第13話 総員機内に突入せよ
時間だ!
レナは腕時計から目を離した。
瞬間、強烈な爆風が髪をかき乱した。漆黒の闇を染め上げた巨大な火柱。
機首前方七十ヤードの地点。第三班が爆薬に着火したのだ。
濛々と湧き上がる黒煙が機体を呑み込んでゆく。
バンダナが搬入口から身を乗り出した。
今だ!
敵のわずかな隙をついて全力で走り出す。黒煙が格好の煙幕になって、接近するわたしの身体を隠してくれる。
ベルトローダーに跳び乗ると、一気にベルトを駆けあがった。
ようやくバンダナが気が付いた。流れる黒煙の隙間から銃口を差し向けてくる。
彼我の距離は三ヤード。正に目と鼻の先。
クソッ、間に合わないか!
バンダナの唇が笑みで歪んだ。獲物を仕留める狩人の心境か。
引き金にかかった指が微かに動いた。そのとき、
グオッ!
突然、バンダナの身体が前のめりに吹っ飛んだ。背後からカリナに突き飛ばされたのだ。
ジャンプ一閃、倒れかかったバンダナの顔面に鋭角的な膝蹴りを叩き込んだ。
ドエッ、
バンダナの身体が宙を舞った。背面の壁に激突して床にゴロリと転がった。
カリナがつま先で、やつの身体を引っ繰り返した。
バンダナは白目を剥いて気絶していた。
ひしゃげた鼻から血が流れている。前歯もニ、三本折れたようだ。この様子なら当分意識は戻るまい。
カリナが指示を仰いだ。
「始末しましょうか?」
「いや、放っておけ。それより……」
顎をしゃくって食糧箱を開封させた。
箱の底に強行突入用の銃器類が仕込んである。使い慣れた回転式拳銃S&W M66コンバットマグナムを握り締める。
安堵感が全身に染み渡ってゆく。
長年の習慣だろうか。武器を身に着けていないと、なんか素っ裸になったようで落ち着かない。
カリナも短機関銃に弾倉を装填すると、槓桿を引いて初弾を薬室に送り込んだ。
彼女は下着姿のままなので、銃を握っていても落ち着かないようだ。
地上に眼をやると、ギャレーサービス車から次々に部下が下車するのが見えた。
遅い!
爆破から、すでに一分が経過していた。
後続の者が突入口を確保するまで、わたしたちがこの場から動くことができない。二階の制圧が遅れると、それだけVIPを危険に晒すことになる。
「急げ!」
声を張り上げて部下を叱咤する。
ユリナが先頭を切ってベルトローダーに跳び乗った。そのとき、
ドォーン!
目の前で眩い閃光が炸裂した。
とっさに荷物室ドアの陰に身を隠す。直後、爆風が凄まじい勢いで荷物室を吹き抜けた。
カリナが爆風の直撃を受けて倒れた。
「カリナ!」
駈け寄って抱き起すと、カリナは顔をしかめて右腕を庇った。
どうやら利き腕を骨折したようだ。
仕方ない、彼女を戦力から外すことは大きな痛手なのだが。
黒煙に咽びながら、外の様子を確認する。
橋頭保のベルトローダーが真っ二つにへし折られていた。地面に伏した隊員たちが、呆気に取られた表情で機体を見上げていた。
ドォーン!
続けざまに機首方向で爆発が起こった。
前部荷物室のベルトローダーが炎に包まれて倒壊した。
機体中央の乗降口に人影があった。
身長は優に六フィートを越えているだろう。肩に載せた対戦車ロケット砲が一回り小さく見える。
あの巨漢がベルトローダーを破壊したのだ。
黒煙の流れる隙間に、地上に横たわる隊員の姿が見えた。
あれはユリナだ。
助けたいには山々だが、今は一刻を争うときだ。無視するしかない。
「梯子だ、梯子を乗降口にかけろ!」
混乱する部下に向かって大声で怒鳴った。
荷物室の乗降口を確保してあるので、梯子をかければ機内に侵入できる。
わたしの命令を受けて、二人の隊員がギャレーサービス車に走った。
苦し気に立ち上がったカリナに、拾い上げた短機関銃を握らせる。いざというとき自分の身を守るためだ。
そのとき背後で爆発音が鳴り響いた。
振り向くと、ギャレーサービス車が炎上していた。対戦車ロケット砲の直撃を受けたのだ。炎に包まれた隊員が地面の上を転がっている。
梯子を失った今、機内に移乗する手段は完全に失われた。
機内に残った隊員はわたしを含め二名だけ。しかも一名は負傷している。
前部荷物室から侵入するはずの第二班も、同様の惨状に見舞われているはずだ。
イヤリング型の通信機に連絡が入った。
隊長からだ。
「レナ、聞こえるか? 作戦は中止だ。至急ターミナルまで撤収せよ」
イヤリングを捻って通信を切った。
いや、まだだ。まだ失敗したわけじゃない!
背中合わせのカリナを顧みると、
「カリナ、ここから飛び降りろ。急げ!」
カリナが目を丸くして、わたしを見た。
「中尉は?」
「VIPを救出する」
「一人で? 無茶です! わたしも同行します!」
「怪我人は足手まといだ。時間がない。早くしろ」
無駄な言い争いで時間を浪費してはならない。今は一秒の遅れが生死を分かつのだ。
むろんカリナもそのことは承知している。
「わかりました。中尉、お気を付けて」
「下でユリナが倒れている。頼んだぞ」
「了解」
カリナは挙礼をすると、身を翻して機外へ飛び出していった。
一人か……。久し振りに楽しめそうだ。
湧き上がる愉悦を抑えきれない。
拳銃を構えると、通路の壁伝いに走り出した。




