第42話 必死の逃走劇
ドォーン!
直後、連中のランドローバーが大音響と共に爆発した。
咄嗟に頭を抱えて爆風をやり過ごした。
散乱する破片の音が止むのを待って、恐々と頭をもたげると、連中とあたしの間に割り込むように、一台のハマーが急停車した。
砂埃が止むと、運転席に拳銃を掲げた人影が……。
「姉さん、助けに来たよ」
「ヒュー!」
弟だ。あたしの身を心配して救援に来やがった。
荷台には対戦車ロケット砲を担いだボルボの姿が見えた。
「ボルボ、おまえは姉さんを助けろ」
「オウ!」
ボルボは対戦車ロケット砲を投げ捨てると、その巨体に似合わぬ身軽さで、ハマーの荷台から飛び降りた。
そしてあたしの傍らに跪くと、
「ああ、なんてこったい! アネサン、こんな姿になっちまって。おお、頭から血が」
両手を合わせて、今にも泣きださんばかりにうろたえやがった。
ほんと、情けないったらありゃしない。
「バカ、そんなことはいいから、さっさとあたしを助け出しな!」
「……ヘイ」
ボルボは涙を拭うと、ようやくあたしの脇の下に腕を通した。
まったく、チンタラしやがって。横っ面の一つも張り倒したくなる。そうしてもたついている間にも、銃撃戦は続いてるんだ。
相手は特殊部隊の精鋭って話だ。いくら腕が立つといっても、ヒュー一人じゃ分が悪いってね。
ヒューの放った銃弾をかい潜って、黒髪が小走りに左方から回り込んでくる。金髪の援護射撃も的確で、このままでは接近を阻めないと踏んだのだろう。拳銃を投げ捨てると、助手席の短機関銃に手を伸ばした。
ドドドドドッ!
弾の数だけ砂塵が舞って、黒髪は転がるように地面に突っ伏した。
身近に隠れる場所はない。チャンスだ。ヒューの腕なら確実に仕留められる。
「殺っておしまい!」
あたしはボルボの腕の中で絶叫した。
するとヒューのやつ、戦闘中なのに、あたしの方を見やがった。その非難がましい眼差しに、どんな意味が込められているだろうか。そんなことすぐにはわからないけど、ヒューが空白の時間を抱え込んだってことはわかる。そしてそれがとても危険な瞬間だってことも。
ピューン!
一発の銃声が乾いた大気を切り裂いた。
同時にヒューの身体が運転席に崩れ落ちた。
「ヒュー!」
瞬間、顔から血の気が引いてゆくのが感じられた。
まるで貧血に襲われたような、そんな眩暈と共に、あたしの目の前は真っ暗になった。それでもなんとか気力を振り絞って、崩れそうな意識を支え切った。そしてボルボの腕を押しのけると、危険を顧みずにヒューの元へ走った。
「ヒュー!」
「大丈夫さ、姉さん」
ふとヒューの顔を見ると、薄く陽に焼けた頬から一筋の血が流れていた。
どうやら敵の弾は、弟の顔を掠めただけのようだ。
でも安堵している暇はない。背後では激しい銃撃戦が続いている。
あたしはボルボの向かって叫んだ。
「こっちは大丈夫。それより早いとこ、車からお坊ちゃんを引き出しな」
「ヘイ!」
ボルボは短機関銃を背中へ回すと、再び潰れた車中へ潜り込んだ。
代わりにヒューが傍らに落ちた短機関銃を握り締める。その顔は珍しく紅潮していた。
乱暴にあたしを押し退けると、連中に銃口を向けた。
ドドドドドッ……!
怒りに任せて放った一連射が、接近する黒髪の足元へ突き刺さった。
あたしも補助席に装備した予備の短機関銃を掴むと、岩陰に潜む金髪に向かって闇雲にトリガーを引いた。
「アネさん、こいつ、生きてますぜ」
ボルボの言葉に一先ず胸を撫で下ろす。でもなんであたしがホッとするんだい?
やがてペシャンコの車体から、お坊ちゃんの身体が引き出された。気絶しているようだけど、あたし同様、掠り傷程度ですんだようだ。ともかく大切な人質の身柄は確保した。あとはさっさとズラかるだけ。
「さあ、引き上げるよ」
ボルボはお坊ちゃんを荷台のあたしの傍らへ置くと、運転席へ乗り込んでステアリングを握り締めた。
そのときだった。一瞬の隙を見透かしたかのように、金髪が岩陰か飛び出した。
側面から回り込むように、ハマーに急接近してくる。
あたしもヒューも同時に銃口を金髪へ向けた。でもそれは敵の計略だった。
あたしがそうと理解したとき、既にヒューの銃口は再び正面に向けられた。
黒髪が拳銃を乱射しながら反対側から突っ込んできた。
金髪を囮にしたフェイント攻撃だ。
ボルボがアクセルを踏んでハマーを急発信させる。ステアリングを左へ切ると、接近する黒髪を正面に捉えた。
黒髪は軽やかに跳躍して、ボンネットの上に飛び乗った。
ヒューが短機関銃のトリガーを引いた。
ドドドドドッ……!
耳をつんざく連射音と共に、フロントガラスが粉微塵に砕け散った。
やった!
瞬間、逆光の中から人影が舞い降りた。それは獲物を狙う鷹の急降下を想わせた。
黒髪だ。ジャンプ一閃、ヒューの銃撃を躱しやがった。
手にしたファイテングナイフが陽光を受けてキラリと光った。その切っ先は一直線にヒューめがけて打ち下ろされた。
ガシッ!
金属のかち合う音がして、二人の間に激しい火花が散った。
間一髪、ヒューは短機関銃の銃身でファイティングナイフを受け止めた。
一瞬、黒髪の薄い唇から笑みが零れた。
この女、なに笑ってやがる!
腹立ち紛れに拳銃を差し向ける。
黒髪はファイテングナイフの一撃を弾かれるや、空中で身体を半捻りして、そのまま地面に着地した。そして斜めに切るように走って、ハマーから遠ざかってゆく。
チャンスと思ったのも束の間、すかさず側面から金髪の援護射撃が飛んでくる。
ボルボがアクセルを踏んでハマーを発進させた。
みるみるうちに連中の姿が遠ざかってゆく。車を破壊しておいたので、追ってくることはできないはず。
ハハッ、ザマーミロ!
危機を脱した安堵感がひしひしと胸に湧いてくる。
荷台にひっくり返って、「ヒュー、大丈夫かい?」そっと声をかけてみた。
「大丈夫さ、姉さん。あの女は必ず僕が殺るから」
ヒュー、そんな顔するんじゃないよ。
戦闘の直後で興奮しているせいだろうか。
舌なめずりして呟く弟の酷薄な表情に、あたしは目を背けずにはいられなかった。




