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対テロ特殊部隊スワン 血の巡礼団を壊滅せよ  作者: 風まかせ三十郎


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第55話 秘密の洞窟

 アアッ、月が陰った。

 

 コニーは月を仰いで嘆息をついた。

 なんてツイてないの、これから要塞へ侵入しようってときに。これじゃ、足元だって覚束ない。仕方ないので、用意したポケットライトを点けようとすると、「おい、やめろ」とクリスに注意された。


「なんでよ」


 明かりがなくっちゃ、一歩も前へ進めないでしょう。構わずにポケットライトを点灯させると、


「おい、やめろよ。敵に気付かれんだろうが」

 

 クリスがポケットライトを奪い取った。

 

「でもこんなに暗くちゃ歩けないでしょ」


 そうよ、わたしは文明人。あなた方のような野生動物並みの暗視力なんてないんだから。

 突然、誰かがわたしの手を握り締めた。

 

「キャ!」

「ネエちゃん、俺だよ」

「なんだ、あなただったの」


 なんだ、サリムか。ほんと、脅かさないでよ。


「安心しな。俺が手を引いてやるから」


 サリムがわたしの手を引いて歩き始めた。そうして町外れの荒野をニ十分ほどさ迷い歩いたろうか。

 

「こっち、こっち」


 サリムの歩調が速くなった。後に続くクリスとリンさんの足音がどんどん置き去りにされてゆく。二人共、サリムの歩速について来れないようだ。今、二人と離れ離れになるのはマズい。

 

「ちょっ、ちょっと……」


 でもサリムはわたしの静止も聞かずに暗闇の中をズンズン進んでゆく。

 やがてサリムは歩みを止めた。

 

「ここだよ」


 どうやら目的地に着いたみたい。

 サリムが指さした所を見ると、なるほど崖の壁面に、人一人が通れそうな裂け目が開いている。

 

「本当に大丈夫?」

「大丈夫! 俺を信じて」


 今はサリムを信じるしかないのだけど。

 やはり、いえ、けっこう不安だ。

 少ししてリンさんとクリスが現れた。

 二人共汗だくで肩で息をついている。暗夜の行軍って、けっこう体力を消耗するみたい。

 

「やっと追いついたぜ」


 クリスがわたしとサリムを交互に見た。


「おい、こんな所で何やってんだ?」


 わたしは浮かない顔で壁面の裂け目を指さした。

 

「どうやらここがそうらしの」

「えっ、これかよ。秘密の通路って」


 クリスも意外に思ったらしく、サリムの顔を訝し気に見つめている。


「おめえ、また俺たちを罠に嵌める気じゃねえだろうな?」

「いいよ。信じねえなら、俺、帰るから」


 サリムはプイと背中を向けると、


「中は迷路のように複雑だぜ。知らないよ。迷子になっても」

「チッ、仕方ねえなあ」


 クリスは裂け目を覗き込んで安全を確認した。


「それじゃ、よろしく頼むぜ。町一番のガイドさんよ」


 サリムを先頭に、クリス、わたし、リンさんの順で進み始めた。さすがに真っ暗闇の中での歩行は困難らしく、クリスは禁を犯してポケットライトを点灯させた。

 サーッと光が伸びて白い岩肌を浮かび上がらせる。その光にもう一本の光が交差する。

 リンさんもライトを点灯させたのだ。

 ホッと一安心。どうやら敵の姿はないようだ。ーーと思ったら、突然、背中に冷たい感触があ~!

 

「キャ!」と短い悲鳴を上げたら、クリスが怖い顔して振り向いた。

 

「おい、どうした?」

「……その、背中に」

「うん、なんだって?」


 クリスが手早くわたしの背中をチェックする。


「おい、別になんともねえぞ」


 その途端、ポトンという音と共に、わたしの鼻頭に水滴が滴り落ちた。

 

「おっ」


 それはクリスの背中にも。


「フン、なるほどね」


 彼女、侮蔑的な眼差しでわたしを見ると、「一言だけ言っておく。もう、お嬢様の冗談に付き合う気はねえからな」


 フン、冗談なんかで悲鳴を上げたりしないわよ。

 でもクリスに文句を言われると正論でも腹が立つ。

 

「キャ!」


 アアッ、言ってる側から、また悲鳴を上げてしまった。

 ついでに頭を抱えて地面にしゃがみ込む。

 何かがバサバサ音を立てて頭上を通過した。


「おい、今度はいってえ何だ?」


 双眼を見開くと、クリスが呆れた顔してわたしを見下していた。


「だって」


 立ち上がって辺りを素早く見渡した。


「何かが、頭の上を、こうバサバサと」

「フン、あいつらだろ?」


 クリスがライトを天井の一角へ向けた。光の輪の中に浮かび上がる数匹のコウモリ。

 ハイハイ、言われなくともわかってましたよ~だ!


「さあ、行こうぜ」


 もう、クリスは怒りもしなかった。

 心底、呆れ果てた感じで。

 それは先頭を行くサリムも同様なようで。

 

「ネエちゃん、そんなことじゃ夜が明けちまうって」


 クリスの腕時計をチラ見する。通路に侵入してまだ十分と経っていないはず……、と思ったら、なんとニ十分も経っているではないか。

 

「あと、どのくらいなの?」


 焦る気持ちを押さえて、サリムに尋ねた。

 

「俺一人なら、あとに十分もありゃ……」


 サリムは困ったように頭を掻くと、「でもこの調子じゃ、あと一時間はみてもらわねえと」


 わたしって部隊のお荷物。今はただ頭を低くして畏まるばかり。

 もう二度と悲鳴なんか上げるものかと、力んだ甲斐もなく、その後は何事も起こらなかった。そして三十分後、とうとう通路の終着に行き着いた。


「ここだよ」


 サリムの指さした先には、ゴツゴツした岩肌しか見えなかった。

 それ以外、抜け穴らしいものは見えず。

 

「なによ、行き止まりじゃない」とわたし。

「まあ、そう、慌てるなって」


 サリムは岩肌の出っ張りに両手をかけると、力を込めて引っ張った。するとズズズッというゴツい音と共に、岩肌の一部が動いて、その先に人一人が潜れそうな穴が現れた。


「オーッ、これはこれは……」


 クリスが物珍しそうに穴の中を覗き込んだ。

 わたしもその後ろから覗き込む。でも中は暗くて何も見えない。

 

「フーン、どうやら誰もいねえようだな」


 サリムも中を覗き込んで確認する。


「この穴を抜けりゃ、その先が将軍の間だよ」

「将軍の間?」とリンさん。

「大昔、ローマの将軍が使ってたって話さ」

「フーン、なるほどねえ」


 クリスがサリムの頭をポンポン叩いた。


「これでおめえへの貸しは帳消しだ。ありがとよ」

 

 そして顎先で穴を指し示すと、「さあ、行くぞ」

 その声を聴いて、サリムが先に穴へ入ろうとした。まだわたしたちを先導する気だ。


「サリム」


 サリムを呼び止めると、「あなたは十分務めを果たしたわ。もう、ここで別れましょう」

「でも……」


 サリムが口をへの字に曲げた。


「遺跡の中は複雑だよ。俺がいなきゃ、迷子になるぜ」

「そんなこと心配しなくてもいいから。前にも言ったはずよ。あなたを危険に巻き込みたくないって」


 サリムがわたしを睨んだ。

 わたしもサリムを睨み返した。

 ここで折れるわけにはいかない。彼を危険に晒すわけにはいかない。


「わかったよ」


 サリムが肩で息をついた。

 わたしもホッとため息をついた。

 どうやら諦めたようだ。

 

「じゃあね、サリム」


 サリムの頬に感謝を込めてキスをする。

 なんて初々しい顔。初めて歳相応の笑顔を見せてくれた。そんな表情を見ていると、なんか離れがたくなりそうで。想いを振り切るように背中を向けた。


「ネエちゃん、待って! 」


 背後でサリムの声がした。


「これ、持っていけよ」


 差し出された右手には、宝物の短剣ジャンビアが握られていた。


「いいの、これ、大切な物なんでしょ?」

「いいんだ。ネエちゃんには迷惑かけたから」


 ジャンビアをわたしの手に握らせると、哀願するような目つきで、


「なあ、持ってってくれよ。じぁねえと俺の気がすまねえんだ。ジャンビアは守り神だから、必ずネエちゃんを守ってくれるって」

「そう、わかったわ」

 

 今度はわたしが折れる番だった。ジャンビアを内ポケットに仕舞い込むと、「ありがとう、サリム」

 

「いいか、ここで待ってろよ」


 クリスが先に穴へ潜り込んだ。そして一分も経たないうちに、「よし、入れ」

 穴の奥で人差し指と親指を立てて、わたしたちに続くよう指示した。そのハンドサインを確認して、リンさんが穴の中へ潜り込む。続いてわたし。

 

 いい、ついてきちゃ駄目よ。


 目指でサリムに念を押すと、四つん這いになってソロソロと穴の中を這い進む。

 気になって振り向くと、サリムがニッと笑って親指を立てた。

 どうやらついてくる気はないみたい。

 これで安心して先へ進むことが出来る。そうして五ヤードほど進んだろうか。その先はまたまた行き止まり。鉄板のような物で塞がれていた。

 クリスの顔を見ると、彼女、人差し指を唇に当てて静かにするよう注意した。その指で二枚の鉄板の透き間を指さした。

 促されるままに、そこから内部を覗き込むと、何やら暗闇の中にベッドに横たわる人影が見える。

 どうやら将軍の間は、今は寝室として使われているようだ。

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