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対テロ特殊部隊スワン 血の巡礼団を壊滅せよ  作者: 風まかせ三十郎


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第24話 思い出のかけら

 コニーはベッドに横たわると、ひたすら夜が来るのを待った。

 この部屋は窓がないので、時間の経過を感覚で知ることが出来ない。

 時々、腕時計を眺めては、短針の遅い歩みにため息をつく。

 気を張っているのに、何度も睡魔は襲ってくる。

 いけない、いけない、眠り込んだら脱走のチャンスを失ってしまう。

 床に立って、片脚立ちのバランス姿勢を取ってみる。久し振りの演技だけど、それでもピタリと身体は垂直に立った。その場で軽く片脚回転(ピルエット)

 うん、まだいける!

 軽やかなステップを踏んで、狭い室内を跳ね回った。額にうっすらと汗をかくと、静止バランスのままベッドにバタンと倒れ込んだ。

 久し振りに動き回ったので、少し息切れしてしまった。

 天井を見つめていたら、なんだか眠くなってきた。眠気覚ましの運動が、かえって逆効果になったみたい。

 いつしか心地よい疲労感に誘われて、とうとうわたしは夢の世界へ迷い込んだ。そして現実よりも一歩先に、秀一郎さんと再会した。


 ■■■


「もう、辞めようかと思うんだ」

 

 不意に秀一郎さんが呟いた。

 その言葉はバーの静謐の中から、騒擾の泡沫となって浮かび上がった。

 微かな胸騒ぎを覚えて、わたしは問い返した。


「あの、なにを……」

「会社さ」

「--!」

「上層部の拝金主義には、もううんざりだよ」


 あの人はそう吐き捨てると、グラスを一気に(あお)った。

 苦い言葉だ。

 予感はあった。

 昨日の事だ。秀一郎さんが半年がかりで準備した計画に、役員会が凍結を指示したのだ。


 見返りのない国に投資はするな。それが凍結の理由だった。

 

 内戦の終結したパルミア王国に、軍需産業の付け入る余地はない。

 秀一郎さんの計画した無償の戦災援助を、会社は無駄な投資と判断したのだ。

 

「甘かったよ、ぼくは……。援助物資の何割かはパルミアの政治家や将軍たちの懐へ入る。上層部はそれを自分たちの手を汚さずに贈与できる賄賂と考えていたんだ」

「内戦が終了すれば、もう彼らへの賄賂は必要ないということですか?」

「ああ、そういうことだ」


 秀一郎さんが悔しそうに唇を噛み締めた。


「パルミア国民は貧困に喘いでいる。内戦で傷付き疲れた彼らを、金にならないから放っておけというのか?」


 水割りを一気飲みすると、グラスを握り締めたまま俯いてしまった。

 悔し涙が頬を伝った。

 わたしは思わず目を逸らした。

 計画が頓挫して落ち込むのはわかるけど、そんな悲しみに沈んだ姿なんか見たくない。

 まだ計画の中止が決まったわけじゃない。模索すれば必ず道は開かれる。立ち直ってもらわなきゃ……。


「あの、会社を辞めたら、何をするおつもりですか?」

「……」

「会社を辞めたって……。たとえば非政府組織(NGO)にボランティアとして参加すれば、戦災民に貢献することはできるでしょう。でもそれでは今回の計画のような、一個人を超えた貢献は出来ません」

 

 一瞬、秀一郎さんは言葉に詰まった。

 なにかを言おうとして言葉にならないと知ると、肩を落としてグラスに口をつけた。

 わたしは頬杖をついて、秀一郎さんを見た。


「会社を辞めるべきではありません。答えがないのは、今の仕事に遣り甲斐を感じているからで……、それを一度の挫折で放り投げるなんて、後で必ず後悔します」

 

 秀一郎さんが酔った目でわたしを見た。


「君だってそうだろう? たかが一度の挫折で、あっさりと新体操を辞めてしまった」

「でもそのお陰で、こうして部長さんと出会うことが出来た。新体操を続けていたら、今こうして一緒に飲んでいることはないですよね?」


 当時、多くのマスコミが謎の引退と騒ぎ立てた。

 わたしとしてはスポーツマンなら誰もが口にする在り来たりな理由、--精神的、肉体的限界を感じたから引退した訳で。

 謎の引退? とんでもない! そこに至るまでの多くの挫折を、誰も理解しようとしなかっただけだ。

 きっと秀一郎さんも、そこまでは理解できなかったのだ。

 案の定、あの人の探るような視線が、わたしの横顔に突き刺さった。


「懐かしくはないのか? 新体操の世界が……。青春のすべてを注ぎ込んだ世界だ。注ぎ込んだ時間は半年なんてもんじゃない。それをああも簡単に捨て去るなんて」

「懐かしいだなんて思いません。今の仕事が充実していますので」


 そうだ、わたしの人生は以前より充実している。

 新体操をやっていた頃は、いくら好成績を収めても満足できなかった。

 完璧な演技を求める余り、わずかなミスを許すことが出来ず、結果、演技から自由闊達さが失われていた。

 でも今は、社会貢献によってもたらされる多くの笑顔と謝意が、わたしにこの上ない満足感を与えてくれる。自分のためにではなく、他人のために。それが自分をも幸福にすることを知ったのだ。


「わたし、秘書という仕事が好きです。でもそれは部長さんが有意義な仕事に取り組んでいるからで。もし部長さんが夢を失ったら、わたしも張り合いを失って、新体操の世界を懐かしく思い出すかもしれません」

「なるほど、部下のやりがいは上司のやりがい次第というわけか」


 秀一郎さんの口元に笑みが浮かび上がった。


「大変だな。新体操の女王様を満足させるのは……」

「ええ、そうですとも。わたしに辞められたくなかったら、もっともっと素晴らしい計画を立案してください。そして二人で充実感を分かち合いましょう」

「ぼくに君を満足させるだけの力量があるかどうかはわからないが……」


 秀一郎さんの瞳に真摯な光が宿った。


「もう二度と、君の前で弱音は吐かないと約束するよ」


 よかった。思い止まってくれて。

 わたしは目の前にグラスを差し出した。

 ハワイアンブルーの澄んだ海の中に、秀一郎さんの笑顔が漂っていた。

 

「乾杯!」


 かち合った二つのグラスは、柔らかい照明の中で澄明な音を立てた。


 翌日、二日酔いに耐えて出社すると、秀一郎さんの下になんとマル秘書類の束が届けられていた。

 送り主は会長だった。


 これを使え。会社の金を使わずに援助物資を集めることが出来る。


 書類には、パルミアの為政者が秘匿した援助物資の集積所の位置が記載されていた。ご丁重にも、収賄の証拠書類と、国連防護軍の司令官宛の紹介状まで添付されて。

 頭痛を嘆いていた秀一郎さんの瞳が瞬時に輝いた。


「なるほど、この証拠書類を為政者共に突き付けて、秘匿した物資を供出させるわけか」

「もし、彼らが供出に応じなかったら?」


 わたしが疑問を口にすると、


「なに、そのときは国連防護軍の協力を得て強制執行するまでだ」


 秀一郎さんの生き生きした表情に、昨夜の面影は見い出せなかった。

 わたしの頭痛も吹っ飛んだ。全身にやる気が漲ってくる。

 秀一郎さんが勢いよく立ち上がった。


「さあ、軍部の協力を取り付けたら、すぐにパルミアへ乗り込むぞ!」


 作戦は成功した。

 保身に敏感な為政者共は、証拠書類を提示すると、すぐに物資の供出を約束した。あの人の背後に、アムリア軍を中心とした国連防護軍が控えていたのも大きな圧力となった。

 お陰でパルミアの市民は、その年の冬を一人の餓死者も出さずに乗り切ることが出来た。

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