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第08話 アイリーン大尉の活躍 その1

 月のない夜だ。

 窓の外は漆黒の闇に染まっていた。

 滑走路の誘導灯と管制塔の室内灯だけが、辛うじて人の息吹を感じさせる。

 旅客機が空港に着陸してからすでに三十分が経過していた。

 空港に待機しているはずの特殊部隊は、まだ動きを見せない。

 もう間もなく夜が明けるというのに……。

 隠密行動を旨とする特殊部隊にとって、夜の帳は絶好の隠れ蓑となる。

 いま行動を起こさなければ永遠に機会は失われる。明日の夜では遅いのだ!


 血の巡礼団(ブラッドピルグリム)は非友好国の空港に長く留まる失態は犯さないだろう。もし膠着(こうちゃく)状態が続く理由があるとすれば、それは二人のVIPを人質に取られているからだ。特殊部隊に行動の自由を付与するためには、あの二人だけでも解放する必要がある。

 さてと、どうやってあの二人を機外へ脱出させたものか。


 アンジェ・アイリーン大尉は憂鬱な気分で座席に沈み込んだ。


 テロリストの狙いはわかっている。真の標的はあの二人だ。あの二人を手中に収めている限り、アムリア政府はテロリストの要求を飲まざるを得ない。表面上は要求を拒否しても、裏取引には応じる可能性がある。

 あの軽薄そうなお坊ちゃんとヤンチャなお嬢さんのために、国家の威信は地に落ちるのだ。なんであんな人たちの命が国家の名誉に先んじるのか?

 

 無意識に爪を噛んだ。イライラが募って仕方ない。

 こんな短気な性格で、よく研究者が務まるものだ。

 ほんと、我ながら呆れてしまう。


 ハイベル戦略研究所を配属されてから、四年の歳月が過ぎようとしていた。

 士官学校卒業当初は実戦部隊への配属を希望したが、学科で好成績をあげたのが災いして、ほとんど強制的に研究者の道を歩むはめになった。

 それが不幸の始まりだった。

 軍の管轄下において、研究所は最も機密性の高い部署だ。朝、起床する時間から、夜、就寝する時間まで、所員のプライバシーは厳重に管理されている。外出を希望しようものなら、道順から立ち寄る場所、挙句の果ては付き合っている相手の氏名まで、いちいち上司に報告して許可を得なければならない。

 ストレスをため込みながら、ひたすら兵器と戦略の研究に没頭する毎日。再三に渡って提出した転属願いも、すべて却下された。

 理由を探ってみればなんのことはない。陸軍中将である父が裏から人事局に手を回していたのだ。

 まったく、呆れた話だ。娘を生粋の軍人に仕立てておきながら、危険な前線には出せぬというのだ。


 ああ、ソフィが羨ましい!


 歪んだ笑みで唇がねじ曲がった。

 なぜ、彼女の顔を思い浮かべたのか。

 そうか、きっとあのメールのせいだ。

 

 好きな人がいるなどという、質実剛健、質素倹約を旨とする陸軍士官には、おおよそ似つかわしくない、なんとも不埒な内容の……。

 

 コホン……。


 控えめな咳をして気持ちを落ち着ける。

 士官学校時代、ライバルとして、親友として、共に青春を謳歌した。もう三年も会っていないけど、時折くれるメールには、戦場での活躍が喜々として綴られている。

 耳を掠める武勇伝だって一つや二つじゃない。作戦の内容上、発表は差し控えられているが、いくつかの戦闘を勝利に導いた英雄として、その名はつとに軍部内に知れ渡っている。階級は同じ大尉だが、第一種礼装に着替えれば、彼女の胸には銀星章を含む五つの勲章が輝く。


 ああ、わたしもあんな活躍がしてみたい。

 研究室に籠り切りの毎日なんて、もううんざり。

 

 前方の座席へチラッと視線を走らせる。

 あの二人のVIPを助ければ、人事課はその実戦的な能力を評価して、わたしの転属を認めてくれるかもしれない。

 むろん父には人事に容喙(ようかい)しないよう、きつく釘を刺しておかねばならない。

 今回、シンドウ重工に出向を命じられて、この旅客機に乗り合わせたわけだが、どうやら人生の転機となる重大な事件にめぐり合ったようだ。

 さてと、空港側と連絡を取る手段だが。

 

 実はあるのだ。

 シンドウ重工と提携して製作した、レーザーサイクル使用の超小型通信機。その試作機が手元にあるのだ。

 いきなり実戦に投入してうまく作動する保証はないが、まあ、試してみる価値はある。試作品の無断使用は厳罰ものだが、いま使わずしていつ使えというのだ。


 化粧室へ直行すると、スーツの内ポケットからジュラルミンのケースを取り出す。

 蓋を開けると、一見イヤリングに見えるそれは試作品の超小型通信機だった。それを耳たぶに付けて、何食わぬ顔して通路を通り過ぎる。通信機がうまく作動していれば、機内の様子は傍受者側に筒抜けとなる。

 だが問題もある。

 幅広い周波数帯に電波を拡散して送信するスぺクトラム通信方式の通信機なので、テロリストに気付かれる恐れはないが、傍受者側に同じ方式の受信機がなければ、やはり発信内容は解読できない。

 特殊部隊の標準装備なので、彼らに期待するしかない。うまく傍受してくれるといいのだが。


 化粧室を出ると、機体後部にある客室乗務員(C・A)の休息室を尋ねた。

 うまい具合に、二人の客室乗務員がベッドに横たわっていた。

 一人は三十代のベテラン。もう一人は二十代そこそこの新人だ。三十代はテロリストに銃で殴られて、二十代はテロリストに銃を突きつけられて、共にパニック状態に陥ったという。


「わたし、勤続十年以上になりますが、こんなことは初めてで」

「乗務員も対ハイジャック訓練は受けているはずですが?」

「いざとなれば、いつでも冷静に対処できるつもりだったんですけど」


 三十代は落ち着きを取り戻していたようだが、二十代はまだ混乱状態にあるようだ。

 機内の情報を収集する。二人の会話を統合すると、階下には二人のテロリストがいるようだ。

 操縦席(コクピット)にも、パイロットの監視役が一人張り付いているという。

 二階のファーストクラスには、金縁眼鏡と紫礼装とグラサンの三人。

 するとテロリストは合計六人ということになる。

 念のため、他の客室乗務員や乗客からも情報が欲しい。

 

 手持無沙汰の振りをして、階下のエコノミークラスへ足を運んだ。

 通路の入り口付近に短機関銃を抱えた人物が一人。全身、これ筋肉、脳みそまで筋肉といった感じの巨漢テロリストだ。

 (まず)いな、エコノミークラスに入室する乗客をチェツクしている。

 足早に休息室に立ち戻ると、客室乗務員に制服を貸してくれるように頼んだ。

 二人の客室乗務員は困惑したように顔を見合わせた。

 仕方ないので、IDカードを提示して身分を開示する。

 

「テロリストの情報が欲しいの。協力して」

「……わかりました」


 二十代の制服を借りることのする。

 彼女の体系なら、なんとか着こなせそうだ。胸の辺りがきついが贅沢は言っていられない。

 客室乗務員の制服に着替えると、再び階下へ。入口付近を警備していた巨漢テロリストは、制服姿のわたしを見て、なんら咎めることなく通行を許可した。

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