第18話 よくわかりませんが……。最終試験合格です
意外な言葉が彼女の唇をついて出た。
なんで、あたしらのこと知っている? あたしらのこと、チェックしてた? 一次試験ってなんのこと?
クリスも同じ疑問を感じていたようで……。わたしと眼が合ってしまった。
金髪は両腕を下げると、左脚を踏み出して自然体の姿勢を取った。
「最終試験だ。おまえたちの格闘技術が見たい。さあ、相手をしてやる。銃を置け!」
クリスも相手に触発されたように、銃を机上に放り投げた。
「おい、リン。もし相手が武器を持っていたら援護を頼むぜ」
「うん、わかった!」
クリスは準備運動とばかりに組み合わせた指をボキボキ鳴らすと、金髪を睨み付けた。
「なかなか骨のあるおねえさんじゃねえか。気に入ったぜ。敵さん、歯応えのねえ連中ばかりで、腕の振るいようがなくて困ってたんだ」
金髪が唇に微笑を漂わせた。
「安心しろ。試験に合格したら、いくらでも歯応えのある連中を紹介してやる」
「試験だと? さっきから、なにわけのわかんねえことをゴチャゴチャと……」
クリスが慌てて言葉を呑んだ。
金髪が歩速を早めて急接近してきた。繰り出された右ストレートがクリスの顔を掠めた。
逸れたと思ったら、クリスの身体が横っ跳びに吹っ飛んだ。
いったい、なにが起こった!?
倒されたクリスは顎を押さえて苦悶している。
そうか、肘だ。相手の肘が顎にヒットしたんだ。
目にも止まらぬ早業。
金髪は冷笑を浮かべて、クリスを見下している。
遅ればせながら、小銃を腰だめに構えて援護射撃。
弾がペイント弾であることも忘れて、慌てて引き金を引こうとしたら、クリスの怒声が飛んだ。
「やめろ! 手を出すんじゃねえ! もし手を出してみろ。敵より先におめえをぶん殴る!」
「フフッ、根性だけは一人前だな。よし、おまえにチャンスをやろう」
金髪が机上の小銃に手を伸ばした。
「資料に、おまえはナイフが得意とあるが。どうだ、こいつで決着をつけないか?」
銃剣を外した小銃を再び机上に放置した。
クリスの口元に微笑が浮かんだ。
「おもしれえ、その勝負、受けて立とうじゃねえか!」
金髪と同じ手順で銃剣を小銃から外すと、それを右手に握り締めた。
彼女の趣味はナイフ収集だ。むろん、その使用方法にも精通している。
金髪はその事実を知りながら、あえて銃剣で闘おうというのだ。
キィーン!
金属のかち合う音が、あたしの意識を現実に引き戻した。
銃剣同士が互いの刃に噛みついた。飛び散った火花は、二人の旺盛な戦意を象徴しているかのよう。
数秒の間、力による押し合いが続いた。
二人の真ん中でかち合った銃剣が、徐々にクリスの方へ傾いてゆく。不利な体勢を打開すべく、クリスは相手の銃剣を弾いて跳び退いた。息つく間を与えずに、再び跳躍して金髪に襲いかかった。
突き出された銃剣の切っ先を、金髪は後退しながら右に左にかわしてゆく。体重を感じさせない、風のような軽やかな動き。
次第に募る焦燥感が、クリスの腕の振りを大きくしてゆく。
金髪はその隙を見逃さなかった。
まさに一瞬の出来事!
クリスの左手の指を素早く握って引き倒すと、首筋にサッと銃剣を突き付けた。
クッ……。
クリスは小さく呻いたきり身体を凍り付かせた。
金髪の口元に挑発的な笑みが浮かんだ。
「どうした? それで終わりか?」
クリスの顔が屈辱で歪んだ。でも利き腕を逆手に押さえられては、もはや身体の自由をはく奪されたも同然だ。
金髪は何を思ったのか、突然クリスを突き放した。
コン二ャロ~!
踏み止まったクリスが、懲りずに銃剣を振りかざして突進した。
怒りが招いた勇み足。軽く往なされると、上半身が惰性で流れた。
金髪のつま先がクリスの脛をポンと蹴った。
絶好のタイミング。クリスは呆気なく倒れた。
金髪がその首筋に、すかさず銃剣を押し付ける。
「これで二度目か。わたしが本当の敵なら、おまえはとっくに死んでいるな」
振り向きざま、クリスの銃剣が弧を描いた。でも狙い澄ました一撃は、あっさりと金髪の左腕で受け止められた。
「いいか、根性だけでは勝てんのだ。もう一度、士官学校で鍛え直してこい」
クリスの首筋から火花が散った。見開かれた双眼が焦点を失って閉じられた。
電撃で失神したのだ。
「クリス!」
思わず叫び声が咽喉をついて出た。
金髪が挑発するように、わたしを見て忍び笑いを漏らした。
コノォー!
さすがのわたしも腹が立った!
目の前でクリスが倒されたことも手伝って、わたしは過度の興奮状態にあったのかもしれない。
小銃を腰だめに構えて金髪に突進した。
金髪が咄嗟に半身の姿勢を取った。わたしの突進を余裕でかわすと、からかうように掌で銃身を叩いた。
バシッ!
銃剣の切っ先が床に当たって火花が散った。
そのまま下から斬り上げると、金髪が飛び退って叫んだ。
「ダメだ! そんな大振りでは敵に乗じられるだけだ」
一瞬、例の鬼教官に怒鳴られたような錯覚を覚えた。
そうか……。
教科書通りに小銃を脇に引き付けた。
上下から前後へ。銃剣の動きに変化が生じた。
金髪の表情が険しくなった。身体を捻って銃剣をやり過ごすと、回転する勢いを利用して掌底を放った。
素早く身体を沈めて、金髪の一撃を回避する。
金髪の右腕が空しく宙を切った。握り締めた小銃の銃床を、金髪の顔面狙って叩き込んだ。
ガシッ!
骨の軋む音がした。
金髪は交差した腕を盾にして、かろうじて銃床を跳ね上げた。そのまま背中から倒れたのは、銃床の衝撃を殺ぐためだ。
倒れた金髪を狙って突き出した銃剣は、空しく床に接触した。
クソクソクソ……。
心中で雄叫びを上げながら、銃剣の切っ先で転がり逃げる金髪を追い続ける。
アッ!
突然、身体のバランスが崩れた。
金髪の右脚が、あたしの左脚を跳ね上げたのだ。目に映る風景が斜めに切れた。金髪が勝ち誇った顔で、あたしを見下していた。そして首筋にはひんやりした銃剣の感触が……。
「ここまでわたしを追い込むとは……。さすがはフォックス教官の見込んだ生徒だけのことはある。リン・カンザキ。最終試験合格だ」
火花が散ったのは首筋か、それとも目ん玉か……。わたしは意識を失った。




