第31話 偽装船沈没 セーラの危機!
ドォーン!
轟音と共に、突然椅子から放り出された。
なに?!
船はドンドン傾斜を加えてゆく。
まさか、船が沈む! 早く逃げなくちゃ!
立ち上がろうとして足が滑った。
床が急激に垂直方向へ傾いてゆく。
もう一度……、ああ、駄目だ、立てない!
階段口から海水が渦を巻いて侵入してきた。その勢いに抗しきれずに、わたしの身体は押し流された。そのまま壁に激突して、水圧で張り付け状態に!
身体の自由が利かない!
アッという間に、船倉は海水で一杯になった。
誰か、助けて!
悲鳴の代わりに、ゴボゴボと口端から大量の気泡が沸き上がった。
意識が次第に薄れてゆく。
まいったなぁ、わたし、こんな所でいきなり死んじゃうんだ?
セーラ……。
えっ、誰?
セーラ……。
誰かがわたしの名前を呼んでいる。
その懐かしい響きに誘われて、わたしは双眼を見開いた。
すると……、彼方に優しくほほ笑む女性の顔が見えた。
ああ、あの人は……、ママだ。
最後の気力を振り絞って、光射す水面へ腕を伸ばした。
誰かがわたしの手を握り締めて、身体ごと抱き上げてくれた。
誰? わたしを助けてくれたのは……。
双眼をうっすらと見開くと、そこにはあの優しい笑顔があった。
直後、わたしは気を失った。
「おい、しっかりしろ!」
覚醒を促されて、そぉーっと瞼を持ち上げてみる。
太陽の光が眩しい。逆光で相手の顔が見えにくい。
でも声の主はわかっていた。
「よかった。どうやら水は飲まなかったようだ」
「……レナ中尉」
ショックで頭がぼんやりしている。
感謝の気持ちを込めて、笑顔を送るのが精一杯だ。
「どうだ、身体は動かせるか?」
言われるままに手足を動かしてみる。
どこにも痛みは感じられない。
どうやら怪我はないようだ。
「大丈夫です」
ようやく意識がハッキリしてきた。
「よし、しばらくの間、ここで休んでいてくれ」
レナ中尉はわたしを漂う大きな木片に捕まらせた。
「あの、どこへ?」
「他の者を探してくる」
バシャーン!
そのとき三十ヤード向こうの海面に水柱が立った。
「セーラ、セーラ!」
アイリーン大尉だ。
右に左に視線を走らせながら、必死の形相でわたしの名前を呼び続ける。
「大尉、こっちです!」
「セーラ!」
アイリーン大尉が喜び勇んで浮遊した漁船の残骸の中を泳いでくる。
「よかったぁ~、あなたが無事で!」
「くっ、苦しいです」
思い切り抱き締められて、息が出来ないよぉ~。
ゴホゴホ!
苦し気に咳をすると、アイリーン大尉はようやく気付いてくれた。
「あら、ごめんなさい」
わたしの身体を離すと、ゆっくりと頭を巡らせた。
「そういえば、ソフィはどこ?」
「どうやら全員、無事なようだな」
わたしとアイリーン大尉の視線が、同時に声のした方向へ向けられた。
ムター隊長だ。
ゴムボートを引っ張りながら、こちらの方へ泳いでくる。
「何があった?」
ムター隊長の問い掛けに、すかさずレナ少尉が答えた。
「どうやら触雷のようです」
なに、それ? わたしの知らない言葉だ。
「触雷って?」
アイリーン大尉がわたしの耳元で囁いた。
「機雷に接触することよ」
なるほど、それで船は沈んだのね。
「申し訳ありません。わたしが不注意なばかりに」
レナ少尉、言ってる言葉とは裏腹に、無表情でなんか申し訳なさそうに見えない。
「気にするな。我々は陸軍だ。操船まで完璧に熟したら、海軍の出番がなくなってしまう」
ムター隊長、片足を縁にかけて身軽にゴムボートへ乗り込んだ。
アイリーン大尉、レナ中尉も同じ要領で続けて乗り込む。
ムター隊長が舌打ちした。
「それにしても海軍のやつら、いい加減な海図をよこしやがって」
「ほんとよ。連中のくれた情報によれば、この辺りに機雷源なんてないはずなのに」
アイリーン大尉が相槌を打った。
あの、お腹立ちは理解できますが、その前にどなたかわたしを引き上げてくれないかしら。
足が滑って、なかなかゴムボートへ這い上がることが出来ない。
「さあ、手を出せ」
レナ少尉がわたしの手を握って、ゴムボートへ引き上げてくれた。
「全員、怪我はないか?」
ムター隊長の言葉に全員が無言で頷いた。
「よし、ならアンジェ、セーラ。おまえたちも連れてゆく。船を失った以上、ここから帰れとはいえないからな」
「さすがはソフィー、そうこなくっちゃ!」
アイリーン大尉は嬉しそうだ。
でもわたしは……、う~ん、迷ってしまった。
さっきまでなら諸手を上げて賛成したんだけど。
溺死の恐怖を体験したら、戦場へ挑む勇気が萎えてしまった。
正直、帰りの足を確保出来たら、すぐにでもパルラモ基地へ帰還したい感じだ。
まっ、今更嘆いても仕方ないけど。
ムター隊長が胸のラジオポーチから携帯ナビを取り出した。
GPSと連動させて現在位置を割り出す。
液晶画面に次々と、経緯度などの位置を示す数字が表示されてゆく。
「だいたい予定通りだ。上陸地点のマトラ海岸まであとニ十キロといったところだ」
ムター隊長は船外機の横に腰を下ろした。
「取り敢えず、マトラ海岸一キロ沖までは船外機で航行する。その後は……」
不意に二本のオールが投げ出された。
一本はレナ少尉の足下へ、そしてもう一本はアイリーン大尉の足下へ。
「そのオールを使用して、マトラ海岸へ接近上陸する」
なるほど、上陸地点に人がいたら、船外機の音に気付かれるから。
「ほんと、人使いが荒いんだから」
アイリーン大尉はうんざりした様子で、足下のオールを拾い上げた。
ムター隊長が船外機のコードを握り締めた。
「さあ、行くぞ」
コードがモーターから外れて宙を舞った。
ドドドドドッ……。
船外機は一発で起動した。
ムター隊長の舵取りで、ゴムボートは白波を蹴立てて進み始めた。




