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対テロ特殊部隊スワン 血の巡礼団を壊滅せよ  作者: 風まかせ三十郎


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第47話 イザベラ&マリエンバード 二人の肖像 その1

 なんて場違いな場所なんだろう。まさか、あたしが連邦議会議事堂にいるなんて。

 

 イザベラは会議場のドアの前で、ふと笑みを漏らした。

 あたしにゃ、一生用なしの場所だと思ってたけど。

 テロ組織に情報を流すようになってから、ほんと、大勢の大物政治家とお友達になっちゃって。

 さっきまで演壇で熱弁を奮っていた共和党の某議員も、三日前にあたしとベッドでお遊びしたばかり。有権者の前ではロマンスグレーの粋な紳士を演じていたけれど、その実、ベッドの上ではとんでもない変態で……。

 まっ、そんなことはどうでもいいや。今から政府要人を暗殺して、アムリアとおさらばしようってときに、過去の色事を思い出してもねえ。気が紛れるだけ、ありがたいって気がしないでもないけど。

 そんな取り止めのないことを考えていたのは、ついさっき人を殺したばかりだから……。


 手にした拳銃をレッグホルスターに納めると、そっと足元に目をやった。そこには今しがた殺したばかりの守衛の死体が転がっていた。

 消音器(サイレンサー)付き拳銃で射殺したのだ。

 人を殺したのはこれが初めて。少し手が震えている。

 ほんと、いつになったら組織の連中のように、冷静に人を殺せるようになるんだろ。

 こんなことじゃテロリスト失格ってね。

 

 嫌なものから目を逸らして、議場のドアへ視線を移した。

 議場内は相変わらずの怒号の嵐。どうやら会議は紛糾しているようだ。

 あたしは息を深く吸い込むと、ドンとドアを押し開けた。

 ムンとした熱気と共に、ヤジを飛ばす議員たちの姿が目に入った。そこではネットやニュースでお馴染みの予定調和的な茶番が展開されていた。


 フン、いい大人が何をやってんだい!


 薄ら笑いを浮かべながら演壇目指して進んでゆく。

 そのうちヤジに熱中していた数名の議員が、あたしの存在に気付いて何やら喚き始めた。

 フン、構うもんか。あたしは足早に演壇へ接近してゆく。

 演壇では例の某共和党議員が、まだノロノロと当たり障りのない答弁を繰り返している。それでもようやく議場内の異様な雰囲気に気付いたのだろう。あたしの姿を見かけるなり、口をポカンと開けて石のように固まってしまった。

 あのお偉いさんのそんなバカっぽい姿を見たら、なんか余裕を感じてねえ。

 あたしは床に散った答弁書をハイヒールで踏んづけると(ベッドでこいつの背中を踏んづけたように)、某議員に鞭を振るう勢いで詰め寄った。


「おい、おっさん。いつになったら、あのときの代金支払ってくれるんだい?」

「……」

「あんた、貧乏人の福祉事業には熱心だって聞いたけど。なるほどねえ。街角の貧乏人には金を払っても、娼館の高級娼婦には金は払えないってわけだ?」


 固唾を飲んで見守っていた議員たちの間からドッと爆笑が沸き上がった。

 某議員もよほど慌てていたのだろう。演壇上のマイクを前にして、


「確かあれは秘書が支払ったはず。いや、そんなことは一切知らん!」


 そして大声で、「守衛だ。早く守衛を呼べ!」

 ついでに怖い顔して、あたしを睨みつけると、「早く、この女を摘まみだせ!」


 会議場は再び怒号と爆笑で覆われた。

 あたしは演壇に片肘つくと、


「フ~ン、あんた、そういう態度に出るんだ? いいのかい? あたしを甘く見ると、後で後悔するよ」

 

 そう啖呵を切ると、ドレスの胸元に挟んだ数十枚の写真をパッと空中に放り投げた。

 床に落ちた写真を拾い上げるなり、某議員の顔色が変わった。

 それもそのはず、写真の中身は三日前に楽しんだSMごっこを隠し撮りしたものだから。

 議場内にばら撒かれた数十枚の写真は、立ち所に前列の民主党議員の手に落ちた。そして再び爆笑の渦。某議員は秘書に付き添われて、ヨロヨロと議場から退出してゆく。

 フン、可哀そうに。これでこいつの政治生命も終わりだねえ。

 そのとき数名の守衛が駆け寄ってきて、あたしの腕を両脇から抱え上げた。

 これであたしの茶番劇もお終い。まだまだ言いたいことはあったんだけど。

 でも内心、あたしはほくそ笑んだ。某議員の狼狽ぶりがおもしろいからじゃない。議場の最奥の通路に、祭服(キャソック)姿の神父を見出したからだ。

 すべては計画通り。全員の耳目があたしに蝟集している今こそ、標的を仕留める絶好の機会だ。

 神父はレッグホルスターから厳かに拳銃を抜いた。レーザー照準器の赤い光が議員席の最前列に延びる。

 標的は国防委員長のP(ポール)・マッキンタイア―。

 こいつがクルシア共和国を経済封鎖するよう、強硬に議会に主張しているんだけど。そんなことされたら、あの貧乏国は干上がっちまうんでねえ。

 クルシア共和国の信頼を得るためにも、手土産代わりにちょいと殺っちまおうかって。

 

 不意にマッキンタイアーの首がガクンと垂れた。

 誰も国防委員長の死に気付いていない。

 特殊な毒針を銃弾にしたニードル銃を使用しているので、傷口は蚊に刺された程度。もし目撃者がいたとしても、突然眠りこけたとしか思わないだろう。


 既に神父は議場から姿を消していた。

 あたしが確認したのはそこまで。

 議場の外まで連れ出されると、「いいか、警察が来るまで、おとなしくしているんだぞ」

 守衛は一人を残して、それぞれの持ち場へ散っていった。

 閉ざされたドアの透き間からヤジと怒号が溢れんばかり。会議は混乱の度を深めてゆく。

 さーてと、あたしも今のうちにずらからなきゃ。


「なんであたしが警察にしょっ引かれなきゃならないんだ? ただ集金に来ただけなのにさ」


 苛々したふうを装って、守衛を防犯カメラの死角へ導く。

 周囲に人がいないことを確認すると、タイミングを見計らって、胸元に残した写真を一枚、パラリと床に落とした。

 救いがたい男の本能ってね。反射的に守衛の手が写真に伸びた。そしてニタニタしながら写真を拾い上げると……、あたしの突きつけた銃口と御対面ってね。

 トリガーを引くことに躊躇はなかった。

 守衛は血飛沫をあげて倒れた。

 なんて呆気ない。もう手の震えもなかった。

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