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対テロ特殊部隊スワン 血の巡礼団を壊滅せよ  作者: 風まかせ三十郎


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第58話 オオハクチョウ 潜入行

 あ~、寒っ!


 セーラの唇から白い吐息が漏れた。

 中東とはいえ季節は冬。それに昼夜の寒暖差が激しいから、夜は底冷えするように寒い。そんな中を膝まで水に浸かりながら、黙々と地下水路(カナート)の中を進んでゆく。

 編上靴の中はもうビショビショ。つま先まで冷え切って、足の感覚がなくなりつつある。

 腕時計を覗き込むと、地下水路へ侵入してから既に三〇分以上経過している。予定では確かニ〇分くらいで要塞内へ侵入できたはず。でもペンライトの光は奥深い暗闇に吸い込まれるばかり。未だ侵入口は見えない。

 いったい、いつになったらたどり着くのやら……。


「アッ!」


 油断したのが運の尽き。足が滑ってひっくり返った。お陰で全身ずぶ濡れになるはめに……。


「セーラ、大丈夫?」


 アイリーン大尉が手を貸して起こしてくれた。


「ええっ、大丈夫です」


 言ってる側から「ハクショ~ン!」と大きなくしゃみ。

 もしかして風邪ひいたかな。


「あの、大尉。要塞へはあとどのくらいで?」


 アイリーン大尉は地図を広げると、


「要塞内の井戸まで約一キロ。そろそろ目標地点に到着してもいいはずだけど」


 やはり不安らしく、腕時計で時刻を確認すると、


地下水路(カナート)に侵入して四〇分。あるいは途中で見落としたのかも」

「じゃあ、戻るんですか?」


 もしかして、わたしたち迷子になった?


「いや、待て」


 ムター隊長だ。

 わたしの傍らで地図を覗き込むと、


「要塞内に井戸は二か所。たとえ一つ見落としても、その先にはもう一つ井戸があるはず」


 隊長の人差し指が地図上の一点を叩いた。


「我々に時間のロスは許されない。前進するぞ」


 それから五分ほど前進を続けたろうか。不意に先頭を行くレナ少尉が片手を上げた。

 停止の合図だ。見ると、前方に青白い光が射している。


 隊長のハンドサインを受けて、レナ少尉が光のカーテンの中へ入った。拳銃を構えて天井を見上げると、


「隊長、井戸です」


 レナ少尉の手が伸びて、天井から垂れたロープを握った。その先には水を汲む桶が付いている。釣瓶(つるべ)のロープだ。グイグイ引っ張って強度を確認すると、


「使えます」

「よし、行け」と隊長。


 レナ少尉がスルスルとロープを上り始めた。

 早い早い。わずか三〇秒で五、六メーターはありそうなロープを昇り切った。

 井戸の淵を跨いで十秒。レナ少尉は井戸の中へ手を差し出すと、掌をひらひらさせてお出でお出で。

 そのハンドサインを確認して、次に隊長がロープを昇り始める。その姿もすぐに視界から消えた。

 アイリーン大尉がロープを握ると、わたしを顧みた。


「セーラ、昇れる」

「ええ、たぶん」とは言ったものの、いざやってみるとロープが滑って上手く昇れない。

 そんなわたしを見て、隊長も業を煮やしたのだろう。


「いいか、ロープを離すなよ」

 

 レナ少尉と二人でロープを引っ張り始めた。

 ギシギシと滑車が嫌な音を立てる度に、わたしの身体は少しずつ上昇してゆく。

 ロープが切れなきゃいいんだけど……。

 

 無事に井戸の淵から顔を出すと、隊長が両腕で抱き上げてくれた。

 最後にアイリーン大尉がロープを伝って昇ってくる。総員、井戸の外へ出ると、そこは四方を岩壁に囲まれた地下室のような場所。薄っすらと室内が明るいのは、岩壁の上部に小窓のような穴が開いていて、そこから月影が射しこんでいるから。その薄明りを頼りに、アイリーン大尉が遺跡の案内図を広げると、


「セーラ、人質の監禁場所をダウジングしてみて」

「わかりました」


 胸ポケットから振り子(ペンディュラム)を取り出すと、案内図上に垂らして念を込める。

 大昔の遺跡といってもけっこう広く、主だった建造物だけでも全部で五つ。その一つ一つに振り子の先端を近づけて反応を見るのだけど、何度やっても結果は同じ。振り子は宝物殿の上で大きな円を描いた。

 

「ここです。間違いありません」


 わたしは案内図上の宝物殿の場所を指さした。


「なるほど、それは好都合だ」


 隊長の視線が四方を睥睨した。


「あのガイドの少年の話によると、井戸を抜けた先に宝物殿があるそうだ」

 

 アイリーン大尉も釣られるように周囲を見た。


「するとここが」

「そういうことだ」


 隊長がわたしの両肩を掴んだ。


「セーラ、わたしたちを人質の監禁場所まで導いてくれ」

「ええ、わかりました」


 いよいよ本番だ。思わず力が入る。

 意識を集中して人質の残留思念を追い求める。植物の根が地中深く伸びるイメージで、神経を大気に同化させる。そうして沈黙に身を委ねて一分、二分……。やがて正面から清澄な風が吹いてきた。

 

「こっちです!」


 ムター隊長が無言で頷く。

 部隊はわたしの指さした方向へ移動を開始した。通路の角で立ち止まっては、あらゆる方向へ振り子を振り向けて、その振れ具合を確かめながら徐々に人質に接近してゆく。次第に振り子の振幅が大きくなってゆく。いいぞ、その調子!


「待て」

 

 隊長が部隊を停止させた。総員に緊張が走る。

 何かと思って、彼女の指さした方向を見ると、


「見ろ、監視カメラだ」


 総員を監視カメラの死角へ導くと、


「レナ、鏡を使え」

「了解」

 

 レナ少尉は壁に張り付いて監視カメラの真下へ進み出た。そして通信用の鏡を角度をつけてレンズの前へ差し出した。なるほど、そうしておけば監視カメラは通路の鏡像を映して、実際の通路を映すことはないわけだから。鏡の角度をうまく調整すれば、わたしたちの姿は捉えられずにすむはず。


「よし、今のうちだ」


 隊長の命令一下、部隊は素早く監視カメラの前を通過した。

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