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対テロ特殊部隊スワン 血の巡礼団を壊滅せよ  作者: 風まかせ三十郎


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第68話 旅客機を奪還せよ

 彼方に聳える巨大な塔。あれがクルシア国際空港の管制塔。

 とうとう、とうとう、最終目的地へやってきた。

 あそこに駐機する旅客機を奪還すれば、わたしたちは念願の祖国へ帰還することができる。

 

 コニーの双眼から涙が溢れた。

 今まで抑えていたものが一気に溢れ出た感じで。最後の作戦を前にして、心は既に帰国後の甘い生活へと翔んでいた。

 

「どうしたの? 突然泣き出したりして」


 運転席のアイリーン大尉が囁いた。

 

「嬉しいんです」


 わたしは涙を拭うと笑顔で答えた。


「ようやく祖国へ帰れると思うと、もう、喜びを抑え切れなくて」

「まあ、帰国したら即結婚でしょうから、そりゃ嬉しいでしょうけど」


 彼女、ルームミラーに映るわたしを睨んだ。


「油断しないで。まだ帰れると決まったわけじゃないから。少なくとも旅客機が離陸するまでは油断禁物よ」

「ええ」


 曖昧に微笑んで腕時計に目を落とした。

 夜明けまであと一時間。それまでに旅客機を奪還して、隊長の別動隊を待たなければならない。

 失敗すれば、わたしたちは永遠の囚われ人。アムリア政府が要求を飲まない限り、祖国への帰還は絶望的となる。

 なんとしても作戦を成功させなければ……。

 

 既に作戦の第一段階は成功した。

 ニ十分ほど前、部隊は機内食業務の配送車を襲撃した。気絶した配送員の制服を奪い取ると、彼らに成りすまして配送車に乗り込んだ。そのまま何食わぬ顔をして、空港まで辿り着いたのだけど。

 ここから先が本番。気を引き締めなきゃ。

 

 ターミナルビルの前で配送車を止めた。

 荷台からクリス、リンさん、秀一郎さんが下車して、次々に荷物を下ろし始めた。

 その間、誰も近寄ってくる気配がない。ビル内にも人影は見当たらない。

 どういうこと? 余りにも警戒が手薄だ。

 全員、配送員を装って空港内に侵入した。

 抱えた荷物の中には、食材ではなく銃器類を仕込んである。

 空港内は静かなもの。ロビーにもカウンターにも人影はなかった。たまに擦れ違う職員も、こちらをチラ見するだけで、さして注意を払わない。

 これなら上手くいきそうと思ったら、


「おい、どこへ行く?」


 いきなり大声で咎められた。

 警備員が一人、接近してくる。まだ二十代の若い警備員だ。

 武器は携帯していない。ならば無用な戦闘は避けるべきだ。

 その認識は全員が共有していたようで。みんな揃って笑顔でお出迎え。

 警備員の顔から緊張が消えた。

 アイリーン大尉がアラビア語で尋ねた。


「あの、なにか?」


 警備員が通路の奥を指さした。


「おまえたち、配送員だろ? 倉庫は向こう側だ」

「そうですか。わかりました」


 アイリーン大尉が曖昧な笑みで答えた。


「おまえたち、どうやら新顔らしいが。いいか、余計な場所をうろつくなよ」


 警備員が笑顔で片手を差し出した。

 アイリーン大尉の顔に困惑した表情が浮かんだ。

 すかさずクリスが耳元で囁く。

 アイリーン大尉は微かに頷くと、食材用の箱からファーストクラス用の高級食材を取り出した。それを渡すと警備員はニッコリ笑って、「行け」と一言。

 やはり賄賂を要求していたようだ。食材の下に隠した銃器類には気付かれなかったようで。

 去り際、アイリーン大尉が警備員に尋ねた。


「あの、国軍兵士の姿が見えませんが」

「ああ、あの連中なら機内に見張りの兵を残して大方引き上げたよ」


 警備員が言葉を吐き捨てた。


「あいつら、ろくに戦えねえくせに態度だけはでかくて。俺たちを下っ端扱いしやがる」

「どうも」


 貴重な情報だ。

 アイリーン大尉がわたしに向かってウインクした。

 それから一〇分。ようやく車庫へ辿り着いた。

 

「おっ、あれだな」


 クリスがギャレーサービス車に駆け寄った。

 アイリーン大尉とクリスが運転席へ。残った者は荷物と一緒に荷台へ乗り込んだ。

 やがてギャレーサービス車は静かに走り始めた。

 窓がないので外の様子がわからないのが残念。

 旅客機の中に人質がいるので、当然見張りの兵もいるはず。彼らと銃撃戦になれば、必然的にわたしにも死の危険が及ぶ。想定外の死。わたしの心を恐怖が(せめ)ぎ立てる。

 原因は秀一郎さん。

 あの人の存在がわたしを生の希望に縋らせる。

 今までは秀一郎さん一人が助かれば、わたしはどうなってもいいとさえ思っていた。

 でも今は……、わたしと秀一郎さん、どちらも失ってはならない。片方だけでは希望に手が届かない。思い描いた夢はいつも二人一緒だった。そのことに気付いたら、身体がガクガク震えてきた。


「あら、どうしたの?」


 リンさんが声をかけてくれた。心配そうにわたしを見守っている。

 それでようやく秀一郎さんもわたしの異変に気が付いてくれた。

 

「どうした? コニー」


 気付くのが遅いと文句の一つも言いたくなる。

 不満も露に顔を上げた。

 意外なことに……、秀一郎さんが笑った。その表情には一片の不安も見当たらない。

 生存を確信している、そんな希望に満ち溢れた笑顔。

 

「いえ、もう、大丈夫」


 いつしか身体の震えは止まっていた。

 秀一郎さんが勇気を与えてくれたのだ。

 わたしは笑顔を取り戻した。


「わたしたち、生きて祖国へ帰れるかしら?」

「勿論さ」


 秀一郎さんの腕がわたしの肩に回った。

 あの人の唇がそっとわたしの額に触れた。

 愛と信頼に裏打ちされた勇気と信頼のキス。

 そして今までで最高のキス。

 わたしは絶対に忘れない。そうよ、忘れるもんですか!


「ファ~」


 リンさんが背筋を伸ばして大欠伸した。


「これから戦闘ってときにテンション下がるなあ。そういうことは帰国してからやってくんない?」

「ハハッ」


 秀一郎さんが恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた。

 わたしも頬を赤らめて俯いてしまった。

 突然、身体がガクンと揺れた。ギャレーサービス車が停車したのだ。

 少し間をおいて荷台の扉が左右に開いた。

 

「さあ、降りな」


 逆光の中でクリスがニッと笑った。彼女の背後から朝日が顔を覗かせている。

 とうとう夜が明けてしまったのだ。急がなければ……。

 全員荷物を抱えてタラップを昇り始めた。乗降用ドアには兵士が一人警備に張り付いていた。

 警戒心を抱く様子もなく、先頭のアイリーン大尉に話しかけた。


「よう、今日のメニューは?」

羊肉(ラム)の照り焼きです」


 さすがはアイリーン大尉。彼女はアラビア語で書かれた冷凍パックの表示を確認していたのだ。

 

「またかよ」


 兵士は苦笑いを浮かべた。


「次は違う物を頼むよ」


 そして例のごとく片手を差し出して分け前を要求した。

 彼女は乗降口の片隅に箱を下ろすと、何やらゴソゴソやり始めた。

 兵士は待ちきれずに彼女の背後から箱の中身を覗き見た。

 そのタイミングを計って、アイリーン大尉が振り返った。手には高級食材の代わりに、黒光りする拳銃が握られていた。

 

 シュッ、


 兵士が頭を撃ち抜かれて倒れた。

 消音機(サイレンサー)付きの拳銃なので音は漏れなかったはず。

 クリスとリンさんもそれぞれの箱から拳銃を取り出す。

 遅ればせながら、わたしと秀一郎さんも箱から拳銃を取り出す。

 アイリーン大尉が人差し指を下げて手のひらを前へ振った。

 クリスとリンさんが無言で先頭に立つ。少し距離をとってアイリーン大尉が続く。その後に秀一郎さんが続こうとすると、


「あなたは乗降口で待機よ」


 アイリーン大尉が後続を押し止めた。


「もし敵が来たら容赦なく撃って。いいわね」


 秀一郎さんが硬い表情で頷く。結局、最後尾にはわたしが付いた。

 全員拳銃を構えて小走りに進んでゆく。無人の客室を抜けて化粧室の陰に隠れる。そうして前方の客室を確認するのだけど、兵士の姿はおろか人質の姿さえ見当たらない。


「二階か」


 アイリーン大尉がポツリ。

 なにせひと月近い監禁生活だ。クルシア政府も人質の環境面を配慮して、全員を寛ぎやすい二階のファーストクラスへ軟禁したのだ。

 

「リンとクリスはここで待機」


 アイリーン大尉が二人を階下へ待機させると、


「あなたはわたしと来て」


 二十ヤード先の階段から、二人して忍び足で二階へ昇ってゆく。

 二階の階段口から互いの死角を庇うようにそっと顔を覗かせる。

 いたいた、敵兵が。

 通路の奥と手前に二名。それから操縦室のドアの前に一人。いずれも手持無沙汰な感じで人質を監視している。

 アイリーン大尉がわたしを一旦階下へ引っ張りこんだ。

 

「わたしは客室通路の奴を殺るから、あなたは操縦室ドアの奴を」

「わかりました」


 緊張に頬の筋肉が引き攣った。

 アイリーン大尉がクリスとリンさんにハンドサインを送って突入を示唆する。

 クリスから了解のサインが送られてきた。

 

「よし、行くぞ」


 四人同時に二階フロア―から上半身を突き出した。

 

 シュッシュッシュッ、


 続けざまにトリガーを引いた。敵兵は小銃を構える間もなく床に倒れた。

 すかさずアイリーン大尉が階段から躍り出る。拳銃を構えたまま四方に目を走らせる。

 

「イエ~イ」


 向こう側の階段口ではクリスがガッツポーズを決めていた。

 敵兵を一人、撃ち倒したのだ。

 

「図に乗るんじゃないの!」

 

 傍らのリンさんが相棒の頭を小突いた。

 アイリーン大尉が人質の乗客に向かって叫んだ。

 

「我々はアムリア軍特殊部隊です。皆さんを救出しに来ました」


 呆然自失の乗客が一斉に歓声を上げた。

 わたしもホッと一息。その場にいた全員が緊張感から解放された。そのとき……。

 

「アッ、危ない!」


 そんな叫び声と共に、誰かがわたしの背中へ覆い被さった。

 

 バァーン!


 一発の銃声と共に背中で呻き声がした。

 背中がスッと軽くなる。そして何かが崩れる音。

 振り向きざまトリガーを引いた。


 バァーン!


 開かれた操縦室ドアの前で、小銃を構えた男が倒れた。

 油断した。敵兵はもう一人いた。

 傍らの倒れた男性を抱き起した。パイロットの制服を着用している。

 わたしを敵兵の銃撃から庇ってくれたのだ。

 

「お医者様、お医者様は!」


 客席から初老の男性が立ち上がった。わたしから負傷者を取り上げると、床に寝かせて傷口を確かめた。

 アイリーン大尉が傍らで震えるCAに尋ねた。


「この人は?」

「副操縦士です」

「マズいな」


 彼女は押し黙った。

 機長一人ではフライトに支障をきたす恐れが。

 お医者様が顔を上げた。

 

「貫通銃創だ。弾は右前腕部を突き抜けている。応急手当をすれば大丈夫」


 よかったぁ~。


 全身から力が抜けていった。わたしはその場へへたり込んだ。

 でもお医者様は硬い表情を崩さなかった。医療キットで応急手当をしながら、


「だがいつまでも放っておくと、腕が使えなくなる恐れが」


 大変だ!


 反射的に腕時計を睨んだ。

 現在、時刻は〇五:三〇(ゼロゴウサンマル)。あと三十分ほどで隊長の別動隊も到着するはず。

 負傷した副操縦士のためにも、隊長、お願いだから早く来て!

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