどうしてこうなったとしか言いようがない。ゲームではこの頃にはもう兄妹間の仲は冷え切っていたはずだからだ。思えば誘拐事件以降からやたらと近くにいたがるようになった。それだけトラウマになっているということなのだろうか。

「まだそんなこと言ってるんですか?私はレオ兄様と一緒にいたいんです。ダメ、ですか?」

「いや、ダメってことはないけど、俺と一緒だとセレナの評判が悪くなるから」

「そんなことありません!仮にもしレオ兄様のおっしゃる通りだとしても私は全く気にしません!」

「次期当主としてそれはどうかと思うけどなぁ」

 レオナルドは苦笑してしまう。貴族子弟の集まるこの学園で今のレオナルドは無価値な存在と言っていい。そんな人間の側にいることはセレナリーゼにとってメリットが何もない。

「もちろん、レオ兄様に任された大役ですのでそちらは問題なく熟してみせます」

「わかった、わかった」

「ふふっ、それでは行きましょう?レオ兄様」

「行ってらっしゃいませ、レオナルド様、セレナリーゼ様」


 こうしてゲームの共通ルート部分の舞台である学園にレオナルドとセレナリーゼは入学した。


 入学後はレオナルドが想像していた通りの展開となった。

 元々ゲームでは次期当主という肩書のまま入学する。だからこそ、魔力がない劣等生のレオナルドにも人はそれなりに集まっていた。

 だが、今のレオナルドはその肩書すらない。するとどうなるか。レオナルドに寄って来る者はまったくと言っていいほどいなかった。

 唯一の救いは、レオナルドと常に一緒にいようとするセレナリーゼまで孤立することはなく、順調に学園内で関係を築けているということだろうか。その中には他のヒロインや主人公もいる。

 遠目に見た主人公はなるほど、イケメンだった。それに彼は男爵家の長子と身分は高くないが、とてつもない魔力を有している。他に類を見ないその魔力量は入学前から有名で、様々な思惑を持った人間が彼に近づいていた。

 そうしてゲームの通りに各出会いイベントなどは着々と進んでいた。セレナリーゼからの又聞きでレオナルドも大体の流れは把握していた。


 学園入学から数か月後。レオナルドには貴族のしがらみが少ない下級貴族の次男、三男という気の置けない友人が二人もできた。彼らもレオナルドが公爵家だとか、魔力がない落ちこぼれだとかということは気にしない人柄だった。

 昼休みに彼らと食堂で昼ご飯を食べたレオナルドは、二人と別れ、今一人でベンチに座っている。これは入学直後からの日課だ。

「このまま何事もなく卒業できたらいいんだけどなぁ」

 レオナルドは呟いた。セレナリーゼはまだ友人達と一緒に食堂で昼ご飯を食べているだろう。最初の頃はレオナルドと一緒に食べようとしていたセレナリーゼだったが、多くの生徒から誘われるのを見たレオナルドが止めたのだ。皆と食事をした方がいい、と。そうしたら、食後でいいから少しだけでもお話する時間が欲しい、とセレナリーゼから言われてしまい、こうして待ち合わせするようになった。ただでさえセレナリーゼはレオナルドの近くにいようとするのに、どうしてそこまで、と思うが、セレナリーゼに言われては断ることはできない。レオナルドはセレナリーゼに弱いのだ。

『薄っぺらいですね。まるで信じていないように聞こえますが?』

「しょうがないだろ。ゲーム通りならこれからイベントが色々起こるんだから」

『それがすべて死亡フラグに繋がっている、でしたか?』

「そうだよ。はぁ……。本当このまま卒業して公爵領の小さな町とかで代官でもしたい」

『レオのよく言っているスローライフというやつですね』

「そうだよ。政争とか戦争とかそういうのとは無関係に俺は生きていきたい」

『レオはフリという言葉を知っていますか?』

「うっせ。俺がお前に言った言葉だろうが。……はぁ、マジで嫌なこと言うなよ。ずっとそのために頑張ってるんだぞ、俺は」

『折角私がいるのですから、敵対する者は皆殺しにしてしまえば早いと思いますけどね。王国の貴族なんてクズの集まりなんですから』

「だからそういう怖いこと言うなっての。んなこと俺はするつもりないから」

『つまらないですね。どうしてこんな人間に宿ってしまったのか……』

「どうしてだろうなぁ。俺にもその理由はわからん」

『レオの言うゲームでは本当に明かされなかったのですか?』

「ああ、お前がいる場所はわかってたんだけどな」

『まったく。役に立たない知識ですね』

「立ってるっつの。だいたいお前は―――」

『おや、セレナリーゼが来ますよ』

「っ」

(……わかった)

 精霊は特定の人物の魔力を記憶できる能力を持っている。セレナリーゼが誘拐された一件があったため、レオナルドは身近な人間の魔力を精霊に覚えさせていた。


「レオ兄様、お待たせ致しました!」

 レオナルドに宿った精霊とそんな話をしているとセレナリーゼが駆け足でやってきた。精霊の存在はもちろんセレナリーゼにも内緒だ。

「わざわざ走ってこなくてもいいだろ?」

「そういう訳にはいきません!レオ兄様をお待たせしてしまっているのに」

 それから並んでベンチに座り、二人は他愛のない話を昼休みが終わるまで続けるのだった。セレナリーゼがずっと笑顔で楽しそうで、レオナルドはこの時間が結構好きになっていた。


 そんな平穏な日々が過ぎていたある日、ついにゲームイベントの一つが発生してしまった。それもセレナリーゼに関するイベントが。


 この日、新入生が合同で、王都近郊の森に行き、三人以上のグループを組んで魔物退治をする実習が行われた。魔物の生態は未だよくわかっていないが、人々に害をなす存在のため、冒険者や騎士によって定期的に討伐されている。

 貴族たる者、その高い魔力を用いて、魔物の討伐くらいはできるようにならなければならないという意図からこの実習は組まれている。


 今回で二回目のため、グループ決めで揉めることはない。ちなみに、レオナルドは役に立たないと思われているため、どこからも誘われることはなく、同じく大した魔力を持っていない友人二人とグループを組んでいる。

 ちなみにセレナリーゼは引く手数多だ。

「今回も剣で戦いはするけどあんま期待しないでくれな」

「わかってるよ、レオ。魔力がないんじゃしょうがないだろ」

「まあ俺らも全然だからな。今回も浅いところでうろちょろしてればいいだろ」

「「だな」」

 そうして、レオナルド達は森に入ってすぐのところで弱い魔物を相手にして今回の実習も無事乗り切ることにしたのだった。


 一方、セレナリーゼは、前回と違うメンバー十人で森の奥深くまで来ていた。奥に行けば行くほど強力な魔物が出てくる。

 どうしてそんなところまで来ているかというと、討伐した魔物の種類によって成績が変わるからだ。討伐後、魔物の体内から魔石を取り出し持ち帰ることになっている。

 一回目の実習でもセレナリーゼは主人公グループと一、二を争う魔物を討伐していた。このときレオナルドにすごいと褒めてもらえたため、今回も張り切っているのだ。

 そんなセレナリーゼと一緒のグループになりたがる者は多い。加えて彼女は公爵令嬢で、兄を差し置いて次期当主の座を得た人物なのだ。貴族としてぜひお近づきになりたい存在でもあった。


 そんな彼らと森の奥まで来たセレナリーゼは表面上いつ魔物と遭遇してもいいようにと、きりっとした表情をしているが、内心は違った。

(本当はレオ兄様と同じグループになりたいのに……。人数も三人以上なんて言われてるけど、私とレオ兄様なら二人きりで十分だし。レオ兄様と森でデート……。なんて素敵なのかしら)

 そんなことを考えながらも魔物が出ればグループメンバーと協力して討伐していく。


 順調と思われたセレナリーゼの探索は突如緊急事態に変わった。

 これまで遭遇した魔物とは一線を画す牛の頭部をした人型の魔物が現れたのだ。サイズは軽く大人の二倍はある。頭部には鋭い角が二本生えており、その肉体は筋骨隆々。どこで手に入れたのかわからないが大きな太刀を持っている。こんなところにいるはずもない高ランクの魔物ミノタウロスだった。


 突然の遭遇にパニックになる生徒達。

「皆さん!落ち着いてください!私がなんとか足止めしますので、皆さんは協力して森の外へ!先生に知らせてください!」

 そんな中、セレナリーゼは冷静にグループメンバーに指示を出す。バラバラに動いては他の魔物にやられかねない。

 セレナリーゼの指示に従って皆は一斉に森を出るために走りだした。

 それを見送ったセレナリーゼは、

「さて、私の魔法が効くといいのですけど……」

 ミノタウロスと相対するのだった。


 森の奥から生徒達が続々と戻ってきて、大声でミノタウロスが出たと騒いだため、森の入口周辺は一瞬でパニック状態になった。


 レオナルド達も森の奥からの異変を感じてすぐに避難を始めた。

 レオナルドは森の入口で、逃げてきた生徒が話している詳細を聞いて表情を歪めた。

 一回目に何も起きなかったから油断していた。

 やはりこのイベントは回避できなかったのかと舌打ちが漏れる。

 セレナリーゼは一人駆けつけた主人公に助けられるはずだが、このとき怪我を負ってしまい、強力な回復魔法の使い手がいる教会に連れていくことになるのだ。

 だができれば教会にセレナリーゼを連れていかれたくはない。それは新たな、そして大きな問題を発生させるから。


 自分が助けに行くか、主人公が助けるのを待つか、と迷っていたレオナルドの目の前で状況はさらにおかしなことになる。主人公が彼のグループメンバーとともに森の入口に避難してきてしまったのだ。

(なんであいつがここにいるんだよ!?セレナの救出はどうした!?)

『レオが以前言っていた好感度の問題では?』

(なっ!?)

 確かにセレナリーゼからあまり主人公の話は聞いていなかった。そこまで親しくなっていない、ということか?ならどうしてイベントだけ起きるんだ!?

(くそっ)

『どうしますか?』

(…セレナの場所はわかるな?)

『もちろん』

(ならすぐに向かう。セレナが怪我をする前にケリをつけるぞ!)

『わかりました。レオは本当に過保護ですね』

(うるさい!いくぞ!)


 レオナルドは周囲に気づかれないように森の中に入ると、『風』の精霊術を使い、精霊の誘導に従って、セレナリーゼのもとに急ぐのだった。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 セレナリーゼは自身に身体強化魔法をかけ、まともに戦うのを避けながら、ミノタウロスに何度も得意の氷魔法を撃ち込んでいるが、全く効いている感じがしなかった。それどころかいたぶろうとでもいうのか、セレナリーゼに浅い傷を作るような攻撃ばかりしてくる。じわじわと距離を詰めて楽しんでいるようにすら感じる。魔物にそんな感情があるなんて聞いたこともないが。

(これはマズいかもしれませんね……)

 魔法の撃ち過ぎで残りの魔力が心許ない。それに傷は浅くても血は流れる。身体強化魔法が切れたら本当に終わりだ。

 セレナリーゼの内心の焦りを感じ取ったのか、ミノタウロスがニヤリと笑ったように彼女には見えた。

「舐めないでください!フロストノヴァ!」

 セレナリーゼは残る魔力のすべてを注ぎ込むつもりで、魔法を放った。ミノタウロスの周囲に極寒の吹雪が発生し、辺りの木々諸共にミノタウロスの全身が瞬く間に氷に包まれていく。

 荒い息を吐きながらも注意深くミノタウロスを見ていたセレナリーゼだが、完全に凍りつき動きがないとわかり、その場に膝を着く。今はもう一歩も動けそうにない。

(なんとか勝てた、のでしょうか……?)

 セレナリーゼの中に安堵が広がるが、それは一瞬で絶望に変わってしまった。

 ミノタウロスを包んでいた氷が砕け散ったのだ。

 ミノタウロスはそのまま嫌な笑みを浮かべながらセレナリーゼに近づいてくる。セレナリーゼはそれを見ていることしかできなかった。

 大太刀がセレナリーゼに届くという距離で、ミノタウロスは止まり、大上段に構えた。これを振り下ろされたら確実に死ぬだろう。良くても大ケガだ。それがわかっていても動くことができない。

「私、こんなところで死ぬの……?」

 嫌だ、死にたくない。自分にはまだやりたいことがある。叶えたい夢があるのだ。それなのに――――。セレナリーゼの目から一筋の涙がこぼれる。だが、そこで無情にもミノタウロスが大太刀を振り下ろした。

「レオ兄様……!」

 セレナリーゼは思わず目をギュッと瞑り、自身にとって一番大きな存在である人の名前を呼んだ。


 次の瞬間、ガキーーーンッ!!!と大きな音が鳴った。


「遅くなって悪かったセレナ」

 ほぼ同時にセレナリーゼの耳に声が届く。


 セレナリーゼが聞き間違えるはずもないその声。パッと目を開けると、セレナリーゼの目の前には、剣を構え、ミノタウロスの大太刀を受け止めているレオナルドがいた。

「レオ、兄様?」

 目の前のおかしな光景に驚き、セレナリーゼは目を見開く。

 体格差からあんな大太刀を人が受け止められるなんて考えられない。身体強化魔法を使っても無理だろう。それなのに、魔力を持たないはずのレオナルドが完全に受け止めているのだ。

「セレナ、大丈夫か!?動けるか!?」

 セレナリーゼに背を向けたまま、レオナルドは問う。

「っ、はい。ケガは大したことないのですが、すみません。今はまだ動けそうにないです……」

 自分のせいで逃げられないこの状況に、助けに来てくれたレオナルドまで危険にさらして足を引っ張ってしまうことに、セレナリーゼは忸怩たる思いだった。


 セレナリーゼの言葉を聞いてレオナルドは考える。ミノタウロスの剣を受け止めているだけでも、セレナリーゼの頭の中はレオナルドに対する疑問でいっぱいだろう。本来、魔力のない人間にこんなことできるはずがないのだから。そんな中、倒してしまったらもう言い訳のしようもない。聞かれれば答えるしかなくなる。

『どうしますか?』

 ミノタウロスと押し合いを続けながら考えているレオナルドを精霊が急かしてくる。肩越しにちらりとセレナリーゼに目を向ける。

「っ!?」

 大したことないと言ったセレナリーゼの体にはいくつもの傷があった。確かに致命傷ではないようだが、そういう問題ではない。

 セレナリーゼの傷ついた姿を目にし、レオナルドの中で何かが弾けた。そしてどこまでも冷静になっていく。

(……仕方ない。セレナにはできればずっと知られたくなかったけど、そうも言ってられない。一撃で倒すぞ)

『了解です、レオ。あんな相手余裕ですよ』

「わかった。セレナはそこでじっとしててくれ。すぐに終わらせるから」

 レオナルドはセレナリーゼを守るため、力を出すことを決めた。


 その瞬間、レオナルドの体から全身を包むように白い光が溢れ出した。

 それだけじゃない。レオナルドの輝くような金髪が見る見るうちに白髪へと変わっていく。

「え?」

(きれい……)

 それをセレナリーゼは呆然と見つめていた。何が起こっているのか全く理解できなかった。魔力、はありえない。そもそもレオナルドには魔力がないし、魔力で髪の色が変わるなんて聞いたこともない。

 それでも一つだけ確かなことはレオナルドのことを信じている、ということ。そしてそれだけで十分だった。


 レオナルドは思い切り剣を振りぬき、ミノタウロスの大太刀を弾いてみせた。

 ミノタウロスがたたらを踏み、レオナルドとの間に距離ができる。すると、レオナルドの周囲に無数の氷の刃が出現した。

「これで終わりだ。いけ」

 レオナルドが剣を振るうと、その刃が一斉にミノタウロスに突き刺さる。いや、あまりの勢いにミノタウロスの厚い肉体を貫通していく。

「グガアアアァァァァ!!!?」

 ミノタウロスは断末魔の叫びを上げ、呆気なく絶命した。


 それを確認したレオナルドが一つ息を吐くと、レオナルドを包んでいた白い光が収まっていき、髪色も元に戻った。


 レオナルドはすぐにセレナリーゼのもとに駆け寄る。

「セレナ、大丈夫か!?」

「はい。大丈夫、です……」

 セレナリーゼの状態にレオナルドは顔を歪ませる。学園にいる回復魔法使いでも治せるだろうが、完全に傷跡まで消えるかどうか。それに現在進行形でセレナリーゼの姿は痛々しい。早くなんとかしてやりたい。

『はぁ……。このくらいの傷、レオでも治せますよ?』

(なに!?そんなことできるのか!?なぜ今まで言わなかった?)

『王国の者を癒すなんて嫌だったからですよ。でもレオにとってセレナリーゼは大切なのでしょう?』

(お前ってやつは……)

『ほら、やるならさっさとやった方がいいですよ。意外と出血は多いようです』

 言いたいことは色々あるが、安堵したことに変わりはない。本当に精霊が宿っていてよかった。

「すぐに傷を治すからな」

「え?」

 レオナルドはセレナリーゼに手をかざすと、傷がない姿をイメージした。精霊術にはこのイメージが大切なのだ。

 レオナルドの手から出た白い光がセレナリーゼの全身を包んでいく。温かさを感じる光に包まれたセレナリーゼの傷が初めからなかったように消えていく。だがそれだけではなかった。その光景に目を見開くセレナリーゼ。

「よし、もう大丈夫だ」

 セレナリーゼに笑みを向けるレオナルドは精霊に問う。

(おい、どうしてセレナの制服まで元通りになってるんだ?)

 そう、傷だけでなく、制服まで綺麗な状態になっているのだ。

『そういうものですよ』

 詳しく答えるつもりはないらしい。

(……そうかよ)

「レオ兄様、そのお力はいったい……?」

「ま、その話は後にしよう。とりあえず今は森を抜けよう。な?」

「はい、そうですね。まずはこの森を出ないと」

 確かにゆっくり話をするような場所ではない。

 セレナリーゼの返事を聞いたレオナルドはミノタウロスから魔石を取り出し、セレナリーゼの前で背を向けてしゃがんだ。

「だいぶ血を流したんだろう?背中に乗ってくれ」

「っ、はい……。ありがとう、ございます」

 セレナリーゼは、照れながらも嬉しそうにそっとレオナルドの背に身体を預けるのだった。


 森を抜ける道中、ミノタウロスの討伐はセレナリーゼがやったことにしてほしい、とレオナルドから頼まれた。

 セレナリーゼとしてはレオナルドの手柄を横取りするのは嫌だったが、自分の力を知られたくないというレオナルドの望みを断れる訳もなく、頷くことしかできなかった。


 森の入口付近でセレナリーゼと別れ、レオナルドは一足先に森を抜けた。

 その後、セレナリーゼが森から出てきて、生徒達や引率の教員は今までとは違う理由で大騒ぎとなった。

 そんな彼らにセレナリーゼが落ち着いた様子で魔石を見せながら事情を話しているのをレオナルドは遠目に見つめる。

(無事に終わったな……)

『こんなことばかり続けていったい何の意味があるんだか』

(だから死亡フラグをだな―――)

『そう言って自分から危険に飛び込んでるだけのように思えますけど?』

(…………)

『ま、今回はあのデカブツを殺せたので満足しておきます。どうせレオから離れられませんし』

(……お前にはこれでも感謝してる。これからもよろしく頼む)

『それはレオ次第ですね』

(そうかよ)

 こうしてこの日の実習は終わった。


 後日、学園内のテラスでレオナルドはセレナリーゼに精霊のことを話した。

「精霊……、そんな存在がいたのですね……」

 疑問はいっぱいあったが、言葉にできたのはそれだけだった。

「ああ。これであの力についてはわかってもらえたか?」

「私にも見ることはできますか?」

「いや、誰にも見え―――」

『可能ですよ』

 レオナルドが言い切る前に、精霊がレオナルドの体から出てきた。

「は?」

「っ!?」

 セレナリーゼは驚きに目を見開いている。白い光の塊のようなものがレオナルドの中から突然現れたようにセレナリーゼには見えた。


(なんでセレナに見えるんだよ?)

『先日、精霊術でセレナリーゼを治したでしょう?つまりセレナリーゼの中に私の力が入ったということです。それが理由ですよ』

(んなっ!?)

「まあ、そうだったんですね!精霊さん、あのときはありがとうございました」

(声まで聞こえるのか!?)

『セレナリーゼは素直ですね。そういう態度は悪くありません。それとレオ。今は私の方で聞こえるようにしているだけです。レオの思考は聞こえてませんし、普段は聞こえませんよ』

(……ああそう)

 精霊についてはゲームでもほとんど説明がされていない。つまりレオナルドにもわかっていないことが多いのだ。

「こんなやつにお礼を言うことなんてないぞ、セレナ」

「ふふっ、でも嬉しいです。レオ兄様の秘密を共有していただけて。このことはお父様お母様、それにミレーネも知らないのですよね?」

「ああ、セレナだけだ。だから内緒で頼む」

「もちろんです!私とレオ兄様だけの秘密、すごくいい響きですね」

 セレナリーゼはうっとりとした表情を浮かべる。

「じゃ、じゃあ話も終わったことだし、これでお終いだな」

 何かよくない流れだと感じたレオナルドは打ち切るようにして立ち上がる。

「あ、レオ兄様!?……もうっ」

 レオナルドはそのまま歩き始めてしまう。


「……レオ兄様と幸せになる未来を私は諦めていませんから。覚悟してくださいね?」

 小さく呟き微笑むセレナリーゼ。

 もっともっとレオナルドには自分を同世代の女性なのだと意識してもらいたい。そして妹としてではなく女の子として好きになってほしい。

 誘拐されたとき、犯人とレオナルドの会話から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もちろんショックだったがそれだけじゃなかった。その後、レオナルドに助けてもらって、負ぶわれて帰っている間ドキドキが止まらなかった。家に着いたところでレオナルドが倒れたときには心臓が止まりそうだった。レオナルドは誘拐犯との戦闘で怪我をしていたのに、自分を運んでくれたのだ。レオナルドは魔力がないから回復魔法が効かず、ミレーネと一緒にレオナルドが目覚めるまでずっと看病をした。看病しているときに、自分が抱いている淡い想いに気づいた。気づいたからには止まれなかった。レオナルドは犯人と会話しているとき、セレナリーゼが気を失っていたと思っている。だからまだレオナルドはセレナリーゼが知ってしまったことを知らない。けれど、両親には話した。両親は最初驚いていたが、事情を話してくれ、血が繋がっていないにもかかわらず、愛情を注いでくれたことに、クルームハイト家の人間と認めてくれていることに、セレナリーゼは感謝した。


 それからセレナリーゼはどうしたらいいか考えた。そして両親に、いかにレオナルドのことが好きかを熱く語り、説得して、自分の考えを認めてもらった。自分に婚約者なんて作られたら困るからだ。

 レオナルドと結ばれる。それがセレナリーゼが密かに抱いている望みだった。そのためにセレナリーゼはレオナルドに意識してもらえるよう積極的に動いているつもりだが、中々うまくいかない。でもこの計画は絶対に成功させたいものだ。


 レオ兄様ではなく、レオ様、そう呼べるようにこれからも頑張ろうと気合を入れ直したセレナリーゼは、

「置いていかないでください!レオ兄様」

 先を進むレオナルドに駆け寄り、その腕を抱えるようにして抱きつくのだった。

「っ、セレナ、ちょっと引っつき過ぎじゃないか?」

 自分の腕がセレナリーゼの豊かな胸に押し付けられて慌てるレオナルド。

「いいじゃないですか。減るものでもないですし」

「それはそうかもしれないが……、誰かに見られたら……」

「何の問題もありません」

「そうか……」

 レオナルドは義妹に嫌われたくはないため、腕から感じる柔らかな感触を意識しないように、セレナリーゼは甘えているだけだと必死に自制心を働かせる。それでも横を見れば笑顔のセレナリーゼが密着していて、レオナルドはため息を吐くのだった。

(勘弁してほしい……)

 セレナリーゼはもっと自分の魅力に気づくべきだとレオナルドは本気で思った。血の繋がりがないとわかってからセレナリーゼみたいな可愛い女の子と一緒に暮らすのがどれほど大変だったか。ゲームと違い、離れるはずの距離も全く離れる気配がないし。こういうことは主人公にするものではないのか、と考え、その姿を想像してちょっと嫌だなと思ってしまう。思ってしまった自分にバカか、とツッコむ。

 成長して美しさに磨きがかかりヒロインに相応しい女性になったセレナリーゼの無防備な行動にレオナルドは頭を悩ませるのだった。


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