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私はATM  作者: いりこ
12/15

結衣と芳江

結衣



 芳江の来訪はピタリと止んで平穏な数ヶ月を過ごしていた。

 静かで平穏な日々が続いて居た。そんな時に結衣は体調の変化に気付いた。嬉しそうにしている結衣に晴久が

「嬉しそうだね」

と声を掛けた。

「ウフフ、赤ちゃん…」

「えっ⁉︎ …結衣…有難う、有難う」

晴久は結衣を抱きしめた。結衣も晴久の肩に頬を埋めた。


 ある日の事だった。結衣は銀行に来ていた。ATMで給料を支払いや預金に振り分けて記帳して居たのを終えて斜め掛けの鞄にカードと通帳を入れ終えた。

 その時、とても慌てながら携帯電話で指示を受けながらATMを操作して居る女性に結衣は気付き振り向いた。

 芳江だった。

「お義母さん? 」

芳江は口を大きく開けて目を見開き

「何で貴女がここに居るのよ!何よ!邪魔しないで!あの…もしもし?もしもし⁉︎ほら!電話切れちゃったじゃ無い!貴女のせいよ!どうしてくれんのよ!晴久を助けられなかったら貴女のせいよ! 」

ここまで怒鳴ってから『言ってしまった』と言わんばかりに慌てて口を手で覆った。

「えっ‼︎晴久さんが⁉︎どういう事ですか⁉︎お義母さん! 」

芳江は目を逸らして斜め下を見詰めながら

「貴女に関係無いわよ! 」

と呟いた。

 結衣はどう見ても芳江が詐欺に遭ってる様にしか見えなかった。

「お義母さん、晴久さんを助ける為にお金を振り込みなさいと言われたのでは無いですか? 」

と単刀直入に聞いた。芳江は口をパクパクさせて挙動不審になり

「あんたに…あんたに…関係…」

と息絶え絶えに芳江は答えた。

「お義母さんは晴久さんを助けたくて、ここに来たのですよね!このままなら埒が開きませんよ! 」

結衣は強い口調で言った。芳江は止むを得ず話し出した。

「晴久が暴力団員の娘さんを妊娠させたって電話が…。そして早産で母親の命が危ないって‼︎三百万円振り込めばもう無かった事にするからって言われたから母さん助てって! 」

芳江は泣き崩れた。

「お義母さん、晴久さんは毎日定時に帰宅します。浮気してる様子は有りません。晴久さんを信じてあげて下さい!そしてお義母さんの事を『お袋』と呼びます。母さんとは言いませんよね」

と結衣は優しく落ち着いて話した。すると芳江はハッと顔を上げた。

「お袋…お袋…そうよ、あの子私の事をお袋って!」

「お義母さん、今晴久さんに電話してみましょう」

結衣はスマホを出して晴久に電話した。着信音楽5回程鳴った時に晴久が出た。

「もしもし、仕事中にごめんね」

迄話すと芳江がスマホを奪い取った。

「晴久‼︎大丈夫⁉︎あなた暴力団の娘さんを妊娠させて…」

「はぁ?お袋何言ってんだよ!…えっ?お袋、金要求されたとかじゃ無いよね? 」

「……三百万円」

「えっ?えっ?三百万円⁉︎お袋まさかそれ払って無いよね? 」

「だって…ATMなら五十万づつしか送金できないから…今二軒目の銀行で…」

「何で俺を信じないんだよ! 」

泣き崩れた芳江から結衣がスマホを受け取り

「晴久さんそう言う事だけど、お義母さんは貴方を守りたくてやった事だから責めないでね」

と通話を終えて警察に連絡をした。

 数分後警察官がパトカーで数人駆けつけ、銀行員も芳江も結衣も事情を詳しく聞いた。芳江は動揺が収まらず、警察官の質問に答えるのに時間が掛かった。

 その分結衣はこの場所での話を詳しく説明した。警察官は

「いやー、多分犯人はもう逃げてますね。電話途中で切ったのは勘付いたのでしょう。向こうのスマホもプリペイド式で捨ててると思いますから。

 でもここでお嫁さんに会わなかったらお母さん、五十万の被害で済まなかったですよ。ここで更に五十万送金して他の銀行も行ってたと思うよ」

芳江は涙を拭きながら

「はい…」

と答えるのが精一杯だった。

 一通り調査が終わり、結衣はタクシーで芳江を送った。車内で芳江は、肩を窄めて涙を溢さない様にしている。結衣も掛ける言葉が見つからず、シーンとしていた。

 タクシーが家に着き結衣が支払いを済ませて2人は車から降りた。呼び鈴を鳴らすと和男も仕事を終えて帰宅して居て

「はい」

と答えて扉を開けた。

「あっ、結衣さん…ん?母さんどうしたんだ? 」

いつもと違う表情の芳江を見て和男はキョトンとした。

「ま、結衣さんも中に入りなさい」

和男は招き入れ

「お邪魔します」

と結衣は久しぶりにこの家に入った。

「母さん? 」

静かに和男は尋ねた。

「あなた…御免なさい!詐欺に遭って五十万送金してしまったの…」

と芳江は座卓に伏せて号泣した。そして結衣が事情を説明した。

 和男は腕を組み溜息を吐きながら頷いた。

「母さん、アンタと晴久と結衣さんが無事で良かったよ。五十万はこれから慎ましく暮らせば貯めれる。もし失ったのが家族なら取り戻せんからな…五十万で済んだなら良しとしよう。

 しかし結衣さん、ありがとう。本当にありがとう。結衣さんがそこに居なければ母さんは三百万円死に物狂いで払ってただろう。辛い思いをさせて居たのに助けてくれて…晴久も良い嫁を貰って幸せ者だ」

優しい皺くちゃの和男の笑顔が結衣のかつての蟠りを溶かした。

 芳江はか細い声で

「ありがとう」

と結衣に言った。それを聞いて結衣は目を潤ませた。ただ涙を見せれば芳江を追い詰めてしまう様な気がして、必死で溢れそうな涙を引っ込めた。

「いえ、晴久さんを心配して下さってありがとうございます。では私は」

と結衣はタクシーを拾って乗り込んだ。そのタクシーの中で引っ込めた涙がまた溢れて来た。涙を拭いて居ると運転手が心配して声を掛けた。

「お客さん、どうしました?大丈夫ですか? 」

「あっ、すみません。嬉し涙なので心配しないで下さい」

と答えて涙を拭き続けた。

 マンションにタクシーが着いた。晴久は帰宅して居た。結衣が玄関を開けると

「結衣!ありがとう。本当にありがとう」

と晴久に抱きしめられた。晴久の腕の温かさに結衣は少しの時間甘えた。

「あのね、お義母さんが小さな声で『ありがとう』って」

そして結衣は再び目を潤ませた。


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