第69話 廃校からの脱出
月明りに照らされて、ひっそりと佇む廃墟。
そこは元工学系の大学だったらしいんだけど、以前の戦争で空爆の標的となって破壊されたという。今は廃校となって幽霊の巣窟と化しているので、人質を隠すには持ってこいってわけ。
セーラは腕時計に目を落とした。
あと三十分ほどで夜が明ける。
隠密行動には闇が必要なので、一刻も早く廃校の人質を救出して、空港で待機しているアイリーン大尉の別動隊と合流しなければ……。
先ほどからレナ少尉が軍用トラックに乗り込んで、なにやらゴソゴソやっている。
人質の搬送用に使用できるかどうか確認しているのだ。
やがてレナ少尉が運転席から顔を出した。
「使えます」
隊長がわたしの肩を叩いた。
「さあ、行くぞ」
レナ少尉、わたし、隊長の順で割れた窓ガラスから侵入した。
二人が廊下で前後を警戒する。
わたしは振り子を使って人質の監禁場所を捜索する。
人質の数が多いせいか、振り子はすぐに反応した。
「こっちです」
廊下の左手を指さした。人質はすぐ近くにいる。
それにしても変だ。
なぜ警備兵と遭遇しないのだろう? 大切な人質を監禁している割には警備が手薄な気がする。
やがて振り子は動かなくなった。どうやら監禁場所に着いたみたい。
「この先です」
ムター隊長のハンドサイン。レナ少尉が廊下の角からそっと顔を出した。
わたしはドキドキしながら報告を待った。
ダウジングの結果が当たっていればいいのだけど。
レナ少尉が後ろ手で出したハンドサインは、明確に敵兵の存在を告げていた。
警備兵、二人。
どうやら監禁場所の特定に成功したようだ。
隊長とレナ少尉が互いの目を見て頷いた。
隊長が手にした手榴弾を安全ピンも抜かずに床へ転がした。
コロコロコロと床を転がる手榴弾。警備兵が何かと拾い上げる。それが手榴弾と気付いたのだろう。なにやら喚いて放り出した。その瞬間を狙って二人が廊下の角から飛び出した。
シュッ、シュッ、
空気を裂く小さな銃声。二人は消音器付きの拳銃で立ちどころに警備兵を射殺した。
隊長は手早くドアの鍵穴に万能キーを差し込む。
レナ少尉がつま先で警備兵の生死を確認する。
その間、わたしは周囲の警戒を担当する。敵兵がやって来ないのをひたすら祈りながら。
レナ少尉がドアの反対側に張り付くと、隊長はそっとノブを回してドアを押し開いた。
ドアはキーッと軋みながら開いた。ワンテンポ置いて二人が部屋に飛び込んだ。
銃声は聞こえなかった。
ドアの陰からそーっと中を覗き見た。
いたいた、人質が約一〇名ほど。皆キョトンとした目で飛び込んだ二人を眺めている。
「アムリア軍特殊部隊です。皆さんを祖国へお連れします」
ムター隊長が小声で囁く。人質全員の顔が安堵と希望で輝いた。
レナ少尉が命じた。
「さあ、早く行け。モタモタしていると死ぬぞ」
全員の顔が蒼白になった。
英語を理解できるなんて、どうやら全員アムリア人らしいけど。
アムリア人は利用価値が高いとみて選別されたのかもしれない。
隊長が先頭に立って全員を誘導する。最後尾にレナ少尉が付いた。
人質の中には老人もいたけど、祖国へ帰れる希望に後押しされて元気に移動している。
心配して隣に並ぶと、その老人は目を丸くして、「お嬢ちゃん、どこに監禁されておったのじゃ?」と人質と勘違いする始末。
思わずクスッと笑うと、「わたし特殊部隊の一員です」
老人は丸い目を更に丸くして、「まさか、こんな子供が……」
絶句したきり立ち止まった。
「さあ、早く」
老人の手を引いてあげると、「人助けに年齢は関係ありません」
間もなく窓の並んだ廊下へ出た。マズいことに夜が白みかけている。
急がなければ……。
隊長が窓を開け放った。
「さあ、ここから脱出しろ」
その指示に従って人質が次々と窓外へ飛び出した。そのとき……。
ダダダダダッ!
背後で銃声が響いた。
レナ少尉が叫んだ。
「敵兵、五名接近」
そのまま壁の陰に張り付いて反撃を開始した。
脱出した人々を隊長が先導する。わたしも全員が脱出したのを確認すると、
「レナ少尉、早く!」
そう叫んで窓枠を跨いだ。
レナ少尉が手榴弾を投擲した。そして踵を返して走り出すと、頭から窓枠へ飛び込んだ。
ドォーン!
ほぼ同時に手榴弾が炸裂した。咄嗟に身体を屈めて爆風をやり過ごす。窓ガラスの破片がパラパラと頭に降りかかる。それっきり銃声が止んだ。
「よし、行くぞ」
レナ少尉に伴われて、門の傍に止めてあった軍用トラックに乗り込んだ。
「レナ、バイクで空港まで先導しろ」
隊長が車窓から顔を出して叫んだ。
レナ少尉がバイクのスターターを踏んでエンジンを吹かした。
後から敵兵が迫ってくる様子はなかった。
なんか肩透かしを喰らった気分だ。
隊長が呟いた。
「どうやら国軍は撤収したようだ。たぶん両国政府間の交渉が難航しているのだろう。人質を足手まといと考えたのかもしれない」
昨夜、複数の人質が、撤収する国軍兵士を目撃したという。廃校に残っていたのは一部の兵士のみ。
どうやら先ほどの攻撃で全滅させた兵士がすべてのようだ。
レナ少尉のバイクを先頭に、人質を乗せた軍用トラックが後に続いた。
空港まで十五分ほど。早朝なので予定より早く到着しそうだ。
追跡してくる不審車両もない。
ホッと一息。窓外へ目をやると、地平線に連なる山々から朝日が顔を出した。
今頃はアイリーン大尉の部隊も行動を起こしているはず。上手くいくといいのだけど……。
行く手に空港が見えてきた。
レナ少尉が片手を上げて一行を停止させた。
ムター隊長が双眼鏡を覗いて空港の様子を監視する。
「フーン、強硬突破するしかないか」
そう言って、わたしに双眼鏡を手渡した。
アッ、見える見える!
空港の片隅に駐機する旅客機FF-A800の姿が。
空港の入り口付近には敵の検問所があった。
数名の兵士が門の周辺を警戒している。その後ろには装甲車が一台待機していた。
隊長の唇に怪しい笑みが浮かんだ。
「事態は一刻を争う。強行突破するぞ」
ハァ~、
失意のため息をついた。
これが最後の試練。どうか神様、無事にクリアできますように……。
隊長が運転席から下車した。入れ替わりに若い男の人が運転席についた。
「よろしく、お嬢ちゃん」
「アッ、ハイ」
人質の一人だ。隊長から軍用トラックの運転を任されたのだ。
それにしても隊長は何をやらかすつもりなのか。
隊長が荷台から跳び下りた。そしてキビキビした足取りでレナ少尉のバイクの方へ歩いてゆく。
あの肩に担いだ濃緑色の金属体は確か……、ロケットランチャー!?
隊長がバイクの後部座席を跨ぐと、軍用トラックに向かって発進するよう手を振った。
運転席のお兄さんがアクセルを踏んで、軍用トラックをノロノロと発進させた。
二人を乗せたバイクは既に二百ヤード先をばく進している。勢いのままに加速して、空港の門に急接近した。
双眼鏡を覗くと、慌てふためく敵兵の姿が確認できた。
小銃で攻撃してきたけど、そんなヒョロヒョロ弾当たるものか!
装甲車の砲口が素早く接近する二人に向けられた。もし砲弾が命中したら、バイクなど簡単に吹っ飛んでしまう。
でもレナ少尉は速度を緩めなかった。恐怖など意に介さないのか、車体を右に左に蛇行させて、装甲車の砲撃を軽く躱してしまった。
吹っ飛んだのは、わたしの恐怖心の方だ。余りに見事な運転技術に思わず見とれてしまった。
ムター隊長がロケットランチャーを構えた。射程距離に入るや狙い澄ました一撃をぶっ放す。
ドカァ~ン!
フロントガラスを振るわせる大音響と共に、入り口の門が吹っ飛んだ。
すかさず隊長が次弾を放つ。今度は装甲車が紙のように燃え上がった。
「やったぁ~!」
思わずガッツポーズを決めてしまった。
レナ少尉がハンドルを切ってバイクを急停車させた。
隊長が片手を上げて大声で叫んだ。
「さあ、わたしたちに続け!」
軍用トラックも速度を維持して検問所を通過した。そのまま飛行場を横切って、先行するバイクを追いかけていると、やがて眼前にFFーA800が雄姿を現した。
アアッ、とうとう最終目的地へ到着だ。無事祖国へ帰還できる!




