第49話 血の巡礼団の肖像 その1
フン、神父の言った通り。
アムリアには余りいい思い出がないから、振り返ることもないと思ってたけど。
祖国を離れて三年も経つと、さすがに懐かしさが先に立つ。
イザベラは夕陽に映える宝物殿を眺めていた。
昔、英国の探検家がパメラ遺跡を発見したとき、その余りの美しさに”バラ色の都市”と感嘆したとか。
あたしも好きなんだ。ここの景観が。特に夕方の時刻が。あの淡いピンク色に染まった壁面を見つめていると、なんか気分が落ち着いて。それからしみじみと昔のことを思い出してしまうんだ。
そういう歳なんだろうか? なんか最近疲れちゃって。人生の黄昏にそれとなく気付いたとか。あたしら、散々悪いことやってきたから。とてもベッドの上で安らかに死ねるとは思えなくて。ふと人生の流れ着く先を考えてしまうんだ。
まさかおばあちゃんになってまで、テロリストやってるとは思えないし。
どうせろくな死に方しないんだろうし。
でも赦されるのなら、別に誰かに赦しを乞うわけじゃないけど、神父と所帯を持てたらって……。どこか人知れぬ場所で静かに余生を送れたらって。そんな身勝手なことを考えてしまうんだ。そんなこと言ったら神父は笑うんだろうけど。
双眸から涙が溢れ出た。双肩が微かに震えている。
それを見て、背後に控えたボルボが声をかけた。
「アネさん?」
「お黙り!」
涙を拭くと背後を振り返った。
「邪魔するんじゃないよ。人がいい気分に浸っているのに」
「へい」
ボルボはすまなさそう顔して押し黙った。
ほんと、人の好さそうな顔してさ。チョイ見、田舎の農夫って感じで。
身体がでかいのもご愛敬。普通の形させてりゃ、誰が見てもテロリストと思わないってねえ。
実際、外見と中身が一致したやつで。そもそもこんなやつを徴兵して、クワインへ送り込んだアムリア政府が間違ってんだよ。
本人も生き延びるのに必死だったらしく、だから重火器の扱いも上手くなったらしいんだけど。その腕を買われて重火器担当の特務曹長まで昇進したんだけど。
性格が性格だから。自分と仲間の命を守ること以上の殺戮はしない。
そんなこと言えば上官から煙たがれるのは当たり前。それでとうとう上の不始末を押し付けられちまってねえ。
ひどい話もあったものさ。制圧した村の住民を面白半分に殺しちまったんだから。
有名な”ムルハ虐殺事件”ってやつ。あいつはその事件の首謀者にされちまったんだ。
ほんと、間抜けな話さ。本人は上官の命令を無視して、必死に虐殺を食い止めようとしたんだけど、それが指揮官の癇に障ったらしくて。
この一件が表沙汰になると、上の連中は好都合とばかりに、あいつ一人に罪を押し付けたんだ。
かわいそうなボルボ。虐殺に携わった全員が起訴されたけど、有罪はあいつ一人。
判決は懲役二百五十年。
それを知って神父はこう言ったんだ。
「彼を助けましょう。そして出来れば仲間に……」
ボルボは熱心なクリスチャンで、クワインでは神父とも面識があったらしくて。
なんでもハコバ基地にいたときのは、日々の礼拝を欠かしたことがなかったとか。
だから神父は確信したんだ。ボルボが無罪であることを。
あたしらも人手不足で、ちょうど仲間が欲しかったところだし。
ボルボが優秀な火器の使い手だとわかれば反対する理由はなかった。
護送車を襲撃して、ボルボを助け出してやったんだ。
あいつ、神父の顔を見た途端、オイオイ泣き出しやがって。
あたしらと神様に誓ったんだ。
「一生、お二人に付いていきやす」
「あら、なんであたしにまで忠誠を誓うんだい?」
「あんたは神父の大切な人だで」
そう言って、恥ずかしそうに頭を掻きやがった。
それ以来、ボルボは陰日向となって、あたしらに尽くしてきたんだ。
たぶん……、ボルボは大儀ってやつを信じちゃいないと思うんだ。
無論、神父は大儀を胸に秘めている。
組織の者は誰でも何かを信じて戦っている。
でもボルボはただ敬愛する者のためだけに自分の命を懸けている。
それってあたしと同じ。なんか戦う理由としちゃ一番真っ当な気がするんだ。
神父の言う世迷言の大儀なんて、とても信じる気にはなれない。
「ボルボ。おまえは信じているのかい?」
「へい、何をです?」
「神父の言う、地上天国ってやつをさ」
「……」
ボルボのしょぼい目が困ったように瞬いた。
わたしは口端を歪めた。
「すべての人間が平等の世界。そこには貧困も飢餓も戦争もない。おまえは信じるのかい? そんな世界の実現を」
「主は言うとります。いずれ御国は招来すると」
ボルボは何かを確信したように力強く顔を上げた。
「神父様は預言者なのです」
「アアッ、なんだって?」
「神父様は主に代わり、この世界を愛で満たすために戦っておいでなのです」
ハハハッ! 思わず笑っちまった。
神父が神の代理人だって?
あたしはボルボに詰め寄った。
「おい、気は確かかい? 神父はテロリストだよ。自分の信じる大儀のために、何人も人を殺してるんだよ。そんなやつが愛を語る資格なんてあると思うのかい?」
「主だって、人の姿であらせられたとき、自分の教えを広めるために、大勢の異教徒と闘ってまさあ。だから……」
「だから人殺しも認められるって?」
あたしはボルボを睨みつけた。
「主は人殺しはしてないやね。ええ、そうだろう?」
「……」
ボルボは地面を見つめたきり。
ちょっと虐め過ぎってねえ。
あたしは泣いた赤子をあやすように、ボルボの顔を覗き込んだ。
「気にするんじゃないよ。どうせ地上天国なんて実現するはずないんだから」
鬼気迫る表情で、ボルボの両肩を鷲掴みにした。
「それより、あんたは全力で神父を守っておやり。あたしのことなんか構わずにさ。神父は世界中を敵に回して戦ってんだから。いつ殺されるかわからないんだから。いいかい、決してあたしより先に死なせるんじゃないよ」
「へい」
ボルボは目に涙を浮かべて、あたしを見た。
そのとき室内に天啓を想わせる厳かな声が響き渡った。
「安心なさい。地上天国は必ず実現します」
薄暗い通路の奥に人影が射した。
神父だ。




