第16話 へこたれません 勝つまでは!
「それにしても、またずいぶんと無茶したな、おまえ……」
「なんだ、わたしの勇姿、見てたんだ?」
「ああ、おまえの暴走をな。あれじゃ、敵さんの恰好の標的だぜ。もう少し注意しろよ」
前方を見ると、わたしを狙い撃ちしようとした兵士が、胸に赤いペイントを付着させて、督戦教官から退場を指示されていた。間一髪、クリスが敵兵を仕留めてくれたのだ。
二人して茂みまで走ると、岩陰に身を隠した。そこが目標地点A1だ。
一息つくと、肩紐の携帯無線機に手を伸ばした。
「こちらリン・カンザキ。ポイントA1に到着」
折り返し大隊本部より連絡があった。
「了解、予定時刻まで現場で待機せよ」
「借りるぜ」
クリスがわたしのハンドマイクを奪い取った。
「こちらクリスチーネ・リネロ。ポイントA1に到着」
「了解、予定時刻まで現場で待機せよ」
わたしは呆れて呟いた。
「もう、無線機くらい自分のを使いなさいよ」
クリスからハンドマイクを奪い取る。
まったく、この横着もんが。
「まあ、そう怒るな。これも相互支援の一環だろ? 戦場じゃあ、お互い、持ちつ持たれつじゃねえか」
クリスが涼しい顔して呟いた。
腕時計に目を落す。文字盤に5:00の文字が浮かび上がる。
突入予定時刻まで残り五分を切った。他の戦友はどうしていることやら。この激しい銃撃戦の中で、いったい何人の戦友が脱落せずに生き延びているのか。
「よかった、あんたが無事で。心細そかったんだ。仲間が全員脱落してたら、どうしようって……」
そう思うと、傍らの戦友が頼もしく見える。
「ハン、俺っちがそんなドジ踏むわけねえだろう?」
クリスは正面の敵から目を離さなかった。
課業で教わった基本動作に忠実なのだ。でも口だけは例外だ。
「まっ、おまえが無事なんだ。仲間は誰も脱落しちゃいねえさ」
「それ、どういうことよ?」
「つまりよ。おまえよりグズはいねえってことさ」
目が点になった。
この~、言ってくれるじゃない。
「その救いようのないグズより遅れたのは、どこのどなたさんでしたっけ?」
「仕方ねえさ。俺っちはグズな仲間の面倒みながら前進してたんだから……」
クリスが肩を竦めて呟いた。
「言っとくがなあ、戦友の援護に回るっていうのも、大切な任務なんだぜ」
あっ、そういうことか。
「もしかして作戦開始から、ずっとわたしの援護に回っていてくれたとか?」
「そうでなけりゃ、おまえに遅れをとったりしねえって」
自分が狙い撃ちされなかったのは決して偶然ではなかった。
彼女が援護に回ってくれなければ、今頃わたしは……。
「ありがと、おかげで助かった」
幼い頃から何度言ったかわからない。
わたしは彼女に助けられっぱなし。
「気にするなよ。仲間だろ」
クリスの唇から白い歯がこぼれた。
硝煙と泥土に塗れた、それでも輝いている笑顔。
わたしも釣られてついほほ笑んでしまった。
腕時計に目を落とすと、突入時刻一分前を表示していた。
「さてと、そろそろ時間だぜ」
数十秒後、--バァーン!
上空で信号弾が炸裂した。黒煙たなびく青空に数条の光が明滅した。
「オラ、行くぜ!」
気合一閃、クリスは岩陰から身を躍らせた。
なんの躊躇も感じられない、その素早い身のこなし。弾が当たるなんて考えもしない怒涛の突進力。敵はおろか、味方までも圧倒してしまう、あの命知らずの糞度胸は、いったいどこから沸いて出るのか。
ああっ、しまった!
慌てて岩陰から跳び出した。遥か彼方に先行するクリスの背中が見える。
まずい、五秒は出遅れたか? とんでもない大遅刻! これが学課なら午後の授業に顔を出すようなもの。廊下に立たされるくらいなら儲け物。戦場なら、罰則として生命を要求されかねない。
わたしって、どうしてこうドジっ子なんだろ?
これじゃ、グズのレッテル返上できないよ。
最悪の連携プレー。このままじゃ、先行したクリスに敵の銃火が集中する。
どうしよ、どうしよ、自分の失態で戦友を危険に晒すなんて。
そうだ、クリスを追い抜くんだ! 追い抜いて、自分の方へ敵の注意を引き付けるのだ。
オリャアー!
唇から裂帛の気合が迸った。刹那、理性は吹き飛び、狂気がこれに取って代わった。
戦場を駆ける稲妻。後に戦友の一人がそう形容した。先行するクリスをものの十秒で抜き去った。吊り上がった双眼が映したものは、恐怖に怯える敵兵の姿だった。
わたしとクリス、競い合うように敵堡塁へ突入した。
「一番乗り!」
そう叫ぶや、クリスは敵兵の腹部に銃床を叩き付けた。
わたしも銃剣で敵兵に切りかかる。
突き出した一撃が空を切った。すかさず敵も銃剣を突き出してくる。
クソッ!
間一髪、相手の銃身を左手で掴み取ると、銃剣を敵兵の脇腹へ叩き付けた。
バチッ!
飛んだのは赤い血しぶきではなく、青白い火花だった。
小銃の先端から突き出た金属棒は、昔の名残で銃剣と呼ばれているけど、十万ボルトの電流が流れる電子銃だ。
一撃必殺、実戦であれば人間など触れた瞬間に感電死なのだが、今は演習なので、低電圧に押さえられており、触れても身体が痺れて動けなくなる程度。人が死ぬことはない。
不意に背中に悪寒が走った。直感の命じるままに腰を落とすと、頭部を銃剣が掠めた。
電子銃の熱線がチリチリと髪を焦がす。
わずかコンマ数秒で、髪の毛がひと房空しく地面に落ちた。
アアッ、なんてことを!
最低の理容師による最低のパーマ。
当分の間、鏡を見るたびに気持ちはブルーになるだろう。
よ、よくも乙女の命を……。
振り向きざま放った水面蹴りが敵兵の脚を薙いだ。
目にも止まらぬ早業! 敵兵は頭を強か打って悶絶した。
「パーマ代よ。足りなかったら遠慮なく言ってね」
腹立ち紛れに舌を出す。
背中越しにクリスの声がした。
「ハハッ、敵さん、命拾いしたな。おまえを怒らせて生き延びたやつはいねえってな」
わたしも負けじと言い返す。
「あ~ら、狂暴性ならあんたの方が遥かに上だと思うけど。なんなら敵さんに訊いてみようか?」
あたしが二人でクリスが一人。わずか三十秒の間に、二人で三人の敵兵を打ち倒した。
--白兵戦になったら、一人当たり三十秒以内に片付けろ。
鬼教官から教わった戦場の鉄則を、わたしらは余裕でクリアしたわけだ。




