第11話 第一分隊突入準備
「もう、帰ったら、主計科に掛け合って、特別手当支給してもらうんだから……」
ユリナは下着姿になっても、まだブツブツ文句を言っている。
カリナが耳元でささやく。
「機内にはわたしたち二人で侵入します」
「……すまない」
用心深いテロリストだ。銃器類がなければ大幅な戦力ダウンは免れない。
グラサンが焦れたようにわめいた。
「おい、そこの女、おまえも早く脱げ!」
「この人、怖がって動けないんです」
カリナの返事に、グラサンは床を蹴って舌打ちした。
「なんだ、ブルっちまったのか? 仕方ねえな、おい、おまえ、ベルトローダーを使って昇ってこい。そうだ、一人だけだ。おまえは下にいて、ベルトローダーに食料を載せろ」
グラサンの指示に従って、カリナがベルトローダーに足をかけた。
ゆっくりと上昇してゆく彼女の後姿を、下からユリナが心配そうに見守っている。
カリナが昇降口に辿り着くと、もう一人のテロリストがすかさず銃を突き付けた。
パーマ頭にバンダナを巻いた色黒の若い男だ。
「へえ、なかなかいい女じゃねえか。どうだい、その下着も脱いじまってよぉ、俺たちに裸のサービスしてくれねえか」
むろんカリナは相手にしない。
グラサンが下へ声をかけた。
「よーし、ベルトローダーへ食糧を載せろ」
再び視線をカリナへ向けると、
「おまえはここで食糧を受け取れ」
「……あの、調理室まで運ばなくても?」
「それは機内の者にやらせる。余計なことは言うな。黙ってやれ」
手練れなテロリストだ。
こちらの思惑をうまい具合に外してくる。
このままでは機内の様子を探ることができない。情報を得られるまま突入すれば、乗客に多大な犠牲を強いることになる。なんとしても、それだけは避けなければならない。
うん? あれは……。
レナは闇の中を凝視した。
一台のギャレーサービス車が機首方向へ向かって接近してゆく。
S・セーガン中尉の指揮する第二班が作戦行動に移行したのだ。
グラサンが車を指さしてわめいた。
「おい、ありゃなんだ?」
「ギャレーサービス車ですが……」
カリナは気にする素振りもみせずに、抱えていた食料箱を荷物室の奥へ積み上げた。
グラサンが苛立ち気味に床へ唾を吐いた。
「そんなことぁわかってる。問題は何を積んでいるかだ」
「決まってるでしょ。食糧ですよ」
「おい、あの車もこっちへ回せ。搬入口を一本化するんだ」
的確な指示だ。
間口を狭めておけば、特殊部隊に突入されても少人数で防ぐことができる。
カリナが荷物を運ぶ手を休めた。
「そんなことをしたら、搬入に時間がかかりますよ」
「どれくれえだ?」
「そうですね、小一時間はみてもらわないと……」
「クソッ、だから言わんこっちゃねえ。乗客なんざ、水だけ与えておけゃそれでいいんだ。それを神父の野郎……」
グラサンは傍らに控えるバンダナに目を向けた。
「仕方ねえか。おい、俺は前部荷物室に回る。おまえはここの監視を続けろ」
「わかった。こっちは任せとけ」
「いいか、女だからって油断するんじゃねえぞ」
グラサンが乗降口から姿を消した。
残るはバンダナ一人だけ。
あの男を他の仲間に知られぬよう処分すれば、機内への突入は容易だ。
そのとき耳たぶに刺すような痛打が走った。耳に下げたイヤリング型の通信機に、外部から別の通信が入ったのだ。
荷物室における会話の盗聴は一時中断しなければならない。
イヤリングを捻って通信を切り替える。隊長の落ち着いた声が頭蓋に響いた。
「いいか、そのままで聞け。先ほど機内にいる軍関係者から情報を入手した。信憑性は高いと推測される」
まさか味方が乗っていたとは……。
ありがたい、これで作戦を有利に進められる。
「テロリストは六人と思われる。そのうち五人がイングラムMAC型の短機関銃を装備している。それから懸案のVIP二名は、二階中央付近の座席にいるそうだ。女性のテロリストが見張り役で張り付いている。最優先で救出しろ。もし死なせでもしたら、たとえ他の人質全員を救出しても、我々は軍にいられなくなる」
失敗の責任は現場持ち。こらがお偉方のやり方だ。
冗談ではない。
ならばすべての判断を現場に任せるべきだ。
時々、上層部の連中が敵に思えることがある。
VIPの保護を最優先だと? とんだ足枷を嵌められたものだ。現場を無視した命令の無理強いが、無用な出血を強いるのだ。
「突入時刻は04:30時ジャスト。作戦内容に変更はない。以上だ」
「……了解」
再びイヤリングを捻ると、ギャレーサービス車の中で待機中の部下に小声で新たな命令を伝える。
わたしとユリナとカリナの三名にバックアップが二名。以上の五名で二階を制圧する。残りの隊員は予定通り機体後部より突入。機体前部より突入した第二班と連携して一階を制圧する。
突入時刻まであと五分。
淡々と進む積み込み作業を見守りながら、意識を闇の淵に沈めてゆく。微かな音、微かな臭い、微かな光。暗黒の世界に兆しが表れたとき、再び意識は覚醒する。無意識に巣食う悪魔を解放して、弛緩した肉体を強靭な跳弾へと変容させるのだ。




