第22話 作戦発動 白鳥よ 舞い上がれ
「へぇ~、ノワールのブラなんだ? 見かけによらずオシャレなんだ?」
えっ……。
一瞬、バカ女の顔に吃驚が走った。
へへッ、やったね。正解、正解っと。
ノワールのブラは形状を記憶する金属繊維で作られており、女性の胸を形よく見せてくれる。既製品とは一桁違う高級品なのだ。
「あんた、見えないところに金はかけないって言ってたよね?」
リンさんの皮肉めいた呟きに、バカ女は頭を掻いた。
「あのブラにはよ、金属繊維が使用されてるんだ。それが防弾効果になるんじゃねえかと……」
そんなこと、ある訳ないのに。
おバカで苦しい言い訳だ。嫌な奴から一本取ってやった。へへ、快感、快感と。
「フン、可愛げのねえガキだぜ」
バカ女は不貞腐れてそっぽを向いた。
ハハッ、ザマー見ろだ!
隊長が呆れて呟いた。
「いきなり仲間割れか? チームワークは作戦を成功させる鍵だぞ。もう少し、お互いを尊重できんのか?」
先にケンカを売ってきたのは、あの女の方じゃん。それをわたしも同罪だなんて。
でも隊長に口答えしたら、わたしの立場が悪くなる。ここはグッと堪えて……。
「さて、最後の二人だが……」
大尉はテーブルの最奥に座った、二人の曹長に目を向けた。
「共に士官学校の候補生だ。右がリン・カンザキ。左がクリスチーネ・リネロ。今回は曹長待遇で作戦に参加してもらうことになった。演習で見せた実力を存分に発揮してもらいたい」
待ってましたとばかりに、バカ女が勢いよく立ち上がった。
「まっ、これでも士官学校じゃトップクラスの成績なんでね。少なくとも、そこにいるガキよりはお役に立てるでしょうよ」
偉そうなこと言うと、優越感に染まった視線を、なんとわたしに振り向けた。
フ~ン、わたしにケンカ売ってるんだ。
でも意外、あの女が軍のエリートを養成する士官学校の生徒だとは……。
そしてお隣の人、リン・カンザキさん。
なぜ、こんな兵士らしくない人が選ばれたのか?
「皆さんのお荷物にならないよう頑張りますので、どうかよろしく」
リンさん、そう言って深々と頭を下げた。
なんか頼りなさげ。来る場所を間違えたとか……。隊長はなんら気に留めていないようだけど。
一頻り、全員の紹介を済ませると、
「以上、この六人がメンバーだ。作戦終了まで他の者は絶対に信用するな。むろん他言は無用だ。いいな?」
総員、無言で頷き返す。
隊長は鞄から書類一式を取り出すと、
「これから作戦の概要を伝える。今から伝えることは、各々の頭に仕舞っておくように。ディスク、その他に記録することを一切禁じる」
機密保持にはそれが一番ってわけね。果たして一度聞いただけで覚えられるものかしら? 一言も聞き逃すまいと身構えた。
「まず最優先事項を確認する。皆も知っての通り、我々の任務は人質救出だが、実は国防総省から特注が入っいる。この二人だけは最優先で救出するよう密命が出されている」
隊長は二枚の写真をメンバーに回覧した。
「シンドウ財閥のお坊ちゃんと大物政治家の娘だ。いずれも国家の指定したVIPだ」
手渡された写真に目を落とした。
あら、可愛いい人。リンさんといい勝負かな。でも上流階級の人って、どこか気品があるのよねぇ。そういえば、この人、どこかで見かけた気がする。どこでだったかな? テレビ、ネット、週刊誌?
「どうしたの? エッフェル嬢の写真ばかり見つめて」
ふと顔を上げたら、アイリーン大尉が悪戯っぽくほほ笑んでいた。
「いえ、なんでも……」
エッフェル、エッフェル、エッフェル……。そうだ、あの人だ!
以前、上流階級のお屋敷に招かれて、千里眼の余興をやった覚えがある。
あのとき周囲の着飾った人々は、わたしやパパを胡散臭い眼で眺めていた。そんな人々の中にあって彼女だけが、エッフェル嬢だけが、率先して拍手してくれた。
他の人の追従の拍手なんて、どうでもよかった。彼女はまだ十歳だったわたしを引き寄せると、優しく頬にキスしてくれた。素晴らしかったわ。そんな一言を添えて。嬉しかった。心底、あのおねえさんに憧れたっけ。
写真が一通り回覧されると、ムター大尉が押し殺した声で呟いた。
「シンドウ財閥会長の新藤源一郎氏と、上院議員のモーリー・エッフェル卿が血の巡礼団との裏交渉を認めるよう、政府に圧力をかけている。やはり自分の孫や子供は可愛いらしい」
「テロリストと妥協してまで近親を助けたいだなんて、まったく、なんて人たちなの!」
アイリーン大尉が語気を荒げた。
「敵の狙いは小型核という噂もある。それが事実なら、交渉は不成立になるだろう。そうなると、やはり人質の身が心配だ」
隊長は口元に皮肉っぽい笑みを浮かべると、アイリーン大尉を見た。
「我々の仕事はお偉方の尻拭いをすることだ。それを忘れるな」
「……」
アイリーン大尉が肩を竦めて押し黙った。
隊長は一同を見渡すと、
「さて、質問がなければ、これから作戦内容の説明に移りたいのだが……」
「ちょっと待ったぁ」
クリスが勢いよく手を上げた。
「作戦の説明に入る前に、まず部隊名を決めるべきでしょうが!」
「そうか、なるほど、部隊名か」
隊長は伏目がちに考え込んだ。
わたしも沈黙の内に意識を沈めてゆく。そうして徐々に隊長の意識に同調してゆくのだ。
突然、羽音がして、闇の中を白鳥が舞った。
来た! 一、二、三、四、五……、六羽だ。
地上では鍔広帽子を被った白いサマードレスの少女が、飛翔する白鳥を眺めている。
誰なの? 彼女は……。
意識はすぐに途切れた。
隊長が双眼を見開いた。
「部隊名は白鳥だ。そして作戦名は……、白鳥よ、舞い上がれ」
「白鳥? 白鳥ねえ」
クリスは気に入らないようだ。
でもわたしは……。
--白鳥。女性部隊に相応しい可憐な暗号名だ。
うん、気に入ったよ。
わたしは遠足の前日のような高揚感に浸っていた。
ーー白鳥よ、舞い上がれ。
一月十五日を期して、ついに作戦は発動された。




