第30話 セーラの嘆き 人質探しは楽じゃない
船腹に打ち寄せる波と、単調なディーゼルエンジンの音に悩まされて丸二日。
セーラ・ホワイトは頬杖をついたまま、ホーッとため息をついた。
なんとか船酔いは収まったけど、依然として人質の居場所は特定できなかった。
今日も朝から人質の遺留品を手に、クルシア共和国の地図を眺めていたけど、脳裏には何の映像も思い浮かばなかった。
オンボロ漁船の薄暗い船倉の中では、遠隔透視も能力全開とはいかないようだ。
腕時計に目を落とせば、いつしか時刻は日没時に達しようとしていた。
今夜、夜陰に乗じて上陸作戦を決行する予定なので、それまでに人質の居場所を特定できなければ、わたしは役立たずの烙印を押されてしまう。
だから言ったろ。おめえは部隊のお荷物なんだよ。
クリスの皮肉が脳裏を過った。
先週、パルラモ空軍基地において、一回目の遠隔透視に失敗した直後のきつい一言だ。
あの喜々とした表情の裏には、わたしへの優越感が見て取れた。
あいつ、今頃はクルシア国内に潜入して、人質の探索に従事しているはず。もし先を越されたら、わたしの面子は丸潰れだ。
よし、こうなったら奥の手を使ってやる。
わたしは胸のポーチに指を差し入れた。
刹那、甲板の方から騒々しい声がした。
「お願いだから、わたしも連れてってよ。戦力は一人でも多い方がいいはずよ」
アイリーン大尉の声だ。
「誰が操船する? まさかあの子を一人で帰すわけにもいくまい」
相手はムター隊長だ。
そしてあの子というのは……。
「だから、あの子も一緒に連れていくのよ。きっと役に立つはずだから」
えっ、わたしも連れてってくれるの?
さすがはアイリーン大尉。わたしの実力をちゃんと理解していらっしゃる。
でもムター隊長はその意見を一顧だにしなかった。
「年端もいかぬ子供を戦場へ連れてゆくのか? フン、無責任な話だ。もしあの子が戦死したら、責任を取らされるのはおまえだぞ」
「……」
そこ言葉にアイリーン大尉は反駁できなかった。
どうやら説得に失敗したみたい。
やがて階段を踏み歩く音がした。
「どうだ? 人質の居場所は特定できたか?」
ムター隊長がアイリーン大尉を従えて階段口に姿を現した。
「それが……」
机上に置かれたクルシア共和国の地図に目を落とした。
成果なし、なんて言えないよぉ~。
ムター隊長はそんなわたしの気持ちを察してくれたのか、労うようにわたしの肩に手を掛けると、
「別に焦る必要はない。今夜までに人質の居場所が特定できなければ、その後はパルラモ基地から連絡をくれればいい」
アイリーン大尉が口を挟んだ。
「それよりどう? わたしたちも一緒に……」
「アンジェ! この子を連れてパルラモ基地に帰還するんだ。いいな?」
ムター隊長の鋭い声が飛んだ。
「ハイハイ、わかりました。お母様」
(ムターは独語で母親)
アイリーン大尉の皮肉は空回り。
ムター隊長はまったく意に介さなかった。
「じゃあ、後は頼んだぞ。わたしは上陸の準備をしてくる」
ムター隊長はそう言い残して、甲板へ姿を消した。
「さてと、困ったわね」
アイリーン大尉、思案顔で腕を組んだ。
わたしが人質探しに失敗したら、戦研は各方面から非難を浴びるかも。
超能力開発プログラムはお偉方の理解を得るのが難しく、下手をすると次年度の予算を減らされてしまう。
戦研としては、なんとしても作戦を成功へ導いて、超能力の有用性を証明したい。
「大尉、これを使いましょう」
胸のポーチから、鎖の付いた振り子を取り出した。
「なるほど、ダウジングか」
アイリーン大尉、納得顔で頷いた。
本来なら、地下の水脈や鉱脈を探すために使用するダウジングを、人質探しに転用しようというのだ。
「以前にも成功したことがあるから、あるいは上手くいくかも」
「わかったわ。やってみて」
正に藁をも掴む気持ちだ。
意識を集中すると、鎖を指で摘まんで振り子の先端を地図上に垂らした。
クルシアの辺境から中央へ、少しずつ振り子を移動させてゆく。
すると突然、首都ハトバラ付近で、振り子が激しく揺れ動いた。
ここだ!
「早くハトバラ市の地図を!」
わたしの要求に、大尉は素早くハトバラ市の地図を机上に広げた。
振り子の揺れ具合によって、市街を定規で線引きして、徐々に怪しい地域を絞ってゆく。
結果、二か所で強い反応が確認できた。
「一つはクルシア国際空港、もう一つはバシド工業専門学校。いずれも複数の反応が感じられます」
やった、とうとう捕まえた!
わたしには九十九パーセントの確信があった。
アイリーン大尉が携帯ナビを衛星に接続して情報を確認した。
「ハシド工業専門学校か。どうやら廃校に人質を隠したようね」
「でも一つ、問題が……」
残念なことに、二人のVIPの遺留品からは何の反応も感じられなかった。
「たぶん二人のVIPは別の場所に監禁されているはずです」
「特定できないの?」
「……」
わたしは力なく首を振った。
「そう、じゃあ、仕方ないわ。入手した情報だけでも、ソフィに伝えておきましょう」
アイリーン大尉は微かな失望を頬に浮かべた。
「まだ時間は残されているから。ギリギリまで頑張ってね」
そう言い残して、小走りに階段を駆け上がっていった。
頑張ってと言われても、どこを探していいのか見当がつかない。
古い遺留品だと残留思念を探りにくいし、よりVIPに接近しない限り、ダウジングも用をなさない。おまけに集中力まで萎えてきた。
ああ、もう限界だぁ。
力尽きてグタッと机に突っ伏した。
刹那、不意に船がグラッと大きく揺れた。




