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私はATM  作者: いりこ
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結衣

結衣

 結衣は夫となる晴久は勿論その両親も付き合っている時から大切にして来た。二人の結婚後、晴久の母芳江は結衣に主婦業のアドバイスをしてあげようとアレコレと指導した。

 素直に感謝して教わる結衣を見て、芳江は『可愛い嫁』と感じ色々差し入れもした。それを結衣は感謝して受け取っていた。

 晴久の父和男は無口な人間だ。その無口の中に結衣が幸せな嫁になる事を密かに願って居た。自分が昔母から芳江を守ってやれなかった後悔を噛み締める様に…。何故その思いが蘇るのか…。芳江が当時の自分の母のやっている事と同じ事をして居る事が不安を過らせるのだった。

 晴久と結衣は仲睦ましく暮らして居た。そこへ芳江は、結衣が仕事から帰宅する時間を見計らって三日に一度は顔を出した。結衣はいつも芳江を歓迎して、お茶とお菓子を用意した。すると芳江はお茶の淹れ方を採点した。

「結衣さん、お湯の粗熱取ったのは良いけど薄いわね」

「あぁすみません。まだお義母さんの様に安定して淹れれなくて…」

否を素直に認める結衣の言葉が芳江には心地良く、次から次へとアドバイスと云う名目での指摘をした。

 ある日の事、結衣が仕事を終えて帰宅して間も無く、芳江がまたやって来た。

「お義母さん、いらっしゃい」

「お邪魔するわね」

と女同士で楽しげに雑談を始めた。

 すると結衣のスマホに看護学生時代の八重樫絢からグループLINEのメッセージが届いた。

『皆さーん!立花香帆が結婚したのはご存知と思いますが、家を建てました〜!と言う事で、香帆の新居で手作りピザを囲んで同窓会をしまーす!』との内容だった。

「同窓会かぁ…」

結衣が呟くと芳江は間髪入れずにしゃしゃり出た。

「あら、同窓会?結衣さん着ていく服ある? 」

「えぇ、取り敢えず…」

芳江は結衣の返事を待たずに

「私の着物貸してあげる! 」

と張り切った。

ピザパーティーに着物…場違いな格好でもあり、余りにも昭和的な発想に結衣は困った。断る言葉を探しつつお茶を出した。すると芳江はお茶を啜り

「うーん、この前のよりは美味しいわね。でもまだまだよ」

と着物話からお茶の審査へと話題が変わった。結衣は正直ホッとした。

 そして同窓会の当日の朝を迎えた。晴れた空は香帆の新築祝いと懐かしい仲間に会う事を後押ししている様だ。

 晴久の弁当を作り出かける所を見送った後に自分の身支度をしようとするとインターフォンの呼び鈴の音が聞こえた。返事をする前に芳江は玄関を開けて入って来て、その手には着物と帯と着付けの道具を一式持っていた。

「結衣さん貴女に似合うわよー。この淡い水色が品あるでしょう」

結衣は油断して居た事もあり驚きを必死に隠した。

「お義母さん、こんな素敵な着物をピザで汚したら大変です!とても…」

「良いから遠慮しないで! 」

あれよあれよと言う間に芳江は草履を玄関に置き着物用のバッグも出した。

着物も襦袢も広げ出して

「今ちゃんと着付けてあげるからね! 」と張り切った。

 これを着て同窓会に…何とか断りたいが…お義母さんの勢いが強くもう止める事は出来ない。結衣は内心戸惑ったが止むを得ず着物を着付けて貰った。

「あらぁ、結衣さん美人だから似合うわ〜!じゃあ、タクシー捕まえてくるわね」

と芳江は外に出て直ぐ戻って来てタクシーが来た事を知らせている。もう着物で出掛けるしかない…。結衣は多いに戸惑いを抱えたが、

「お義母さんさん、ありがとうございます」

と礼を言って同窓会に向かった。

 有難いが気が重い。友達に会うのが楽しみだった筈なのに、この着物姿が躊躇いの気持ちを呼んだ。

 タクシーの運転手が

「お姉さん着物似合うねぇ、お見合いか結婚式にでも行くの? 」

と聞いて来た。

「いえ…同窓会に…」

恥ずかしい気持ちの置き場もなく渋々答えると

「へぇ、今時同窓会に着物って珍しいね」

と言われて尚更恥ずかしくなった。そうこうしている内にタクシーは新築された香帆の家に着いた。支払いを済ませて車を降り家を眺めた。

 車を二台停めることが出来るガレージが一階に組み込まれて居て、家の横にはキャンピングカーも停まっていた。リビングであろう二階は大きな窓が印象的だ。リビングから伸びるテラスは広く遊び心を感じさせた。

 玄関ドア前でインターフォンを押すと

「入って入って〜」

と香帆の声が聞こえて来た。懐かしい友達の声が結衣の心の懐かしさを誘い、家の中に入いると友達達が駆け寄って来た。

「結衣〜久しぶり〜!結衣の結婚式以来かな?…ちょっと…綺麗だけどピザパーティーに着物?」

絢が苦笑した。

結衣も苦笑いをしながら

「うん、お姑さんが朝来て『同窓会なんでしょう!着物着せてあげる』って」

と答えた。

「えー、昭和的!結衣結婚生活大丈夫? 」

心配されるのは分かる。自分でも場違いな格好と思う。しかし姑が自分を思ってくれての事と必死に説明した。

絢を含め友達は姑と結衣の関係性への不安を残しつつも楽しむ事に話を移した。せめてもの結衣への配慮だった。

「もう焼けたよー」

ここの家の主婦になった香帆がが声を掛けた。

 香ばしいチーズの焼けた香りがする。ピザの上には乗っているトマトやパプリカ、ズッキーニやベーコンをピクピクさせるようにチーズがグツグツ言っている。ピザカッターを回しながら切り分け、それぞれがピザを皿に受け取るとチーズが伸びた。

「いただきまーす」

の声の後、皆んな熱さと旨さを味わう事に必死で会話が途切れた。

 その中で結衣も着物を汚さない様に気を付けながら少しずつ食べ進めて行った。

ピザはこんなに美味しいのに着物を汚さない事に気を取られてハラハラする。仲間も姑に後で『こんなに汚して!』といびられないか心配して結衣を見た。

結衣は皆んなに心配掛けまいと皿を持ち心配無さげな表情をしながら食べて見せた。そして着物の袂を帯に挟み、ピザ作りや洗い物の手伝いをしようとした。しかし絢も含め皆んなが『姑の着物』が汚れない様に結衣の手伝いを断った。結衣は何か申し訳ない気持ちになり、その皆の心配と姑の要らない気配りの間に挟まれていた。

 そんな中でも、かつて医療を一緒に学んだ友との時間は楽しくてあっという間に過ぎ去った。

 解散して帰宅すると晴久が帰宅しており、芳江も居た。

 晴久は

「お帰り。おっ結衣…着物似合うな。ちょっと待って写真撮らせて」

と無邪気にスマホを向けた。

「うわぁ、綺麗だよ」

晴久の言葉で場違いな着物を着ていた恥ずかしさが薄れて嬉しさに変わった。

「お義母さん、今日はありがとうございました。クリーニングしてお返ししますね」

と言って結衣は着替えて着物を綺麗に畳んだ。その様子を見て芳江も誇らしい顔をしていた。


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