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対テロ特殊部隊スワン 血の巡礼団を壊滅せよ  作者: 風まかせ三十郎


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第23話 手紙

 一、二、三、四、五……。

 壁をなぞりながら呟き続けた数字は二十で止まった。

 コニー・エッフェルは絶望のため息をついた。

 壁に付けた✕の数が日に日に増えてゆく。この部屋に監禁されて、もう、ひと月近く……。

 待てど暮らせど、助かる兆しは一向に現われなかった。

 人と顔を合わすのは、朝夕の食事の時だけ。部屋の見張りに付いた警備兵が、交代で食事を運んでくる。

 他に顔を見せる人といったら、見張り役を統括するバンダナを巻いた天パー男くらい。

 監禁された当日、神父と紫礼装(パープルドレス)が一緒に姿を見せたけど、それっきり二度と現れることはなかった。神父は部屋を去る時、こう言い残した。


「ご安心ください。あなたの婚約者は、クルシアで最高の病院に入院させましたから」


 神父に縋り付いて、尚も秀一郎さんの容体を聞き出そうとすると、


「うるさいねぇ、あんな浮気者にまだ未練があるのかい?」


 紫礼装が割って入った。


「だったら、あたしが連れてきてやるよ。バカ息子の怪我が治ったら」

「……本当ですか?」

「さ~てねぇ、信用する、しないはあんたの勝手だから。まあ、期待しないで待ってるんだねぇ」


 あれから彼女はなにも言ってこない。せめて術後の経過くらい教えてくれてもいいのに……。

 やっぱわたしとの約束を破ったんだろうか? 相手はルール無用のテロリストだ。そんな些細な約束、破って当然という気がする。


 秀一郎さんと別れたのは、クルシア国際空港に到着した直後だった。

 クルシア国軍兵士が歓呼の嵐で迎える中を、七人のテロリストは堂々とロビーを歩いてゆく。

 血の巡礼団(ブラッドピルグリム)とクルシア政府の関係性を如実に物語る光景だ。

 秀一郎さんは担架に乗せられたまま、待機していた黒塗りのワゴンに収容された。

 神父が病院に収容する旨を教えてくれた。


「人質に死なれたら元も子もありませんから。大した傷ではありませんが、一応、一流の名医を手配します」

「……あの、ありがとうございます」


 わたしが小声で意に染まぬ礼を述べると、


「なに、新藤JRは国賓待遇の方ですから。あたら粗末には扱えません」


……皮肉で切り返されてしまった。


 別れ際、秀一郎さんがわたしの手を力強く握り締めた。


「コニー、すまない。嘘をついたりして。でも君を愛する気持ちは真実だ。そのことだけは信じてほしい」


 あのこと--紫礼装と一夜を共にしたという。

 そう、やはり……。


「そんなこと、もう、とっくに忘れました。だから早く元気になって」


 思い出すと涙が止まらなくなる。

 わたしは顔を上げることが出来なかった。

 

 コンコン、コンコン。


 不意にドアをノックする音がした。

 わたしは涙を拭いて立ち上がった。

 

「……どうぞ」


 無造作に開けられたドアの向こうに二人のテロリスト、--バンダナと紫礼装の姿があった。


「聞いたよ。あんた、人質のくせに女王様気取りかい?」


 紫礼装の背後に、秀一郎さんの姿は見えなかった。

 なんてこと……。深い失望に声も出ない。


「あんた、こいつに言ったんだってね。部屋へ入るときは必ずノックをするようにって」


 紫礼装はそう言って、傍らに控えるバンダナをチラ見した。

 彼女は約束を守らなかった。

 腹が立ったんで、思わず語気が荒くなった。


「それがどうしたの? 当然のエチケットじゃない。あなた方の法外な身代金に比べれば些細な要求よ」

「ハハッ、余裕だねえ。テロリストに待遇改善を要求するなんて」


 不意に紫礼装の眼差しが険しくなった。

 

 パッコ~ン!


 イライラが高じたのだろう。彼女、バンダナの後頭部を思い切り引っ叩いた。

 

「おまえも一々要求に応じてんじゃないよ。あんな女にデレデレして。人質相手に少し甘すぎやしないかい?」

「すみません、あねさん」


 横柄な態度でわたしに接していたバンダナも、彼女には頭が上がらないようだ。


「まあ、いいさ。あたしだって人のこと言えた義理じゃないし。人質に手土産を持参するようじゃ、ほんと、焼きが回ったよ」


 彼女が顎をしゃくると、戸口にいた警備兵が姿を消した。


「まったく、こんなことしてやる義理はないんだけど。仕方ないやね。約束なんだから」


 えっ? まさか、秀一郎さんを連れてきてくれたとか?


 彼女の口元がフッと弛んだ。


「そんな顔するんじゃないよ。約束を守った訳じゃないんだから」

「じゃあ、秀一郎さんは?」

「安心おし。怪我は回復したから。もう杖なしでも歩けるよ」


 よかった。

 安堵のため息をついた。

 

「だけど、ここへ連れてくるわけにはいかなくなってね」


 彼女、二つ折りにしたメモ用紙を差し出した。


「変わりといっちゃなんだけど、こいつを預かってきたよ」


 震える手でメモ用紙を開くと、そこには見慣れた筆跡が……。

 間違いない。文字は乱れているけど、秀一郎さんの走り書きだ。

 

 コニー、元気かい? ぼくのことなら心配しないでくれ。怪我は順調に回復している。今はハトバラの中央病院に軟禁されている。よほどぼくを死なせたくないのだろう。担当医はクルシア一の名医。そして待遇も国賓並み。ここに居ると自分が人質であることを忘れてしまいそうだ。ここのところ激務で忙しかったから、いい休養になるだろう。君と一緒なら、なんの不満もないのだが……。

 近々、快適な病院生活に別れを告げることになりそうだ。どうやらぼくを別の場所へ移動させるようだ。ぼくの居場所を隠ぺいするには、中央病院では不都合なのだろう。最近、テロリストの動きが慌ただしくなってきた。あるいはアムリア側が人質救出に動き出したのかもしれない。だから決して希望を捨てないように。君の側にいて、勇気づけられないのが残念だ。なんらかの方法で、新しい移動先を知らせられるといいのだが。ぼくらは必ず再会できる。

 

 PS 再会したら怒らずに教えてくれ。君の誕生日を。最高の婚約指輪をプレゼントするつもりだ。楽しみに待っていてくれ。

 

 読み終えると、メモ用紙をひしと胸に掻き抱いた。

 

 秀一郎さんの温もりが感じられる。

 心の枷が外れたら、全身に生きる力が漲ってきた。

 そんなわたしの様子を見て、バンダナが不満そうな顔をした。


「いいんですかい? そんなもん渡したりして。ボスが知ったら、なんて言うか」

「構うもんか。どうせ、大した事は書いてないさ」

「一応、検閲しといた方が」

「恋文を調べるなんて、そんな無粋(ぶすい)なこと、あたしの趣味じゃないんだよ」


 彼女、きつい眼でバンダナを睨み付けると、


「そうやってスケベ心丸出しにするから、おまえは女にモテないんだよ」

「そんなもんすかねぇ」


 バンダナは不承不承頷いた。


「じゃあ、あたしはこれで引き上げるから」

 

 去り際、彼女、戸口で振り返った。


「いいかい、おとなしくしてるんだよ。そうすりゃ生きて帰れるんだから」


 なんか、らしくない。人質の身柄を心配するなんて。テロリストの優しさって厄介だ。素直に受け取ると、なんか罠に嵌められそうで。たぶん気紛れなんだ。安易に気を許してはならない。アムリア政府が要求を拒否したら、きっと態度を豹変させるはずだ。


 再びメモ用紙に目を落とした。


 秀一郎さんが羨ましい。呑気といおうか、大胆といおうか、人質という立場にありながら、バカンス気分を楽しんでいるのだから……。

 身近な人の意外な一面を見た思いがする。さすがは大財閥の御曹司。お坊ちゃん気質が大物に通じる一例だ。

 いつも側に仕えているのに、まだまだわたしの預かり知らぬ素顔があるんだと、妙な感動を覚えてしまった。

 秀一郎さんが元気でいることはわかった。軟禁場所だって把握できた。なんとか会えるといいのだけど……。

 手紙には、間もなく別の場所に移動すると書いてある。行き先は不明だ。今を逃せば永遠に会えなくなるかもしれない。

 

 いいかい、おとなしくしているんだよ。


 紫礼装(パープルドレス)の言葉が脳裏を過った。

 彼女は予感していたのかもしれない。わたしが脱走を企てていることを……。

 そうだ、グズグズしてはいられない。今夜、決行だ!

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