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私はATM  作者: いりこ
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結衣

結衣

 芳江の突然の訪問は途絶えた暮らしは平穏を感じながらも、あの祝いの席での後味の悪さと詐欺の件もあり、二人は心配と消化仕切れぬ何かを片隅に抱えて居た。

 結衣としてもあんなに攻撃を受けて居たのに、芳江の弱った姿を見ると不憫に感じた。


 そんな二人を励ますかの様に妊娠八ヶ月に入った結衣のお腹の子は元気に育ち、エコーでも指しゃぶりをして居る様子が見えた。

 晴久もその指しゃぶりの画像を手に取りニヤニヤして居る。そして胎動を感じたくて、暇さえあれば結衣のお腹を触っている。

 この子は無条件で喜びを感じさせてくれる宝だ。

 結衣も八ヶ月に入ったのを期に産休に入る事になった。笑顔で働く結衣の産休入りをスタッフ一同と共に患者も祝福してくれた。

「北沢さん元気な赤ちゃん産んでね! 」

「主任さんありがとうございます。元気な子産みますね」

「生まれたら赤ちゃん連れて来てよ!結衣ちゃん」

「うん」

「俺明日手術頑張るから、看護師さんも出産頑張ってよ! 」

「そうですね、お互い頑張りましょうね! 」

沢山の人に結衣とお腹の子は見守られて結衣は深く一礼をして病棟を去った。


 産休に入って結衣は家に居る事もあり、テーブルクロスに刺繍をして居た。アイボリーカラーの布に縁にはレースがあしらわれている。テーブルに広がる部分を考えながらラベンダー模様を所々に、濃いブルーや紫や緑の刺繍糸で縫い込んで居た。

 この子が100日を迎えた時に祝膳をこのテーブルクロスで…でも生まれてみたら男の子だったりして…とワクワクしながら針を進ませた。

 その時インターフォンが鳴った。

「はい」

と言って結衣は玄関に行き扉を開けた。そこには芳江が頭を下げて立って居た。久々の芳江の姿を見て結衣は正直言ってドキッとした。

「お義母さん…、どうぞ中へ」

「結衣さん…入っても良い? 」

「ええ、さぁ」

結衣は手を室内へ差し出し芳江を迎え入れた。そして刺繍して居たテーブルクロスと裁縫道具を慌てて片付けた。

「お茶淹れますね」

「晴久から産休に入ったと聞いたの。折角休みになっても縫い物して…。貴女は働き者ね」

芳江から褒められると云う事に結衣は少し驚いたが、以前思って居た『晴久の母を大切にしたい』との思いが蘇って来た。

「いえ、仕事が休みになったら時間の使い方が分からなくて…。お茶どうぞ」

「ありがとう」

芳江はお茶を一口啜った。

「美味しいわ」

初めてお茶を褒められた…結衣は驚いた。

「あぁ、やっとちゃんと淹れれました。でも次ダメかも知れませんが」

結衣が微笑むと芳江は優しい顔で言った。

「んん、貴女のお茶はいつも美味しかった。私が偉そうに威張って批判しても、咎めないで気持ち良く飲ませてくれた…」

 結衣は更に驚き言葉を失った。

「そうよね驚くわよね…」

そう言うと芳江は土下座して

「結衣さん、私の我儘に振り回して…本当に御免なさい」

と謝罪した。結衣は慌てて駆け寄った。

「お義母さん!そんな!頭を上げてください! 」

しかし芳江は頭を上げる事なく

「御免なさい!御免なさい! 」

と何度も謝り続けた。

「お義母さんの誠意が伝わって来ました。どうか頭を上げて下さい」

静かに結衣が言った。ゆっくりと芳江が頭を上げると涙がポロポロと溢れていた。それを見て結衣は芳江の手を握った。

「ありがとう、ありがとう、ありがとう

…」

芳江は結衣を抱き締めて泣いた。その背中を結衣は優しく抱き締めた。

 芳江は落ち着くと

「長い話をしても良い? 」

と優しい顔で言った。

「ええ」

結衣も二重の目を見開いて頷いた。

 少しの沈黙の後、芳江は一度深く呼吸をして話し始めた。


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