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私はATM  作者: いりこ
7/15

芳江

 この日も芳江は昼間から、休みの結衣の元へ訪問していた。マンションの一階に住む結衣は日中、リビングの窓にレースのカーテンを閉めていた。隣りに有る公園から他人の視線が入るのを避ける為だ。

 芳江はそのレースのカーテンを見て

「あら、結衣さんカーテン開けないの?お部屋の日光消毒も出来るのに勿体ない。こんな天気の日はカーテン開ける物よ」

と言って芳江はレースのカーテンをシャーっと音を立てて開けた。その音が公園にも響いて、公園のベンチに座る子連れの主婦の目線が芳江に注がれた。

「全く、人の家を覗き込んで!感じ悪いわね! 」

芳江はカーテンを更に大きな音を立てて閉めた。この些細な自らの指摘がへし折られた事をキッカケに、芳江のアドバイスは『揚げ足取り』と変わって行った。

 そして芳江は一年経たぬうちに『孫が見たい、ちゃんと妊活をしているのか』と結衣に頻繁に聞く様になった。一日に数度聞く事もあり、結衣も流石に負担になった。しかし孫を見たい思いという事と理解し、気に止め無い事にした。

 ある日の夕方、仕事が休みの結衣は夕飯の支度をしていた。晴久が朝出掛ける前に『今日は唐揚げを食べたい』と言って居たリクエストに応えて、鶏肉に下味を漬けていた。

 冷蔵庫に入って居る大根を使ってサラダも作り、更にもう一品ほうれん草の胡麻和えも作った。二人の生活の中で少しづつ晴久と結衣の家庭の味が出来つつあり、晴久が喜んで頬張る事だけを考えて料理の仕上げに近付いた。

 使って居た調理器具を洗って居る最中に

「お邪魔するわよ」

と芳江の声と足音が聞こえた。インターフォンを鳴らさないのはもう慣れて来て居た結衣は笑顔で

「あっお義母さん、今お茶淹れますね。ゆっくりなさって下さい」

と声を掛けた。

「ご飯支度?あら私お邪魔の様ね」

芳江は嫌味を言いながらソファに腰掛けた。

「そんな事ないですよ!もし良かったら晩御飯一緒に食べて行きませんか? 」

慌てて再度歓迎した。

「何言ってるのよ!私だってお父さんにご飯食べさせなきゃならないのよ!ゆっくり此処で食べてなんか居れる訳ないじゃない!私だってプラプラしてるだけじゃないんだから! 」

強い口調で非難した。

「あっ、失礼してすみません。お義母さんお茶入りました、どうぞ」

茶托に湯呑みを乗せてお盆に乗せてテーブルに置いた。

 芳江は小言を絶え間なく言いながらお茶を啜って居る。結衣はひとつひとつ丁寧に返事をした。夫の母親を大切にしたい…只それだけなのに疲れる…。それを悟られない様に笑顔を作った。

 そうこうして居る内に晴久が

「ただいま〜」

と帰宅した。結衣が玄関に向かうのを押し退けて芳江が飛び出た。

「晴久〜!お疲れ様だったわね〜!結衣さん何ボサっと立ってるの⁉︎晴久のカバン持ちなさいよ! 」

「あっ、すみません」

芳江がしゃしゃり出ると、いつも普通にやってる事がやり辛くなる。更に芳江の指摘が飛びまくる。結衣は謝る事が増えた。自分でも負担の処理速度が落ちて居るのを感じる。だからこそ気を取り直して唐揚げを揚げ始めた。芳江が結衣の横に立った。

「ちゃんと中火にしてる?転がしながらよ! 」

「はい」

「ったく、脂っこい物ばかり作って!晴久の健康も考えて!貴女も看護婦でしょ! 」

「はい、気を付けます」

そんな会話を晴久は結衣に託したままテレビを観ている。その間も散々芳江が小言を浴びせる。晩御飯支度がいつも通りにスムーズに行かない。揚げている隙間時間で洗い物を少ししようとすると

「揚げ物の時は火から離れたらダメ!洗い物も溜めて!休みなのに何やってたの⁉︎ 」

芳江の小言が怒涛に変わる。結衣は笑顔を作るのも苦しくなって来た。その中でも義母が悪人にしてはならないと笑顔を振り絞った。 すると芳江は結衣が洗い上げて拭いて片付けるだけの料理道具を再び洗い出した。

「これちゃんと洗えてる?濯ぎもしっかりやらないと洗剤残るわよ!」

と言いながら仏頂面している。結衣は内心嫌味なこの行動に驚きと苛立ちが湧き上がった。しかし言い返した所で事態は悪化するのみだ。謝れる方が勝ちと自分に言い聞かせ

「お義母さん、お手数掛けてすみません」

と言った。返事もせずに洗い物をする芳江に誠意を著した。今は唐揚げを美味しく揚げる事に集中しよう…、ジューっと音を鳴らしながら肉を鍋の中で転がした。

 芳江は揚がった唐揚げをひと口摘んだ。

「何これ、我が家の味では無いわね。今度晴久の好きな味、教えてあげるから!晴久〜、今日は我慢して食べてね〜」

芳江はリビングの晴久に声を掛けた。テレビに夢中な晴久は芳江が何言ったか分からないまま生返事で

「うん」

と答えた。

『我慢して食べて』との言葉に夫が『うん』と…。結衣の心は抉られ一瞬笑顔を引き攣らせた。それを芳江は見逃さず、ほくそ笑んだ。

「じゃあお父さんに晩御飯を作らなきゃ、帰るわ。晴久また来るから」

「うん、またな」

結衣に声を掛けずに芳江は玄関から出て行った。

結衣は玄関まで芳江を見送った後、立ち尽くして涙をこぼした。

 なかなかリビングに戻らない結衣に気付いた晴久は

「結衣? 」

と声を掛けた。しかしリビングの扉を開ける音がしない。晴久はリビングに戻らない結衣を心配して側まで行った。結衣は涙をこぼして立ち尽くしている。そんな姿を初めて見た晴久は驚いて声を掛けた。

「結衣?どうした? 」

優しく背中を撫でられて結衣は堰を切った様にしゃくり上げて泣いた。晴久は何が起こっているか分からずにオロオロして居る。

「ただ私はお義母さんを大切にしたいの!なのに何で⁉︎ 」

「えっ? 」

晴久は結衣が芳江の事で泣いている事を初めて知った。

「私の唐揚げ…我慢して食べてるの? 」

積もり積もった思いをどう話して良いか混乱して、結衣がやっと発した言葉はこれだった。

 しかしテレビに夢中だった晴久には、芳江と結衣の会話は女同志のお喋りと耳を傾けて居らず、それなりにやってると思い込んでいた。そんな中の唐揚げ一つの問題と大きな出来事に感じなかった。

「お袋も心許して悪気無く言ったんじゃないか?心配するな」

と言って収めた。

 結衣の心の中では『違う! 』と叫んでいたが、これ以上言うと晴久とも上手くいかなくなる様な気がして涙を飲み込んだ。

 その後日も芳江はちょくちょく現れて、仕事から帰ってきたばかりの結衣にあれこれイチャモンも浴びせ、妊活を怠ってるのではと説教を始めた。結衣が何処まで我慢出来るか試して居たのだ。笑顔を崩さない結衣の『思い詰めた顔を見たい』と思うと嫌がらせの言葉がドンドン浮かんだ。結衣は耐えた。笑顔を心掛ける方法しか思いつかず、それに徹した。

 そのルーティンを繰り返していると芳江の結衣に対する思いは嫌悪が増した。それなのに何故結衣に会う為に足繁く通うのか…。追い詰める事に執着して居たのだ。


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