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対テロ特殊部隊スワン 血の巡礼団を壊滅せよ  作者: 風まかせ三十郎


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第32話 恐怖の潜入行 マトラ海岸上陸

 夜の真っ黒なうねりと戦いながら、オールを漕ぐこと三十分。

 セーラは舳先から身を乗り出して前方を凝視した。

 とうとう海岸線まで一〇〇ヤードの地点まで辿り着いた。

 

「よし、漕ぎ方止め」


 ムター隊長、ゴムボートを停止させると、暗視装置付きの双眼鏡を覗き込んだ。

 

「海岸に人影なし。よし、前進だ」


 最後のひと漕ぎ。ゴムボートは急速に砂浜へ接近した。

 いよいよ敵地に上陸だぁ。あ~、心臓がドキドキしてきた。

 

「レナ、おまえが先頭だ。アンジェはセーラを援護。よし、行け!」


 ムター隊長の命令一下、レナ少尉が砂浜へ駆け上がった。

 少し遅れて、わたしとアイリーン大尉が後へ続く。

 砂浜の窪地に伏せると、息を潜めて周囲の状況を伺った。

 

「依然として海岸線に敵影なし。どうやら警戒網の心配はないようだ」


 レナ少尉は暗視装置付きの双眼鏡から目を離すと、


「セーラ、念のため、あの防砂林の中を探ってくれないか?」


 言われるままに意識を集中して、群生するナツメヤシの奥に人の気配を求めた。


「大丈夫、人の気配はありません」

「よし、なら、わたしが最初に前進を開始する。安全を確認したら、防砂林の中から合図を送るから、セーラ、おまえが後に続け」

「ハッ、ハイ」

「大尉はその後に。もし敵に発見されたら、援護をお願いします」

「了解」


 二人の返事を確認するや、レナ中尉は腰を低くして、両手で拳銃を握って、小走りにナツメヤシの林の方へ走ってゆく。

 一分後、レナ中尉の姿は林の中へ消えた。そのまま固唾を呑んで見守っていると、やがて暗闇の中にペンライトの光が灯った。

 ”敵影なし”の合図だ。

 さあ、次はいよいよわたしの番だ。

 勢い込んで立ち上がると、不意に手首を掴まれた。

 アイリーン大尉だ。


「いいこと? レナ中尉の足跡を辿って前進するのよ。そうすれば余計な足跡を残さずにすむから」


 なるほど……。

 納得して頷くと、彼女にポンと背中を叩かれた。


「さあ、行きなさい」


 いざ、歩みを進めてみると、足の筋肉が硬直して、なかなか前へ進めなかった。それでも無理やり走り出すと、足がもつれて転んでしまった。

 まいったなぁ~。敵地に侵入したとたん、これだ。

 立ち上がると、そのまま二百ヤードを走り抜けて、ナツメヤシの林へ飛び込んだ。

 フゥー、まいった、まいった。緊張感で全身くたくた。冷や汗が止まらないよ。

 

「大丈夫か?」


 先行したレナ中尉が声をかけてくれた。

 彼女の声を聞いて、ホッと一息。

 

「ええ、なんとか」

「少しリラックスするといい。あんまり緊張すると、体力の消耗が激しくなる」

「ハイ、わかりました」


 わたしの生真面目な返事を聞いて、レナ中尉は苦笑した。


「心配するな。いざというときは、チーム全員がおまえを守ってくれる。むろんわたしもだ。おまえは必ず生還できる」

「レナ中尉……」


 そのときアイリーン大尉が林の中へ駆け込んできた。

 残り一名の姿がまだ見えない。


「あの、隊長は?」

「足が付かないように、ゴムボートを処分しているの。間もなく来るはずよ」

「処分?」

「ゴムボートの空気を抜いて、本当なら砂浜に埋めるんだけど、時間がないから海に沈めて証拠を消すのよ」


 アイリーン大尉の視線を追って、わたしも薄暗い海面へ目をやった。

 すると波をかき分けて砂浜へ接近する人影が見えた。

 よかった、隊長だ。

 安堵したのも束の間、突然、脳裏にピーンと直感が走った。

 人だ、人が接近してくる。


「大尉、人が……」


 シッ……。ほぼ同時に、レナ中尉が人差し指を唇に当てた。

 砂浜にあるはずの隊長の姿も、いつの間にか消えている。

 

「敵の歩哨か?」


 アイリーン大尉の碧眼が、わたしとレナ中尉の顔を交互に映した。


「ええ、たぶん」


 兵士特有の潜在的な殺意が感じられる。

 間違いなく敵兵だ。


「足跡を残したままにしておいたのは拙かったな」


 アイリーン大尉が腰のホルスターから拳銃を引き抜くと、消音器(サイレンサー)を取り付けた。


「中尉、もし敵に気付かれたら射殺するぞ」

「了解」


 レナ中尉も拳銃を握り締めた。

 息を潜めて様子を伺っていると、やがて暗闇から敵兵が姿を現した。壮年の男が二人、会話に笑いを交えながら歩いてくる。哨戒というよりは、散歩に近い雰囲気だ。

 緊張感など微塵も感じられない。この分なら、足跡に気付かれることもなさそうだ。……とは言うものの、この考えが自己欺瞞の類であることはわかっている。

 本音を言えば……、やっぱ不安だよぉ~。

 不吉な予感は当たった。

 不意に歩哨が止まった。それも足跡を残した付近で。

 マズい、気付かれた!

 傍らで殺気が迸った。レナ中尉が拳銃を構えて立ち上がりかけた。

 その突発的行為を咎めたのはアイリーン大尉だ。

 レナ中尉の手首を掴むと、きつい眼で首を横に振った。

 

 もう少し様子をみるんだ。


 直後、歩哨の手元で小さな火が灯った。

 なんだ、煙草かぁ。

 なんか拍子抜けしてしまった。

 レナ中尉も無言で腰を下ろした。

 歩哨は紫煙を残して、暗闇の中へ姿を消した。

 そのまま数分の時が過ぎた。

 彼らが引き返して来るのを警戒してか、誰もが黙ったままその場を動こうとしなかった。

 やがて砂山の陰からムター隊長が姿を現した。

 枝葉で砂を掃いて足跡を消しながら、わたしたちの方へ向かってくる。

 急いで、早く!

 カサッと葉音がして、ムター隊長が茂みの中へ飛び込んできた。

 

「遅れてすまない。ゴムボートの処分に手間取った」

「まったくノロマなんだから。上陸早々、寿命が十年縮んだわ」


 アイリーン大尉の嫌味なお言葉に、ムター隊長はフンと鼻を鳴らすと、


「その程度で寿命が縮むなら、作戦終了時には老衰で死んでいるな」


 そう皮肉で切り返して、手早く地面に地図を広げた。

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