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対テロ特殊部隊スワン 血の巡礼団を壊滅せよ  作者: 風まかせ三十郎


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第71話 大空への飛翔

 操縦席に駆け込むと、


「機長、フライトの準備を」


 そう指示して副操縦士の席に座った。

 

「わたしが副操縦士を務めます」

「えっ、あなたが?」


 機長が面食らってわたしを見た。

 まだ二十代の若い機長だ。

 わたしは航空機の技能証明書を取得してる旨を告げた。

 機長が安堵の笑みを浮かべた。


「ではアシストをお願いします」

「整備不良は?」


 なにせひと月以上も駐機したままなので、機体の不具合が心配だ。

 機長が素早く計器類をチェックする。


「異常なし」


 わたしも計器類をスキャンして異常がないか確かめる。

 もう航空機なんて三年もご無沙汰。ペーパードライバーならぬペーパーパイロット。操縦法だって随分と怪しいもんだ。必死になって記憶を呼び戻していると、そこへソフィが顔を出した。

 

「全員乗り込んだ。発進しろ」

「了解」


 計器類でドアの開閉を確認する。OK。

 管制塔との交信は不可能なので一切省略。もちろん各種データも送られてこないので、そこは機長と相談してやるしかない。

 飛行管理装置を使って離陸速度を割り出す。それを元にフラップの角度、離陸推力、スタビライザートリムをセットする。

 

「ほう、手慣れたものだな」


 ソフィが揶揄するように呟いた。

 ああっ、気が散るったらありゃしない。


「失速しないように祈ってて」


 そう真顔で言うと、ソフィは肩を竦めて、「了解」操縦席から姿を消した。

 

 さあ、エンジンスタートだ。

 機長がエンジンスイッチをオンにして、主翼に連なる四基のエンジンを順次始動させる。とは言ってもひと月余り未始動のエンジンだ。始動しないことも十分に考えられる。祈る気持ちでシステムディスプレーを見つめていると、やがて表示はすべて緑に変わった。

 ホッとため息が漏れた。エンジンは順調に始動した。

 次は自力走行(タキシング)で旅客機を滑走路の端に移動させる。

 機長が方向ペダルを踏んでステアリングハンドルを回す。旅客機はゆっくりと一八〇度反転した。機内放送で乗客に安全ベルトの確認を促す。機長がスラストスイッチをONにして車輪ブレーキをOFFにする。

 瞬間、機体がガクンと揺れた。いよいよFF-A800は離陸滑走を開始した。

 10、20、30、40、50KT(ノット)……。PFDの速度計が目盛りを上げてゆく。それに従い身体にかかる加速度も増してゆく。ついでに心拍数も増してゆく。この瞬間が旅客機にとって一番危険なのだ。


「スラストレバーを押さえて」


 機長が叫んだ。

 慌ててスラストレバーの下部を押さえた。やはり久し振りなので細かい操作手順が欠落している。

 やがて加速度は155KTに達した。


「V1]


 ほんの二、三秒で速度計は170KTに達した。


「Vr」


 機が離陸決定速度及びローテーション速度に達したことを告げる。

 機長がサイドスティックをゆっくり手前に引くと、車輪音と振動が途絶えた。

 旅客機が地上から離れた瞬間だった。

 でもまだ喜ぶわけにはいかない。

 速度計が180KTに達したのを確認して、「V2」と報告する。機長がPFDで昇降率を確認して、「ギアアップ」を告げた。脚操作レバーをUPにして脚を収納する。

 ここでようやく一息。機は上空500FTで旋回すると、隣国トルキスタンへ進路を取った。

 

「ありがとう。あなたのお陰で助かりました」


 そう言って機長が手を差し伸べた。

 

「お役に立てて何よりです」


 笑顔でその手を握り返す。

 

「引き続き副操縦士をお願いできますか?」


 機長は安定飛行に入っても操縦管を離さなかった。

 隣国キルキスタンのパラルモ飛行場は軍事基地なので、本機のFMCSにデータ入力されていない。従ってAFDSは作動せず、目的地まで手動で飛ばさなければならない。やはり副操縦士がいた方が心強い。


「ええ、喜んで♡」


 そう言ったのにはわけがある。よくよく見るとこの機長さん、なかなかの美形で。

 戦研に戻れば男性とは縁のない日々が待っている。滅多にないチャンス、逃がしてなるものですか!

 操縦室ドアロックに光が灯った。

 

 誰なの、こんなときに……。

 

 ドアを開けると、


「どうやら上手くいったようだな」


 またまたソフィが顔を出した。

 なによ、いつまでも指揮官ズラして。少々強引に彼女を操縦室の外へ押し出した。


「あんた、なんで邪魔するのよ」

「うん、なんだって?」

「せっかくいいところなのに。少しは状況を考えてよ」


 ソフィがイケメン機長の横顔を瞥見した。


「わかった」


 そして操縦室から出ていこうとして一言。


「いいな、公私混同して機を墜落させるなよ」

「はいはい、わかりました。お母様(ムター)


 うんざりして座席に凭れかかると、機長の訝し気な眼差しとぶつかった。

 マズい、あの目、完全にわたしに不信感を抱いている。なんとか誤解を解かなきゃ……。


「フフッ、うちの隊長、たまに変な事言うんですよ。おかしいでしょ?」

「ハハッ、そうなんですか」


 機長も硬い笑顔で応えた。でもその眼は笑っていなかった。

 なんて気まずい雰囲気。さっき二人で共有した感動的な達成感はどこへ消えてしまったのか?

 ウ~ン、眼前の計器類を睨みながら挽回策を考え込んだ。こうしているとなぜか落ち着くから不思議。でも一向に作戦は閃かない。軍事作戦ならお手の物。でも恋愛の駆け引きとなると、いったい何点もらえるのやら。


 キャァ~!


 突然、強い衝撃を受けて身体が座席から飛んだ。同時に機長の帽子も吹っ飛んだ。

 機が急激に降下したのだ。

 慌てて計器を確認すると、衝突防止装置の警報灯が赤になっていた。TCESディスプレイは水平方向から接近する物体を捉えている。


 ウワッ、敵機だ!


 クルシア国空軍が追撃してきたのだ。確認できたのは三機。

 サイドスティックを握って敵の攻撃を回避すべく備える。

 でも状況は絶望的。旅客機は図体がでかい上に武器も装備していない。とても戦闘機には太刀打ちできない。

 果たして何発の空対空ミサイルを回避できるだろうか? 機長の腕と幸運だけが頼りだ。

 敵機が背後に回った。緊張感に思わず目を閉じる。

 でも不思議なことにミサイルは一向に飛んでこなかった。敵機は高度を保ったまま機の上方を通過した。

 機影を確認できた。Fー43。アムリア空軍の精鋭戦闘機だ。


 なんだ、味方かぁ。


 緊張感から解放されて、ドッと座席に凭れかかった。

 無線機に通信が入った。機長が帽子を被り直してスイッチを入れた。


「こちらアムリア空軍パルラモ基地所属第二飛行小隊。これより貴機をパルラモ飛行場へ誘導する。繰り返す……」


 機長がタイミングを計って機内放送のスイッチを押した。戦闘機との交信内容がそのまま客室に流れた。

 直後、機内は乗客の大歓声に包まれた。その声が操縦室ドアを通じて響いてくる。

 ふと床に目を落とすと、黒い手帳が落ちていた。拾い上げると、中から一枚の写真が滑り落ちた。それを拾って何気に見ると……、アアッ、なんてこと! 機長が美しい女性と小さな女の子に挟まれてほほ笑んでいる。


「それ、妻と娘です」


 機長がわたしから写真と手帳を取り上げた。


「わたし、よく若いと言われるんですよ。でも今年で三十七になります」


 そう言って手帳を胸ポケットに仕舞い込んだ。


「ええっ、妻子持ちの三十七!」


 思わず呟いてしまった。それからガックリと落ち込んだ。

 機長が怪訝な顔をした。

 パルラモ飛行場まであと二時間。その間、ずっとこの気まずい想いを抱いてなければならないのだ。

 それにしてもわたしって、どうしてこうも恋愛に縁がないのかしら? せっかく無事任務を遂行できたのに……。 またまた落ち込んでしまった。

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