第27話 クリス&リン テロリストを追跡せよ
まいったぜ、もう一週間も探しているのに、手掛かりすら見つからねえ。
クリスは苦虫を噛み潰した表情で、助手席のシートに凭れ掛かっていた。
くわえた煙草の煙が夜風に流されてゆく。
隣の運転席では、リンが疲れた表情でステアリングを握っている。
現地でレンタルした車はかなりガタのきたポンコツで、サスペンションがいかれてんのか、振動が腰を直撃するからたまらねえ! 車を替えようにも、貧乏旅行者を装っている以上、借りられる車は似たり寄ったりのポンコツばかり。いや~、先が思いやられるぜ!
クルシア共和国へ潜入して、今日で一週間が過ぎた。
幼馴染の秀一郎とその婚約者を探し出すために、大学生の旅行者を装って、リンと二人でクルシア国内へ潜入したまではよかったが。
いや、まいったねえ~。
現地に潜伏させた諜報員や、地下に潜伏した反政府組織と接触しても、二人のVIPの行方はさっぱりわからねえときた。
今日も現地の協力者と接触して、二人のVIPらしき人物が街外れの廃墟に監禁されているって情報を得たんだが、いざ張り込んでみりゃ、なんのことはねえ。情報はガセネタだった。
いってえ、どこへ消えやがった?
これだけの情報網を駆使して見つからねえとなると、既にハトバラ市内にいねえのか、それとも近隣の軍事施設に監禁されたか。
近いうちに諜報員がクルシアの軍事関係者と極秘裏に接触するんで、なにか情報が掴めるかもしれねえ。
結局、わかったのはその他五十名の人質の監禁場所だけだ。
諜報員から入手した情報によりゃ、壮健な男性を中心に、約三十名の人質が空港に駐機した125便に、そして残り二十名がハトバラ市内の廃屋に監禁されてるって話だ。
速攻、空港を偵察してみりゃ、いたいた、人質たちが……。
いずれもヨレヨレにくたびれちゃいるが、それでも日常生活を営むにはなんの支障もないとみた。
エアコン車も配備されているので、機内の空調も問題ねえようだ。
これなら、いざ脱出というときでも踏ん張りがきくってもんだ。
双眼鏡でなおもハイジャック機を偵察していると、一人、いい男を発見ときた。
「おっ、いたいた。俺っち好みの若いイケメンが!」
「え~い、真面目に仕事をしなさい!」
リンにポカリと殴られた。
フン、融通の利かねえやつ。
それから四日間、毎日スワン本隊と通信を試みちゃいるが、あっちの方からは未だにウンともスンとも言ってこねえ。
まったく、どこをどううろついているんだか。
予定じゃ、もうクルシア国内に潜入したはずなのに。
クソッ、今日も一日、無駄足踏んじまった。
隣のリンも疲れてんのか、さっきから一言も口を利きやしねえ。
あ~、ホテルに帰ったら、シャワーを浴びてぐっすりと眠りてえなっと。
車は緩やかに減速してゆく。
やれやれ、やっとホテルにご到着っと。
吸いかけの煙草を道に吐き捨てた。
「あら、あれはなにかしら?」
リンがポツリと呟いた。その視線の先には髪を振り乱した女の姿が!
俺らの方をジッと睨み付けて、ありゃ、相当ヤバい雰囲気だ。
右脇に抱えているのは……、なんだ、小銃かぁ!?
「おい、止めるな! このまま突っ走れ!」
「えっ、なんでよ?」
リンのやつ、惚けた顔してブレーキ踏みやがった。
ああ、なんてこった! おめえには小銃が見えねえのかよ!
こんなマヌケと組んでいたら、命がいくらあっても足りねえぜ。
案の定、停車すると、女が小走りに駆け寄ってきた。
白人の若い女だ。表情はよくわからねえが、全身にハイソな雰囲気を漂わせて、なんか俺らとは毛色の違う生き物って感じだ。少なくとも小銃の似合うタイプじゃねえってことは確かだ。
「さあ、早く車から降りて!」
流暢な英語を喋りやがった。
現地人でもねえのに車泥棒なんて、いってい何が目的なんだ?
リンもようやく事態を呑み込めたようだ。呆れた表情で女を眺めてやがる。
「この銃は本物よ。玩具じゃないんだから」
フン、なんて似合わねえ台詞なんだ。そんな弱腰な態度で脅しても、誰も信じちゃくれねえって。
面倒なことに、銃の方は本物のようだが。
むろんリンのやつも気付いてる(よな?)。
だから相手が素人でも、迂闊に手が出せねえんだけど。
それにしても切り替えレバーはフルオートになってるし、銃床は肩に乗ってねえし、両足は揃ったままだし。
チョイ見、小銃を扱い慣れてねえのがわかる。
仕方ねえか。下車したところで、隙を見て小銃を奪い取る手だな。こんな素人をぶっちめるのは気が引けるがよ。まっ、自業自得ってやつだ。次からは相手をよく見てやるんだな。
何気ないふうを装って、座席から腰を上げた。
わざと視線を外して、相手の戦意を逸らすんだ。
するとリンのやつ、いきなり俺っちの右手を握り締めた。
なんでえ、こんなときに?
リンのやつ、厳しい表情で俺っちを押し止めた。
えっ、銃を奪うなってことか? 納得できねえって!
手を振り解くと、リンが再び手を引っ張った。
どうやら一歩も譲る気はないらしいや。
ハイハイ、わかりました。お説に従いますって。
危険を感じて押し止めたのか、それとも素人をぶっちめるのは可哀そうとでも思ったのか。なんとも不可解だ。
「降りなさい、早く!」
あ~、金切り声なんか上げちゃって。
お嬢さん、焦りまくってるねえ。
全身隙だらけ。今なら簡単に小銃を奪えるのによ。
俺っちが路上に立つと、リンも肩を竦めて続けて下車した。
チッ、なんて情ねえんだ。おめえ、それでも軍人かよ!
あ~、リンよ、リンリン……。
なんで暴れちゃいけねえんだ? なんで俺っちの活躍に水を差す?
「悪いわね。少しの間、お借りするわ」
持ってけ泥棒!
どうせ車を紛失したって、弁償するのは国防総省だ。
女は砂埃を巻き上げて慌ただしく車で逃走した。
バッキャロ~!
クソッ、むかっ腹が経つぜ!
ムター隊長が聞いたらなんて言うか。あのガキンチョは大笑いするに違いねえ。
あ~、とんだ恥晒しだ。それもこれもリンの野郎が悪いんだ。
素人相手にビビりやがって!
「ちょいと聞かせちゃくれねえか? なぜあの女をぶっちめなかった?」
「あら、あんた、気付かなかったの?」
「何がだよ?」
「これよ。肝心なこと忘れてるんだから」
リンが袖なしシャツのポケットから、一枚の写真を取り出した。
「あたしらが血眼になって探している秀一郎の婚約者に、なんとな~く似ているような気がするんだけど」
ええっ、マジ!?
リンから写真を引ったくる。
なるほど、言われてみりゃあ……。
顔の半分が髪の毛に隠れていたし、目は吊り橋のごとく吊り上がっていたし、おまけに鼻孔は開いていたし。それらを頭の中で画像修正すると、なるほどねえ、あの女を追いかけてみる価値はありそうだ。
「おい、リン。追跡だ!」
「OK、そうこなくっちゃ!」




