第17話 ラスボスは最強女性士官!?
ヒュッ!
銀光が風を切った。わずかに目を細めた。敵兵の打ち下ろした銃剣が陽の光を反射したのだ。
クリスは右へ、あたしは左へ……。跳躍すると、そのまま地面へ転がった。
直後、銃剣の切っ先が土塊を跳ね上げた。敵兵の双眼が一瞬目標を見失った。
クリスが銃剣を先にして小銃を投げつけた。敵兵の胸から火花が散った。銃剣が命中したのだ。
小銃を拾い上げる時間はなかった。
丸腰のクリスに新たな敵兵が襲いかかった。手強い兵士だ。銃剣を大振りすることなく、小刻みに突き出してくる。クリスはかわすだけで精一杯。なかなか反撃の機会が掴めない。
あたしは焦った。援護射撃ができない。射撃がへたくそなので、クリスを撃つ可能性がある。
そうだ、いい手がある!
胸ポケットから鏡を取り出した。むろん身だしなみに使うものではなく、通信用に使うものだ。
太陽の光を反射させて、敵兵の目を射た。
一瞬、突き出された敵兵の銃剣が宙で止まった。
クリスはその隙を見逃さなかった。左手で素早く銃身を掴むと、両足で相手の身体を挟んで激しく身体を半回転させた。
二つの肉体が鈍い音を立てて地面に激突した。折り重なった影が上へ下へと回転する。
格闘術の実力が拮抗しているのだろう。互いに相手を制することなく、塹壕の中へ転げ落ちた。
「クリス!」
彼女の銃を拾い上げると、慌てて後を追いかけた。そして不用意に塹壕の中を覗き込んだ。
一瞬、黒い頭髪と、緑地に黒と黄の迷彩服が目の前一杯に広がった。
直後、瞳の奥で火花が散った。
キャ!
避ける間もなく、塹壕から跳び出したクリスの頭とゴッツンコ!
ぶつかった衝撃で、あたしはその場にひっくり返った。
手にした二丁の小銃が宙へ飛んだ。
「バカヤロー、気を付けろ!」
クリスが塹壕の中で頭を抱えてわめいた。
「なによ! ぶつかってきたのはあんたでしょうが!」
わたしも額に手を当てて叫んだ。
彼女の右手には電撃銃が、そして背後には先ほどの敵兵が倒れていた。
今回は演習なので、戦闘用のコンバットナイフの代わりに、電撃銃が支給されている。電撃で気絶した敵役の兵士は、戦闘が一段落した後、看護兵が担架に載せて回収するのだ。
言い争いしている暇なんてなかった。
クリスがあたしの背後を指さし叫んだ。
「危ねえ、リン、後ろだ!」
振り向けば小銃を構えた敵兵の姿が見えた。
撃たれる! そう思った瞬間、敵兵の引き金を引く指が同じ動作を二度三度繰り返した。
ラッキー! 弾詰まりだ。
敵兵が小銃を構えて突進してきた。その素早い動きは、あたしに立ち上がる隙を与えなかった。
打ち下ろされた銃剣は、脇腹の横一インチの場所に穴を穿った。辛うじて左へ身体を捻ると、小銃を求めて視線を走らせた。
あった!
目端に映る我が愛器XM231コマンド。
続けざまに繰り出される銃剣が、小銃を拾う隙を与えなかった。
二撃、三撃、四撃……。銃剣の穿った跡が地面に点々と続いてゆく。地面を転がりながら徐々に小銃へ接近を図る。冷たい金属の肌触り。やっと捕まえた!
素早く相手の胸に銃剣を突き付ける。銃剣を突き下ろそうとした敵兵の動きが完全に止まった。
このまま電撃で気絶させるのは可哀そうなので、引き金を引いて、ペイント弾で決着をつけた。
敵兵に退場の指示が出て、あたしはなんとか死地を逃れた。
小銃を杖にヨロヨロと立ち上がる。
「いや~、参ったぁ。敵さん、ファイト満々だ。もしかして、これ実戦? って勘違いしそうだわ」
クリスが周囲を見渡した。
「おい、リンよ。なんかおかしくねえか?」
「なにがよ」
「俺ら以外、だあれも姿を見せねえぞ」
言われてみれば……。演習に参加した戦友たちは誰一人姿を見せない。
「まさか、あたしら以外、全員脱落したとか?」
「いや、連中、そこまでヤワじゃねえと思うけど……」
三十ヤード向こうにプレハブ造りの平屋が見える。今回の演習に際して作られた仮設の敵作戦指揮場だ。
クリスが不満顔で呟いた。
「仕方ねえ。こうなったら二人だけで侵入するか?」
「ええっ! それって死亡フラグ立ってない?」
「来もしねえ味方を、いつまで待っても始まらねえだろ? 要は敵の指揮官を倒せば、それで演習はおしめえなんだ。さっさと決着つけちまおうぜ」
「ええっ、たった二人で! それって戦術の基本に反するような……」
「臨機応変に戦えって、教官も言ってたろ? 突入のタイミングを逸すると、勝利の女神がそっぽを向くぜ」
「あたし、レズじゃないから女神には興味ございません」
「じゃあ、軍神マルスにでも祈るんだな。ギリシャ神話のよ。きっと筋肉質なイケメンだぜ。おまえ好みのよ」
まっ、肖像画で観る限り、まったく素晴らしい男っぷりではございますが……。
「はいはい、マルスが筋肉質でイケメンなら、なんの不満もございません」
協定成立。
クリスの顔に覇気が漲った。
「よし、行くぜ!」
小走りに戦闘指揮場へ接近する。
クリスがドアノブに手をかけた。ドアが開いていることを確認すると、互いの目を見て突入の覚悟を決めた。
緊張の一瞬。
今だ!
タイミングを計って、クリスがドアを蹴破った。そのまま小銃を構えて部屋へ侵入すると、左右に散って内部の状況を確認する。
室内には大型の机がひとつ設えてあるだけだった。
机の上には地形図が載っていた。味方の侵入経路から敵方の配置まで、事細かに記号が記入されている。
そして机の向こう側には……。パイプ椅子に座った女性が一人。
敵方の指揮官だ。年頃は二十代後半か。迷彩服をまとったスレンダーな肢体にショートカットの金髪が映える。なかなかいかしたおねえ様なんだけど。
クリスの指が引き金にかかった。
「さあ、武器を捨てな。おとなしく投降した方が身のためだぜ」
ところが敵さん、なんら動揺する素振りを見せない。それどころか頬に不敵な笑みすら浮かべている。
「やはり、おまえたちが一番乗りか。まさか精鋭揃いのわたしの部下を打ち倒すとは……。R・カンザキ、C・リネロ。共に一次試験合格だ」




