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対テロ特殊部隊スワン 血の巡礼団を壊滅せよ  作者: 風まかせ三十郎


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第10話 第一分隊作戦行動開始

 夜の闇に中に不夜城のごとく盤踞する超大型旅客機FF-A800

 全長九〇メートル余りの巨体に五百名の命を飲み込んで、何人にも侵しがたい安らかな眠りを貪っていた。

 目覚めさせてはならない。

 銀翼が朝焼けの空を飛翔すれば、それは救出作戦の失敗を意味するのだ。

 

 レナはギャレーサービス車から下車すると、コンテナの扉を左右に開いた。

 同乗した隊員は十二名。うち二名が女性隊員だ。


 犯人側は食糧を要求する際、女性に運ばせるよう指示した。

 その代わり、女性や子供、高齢者など、約四百名の人質の解放を約束した。

 

 既に貨物ローターは機体後部の荷物室に接続してある。

 用意した食料を搬入するのに約ニ十分。そのわずかな時間を利用して、機内の様子を伺いつつ、隙あらば突入するのだ。

 できれば搭乗している二人のVIPの身柄を確保したい。彼らがテロリストの手中にある限り、我々の行動は大幅に制限される。それは他者の命に重大な影響を及ぼす可能性があるのだ。二人のVIPを見殺しにする気なら、複数の手段が考えられるのだが。


 三十分前に最初の人質が殺された。死体は中央の乗降口より機外へ放り出された。

 犠牲者はアムリア人の司祭だった。出血の状態から、かなり以前に殺されていたようだが。

 トルネシア政府は即座に燃料補給車を手配した。人身保護というよりは、むしろ厄介払いしたいというのが本音だろう。テロリストを敵に回すと、今度は自国民が標的にされかねない。

 VIP保護の最優先という、アムリア政府の弱腰外交が招いた結果だった。

 政治家共の尻拭いは、いつも我々に回ってくる。文民統制(シビリアコントロール)の悲劇。政治家と軍人は今や時代の表裏を形作る運命共同体なのだ。


 食糧箱を抱えて歩みを進めてゆく。左右に二名の女性隊員が付き従う。

 各々作業服を着込み、空港の整備士に成り済ましている。

 開かれた貨物室ドアの陰に、二人のテロリストが待機していた。

 グラサンの男が短機関銃片手に声を張り上げた。

 

「よし、そこで止まれ!」


 男の指示通りに歩みを止めて待機する。

 カリナ軍曹、ユリナ伍長、共に食糧箱を抱えて立ち止まった。

 ここで正体を見破られたら、降り注ぐ弾丸の嵐を避けようがない。

 銃器類は一切所持していないので、無抵抗のままハチの巣にされるだけだ。

 まあ、そのときは納得ずくで殺されるまでだ。


「いいか、その場で服を脱ぐんだ。早くしろ!」


 グラサンが荒々しくわめき立てた。

 ユリナが唇を尖らせた。


「なによ、わたしたちにストリップやらせる気?」

「武器のチェックだ。あいつらだって素人じゃない」


 二十歳そこそこの女性が人前で半裸になるのだ。

 恥ずかしがるのも無理はないが。大勢の命を救うためには必要なことだ。

 

「やつらの指示に従え」

「……」


 カリナが作業服のファスナーに手をかけると、ユリナもしぶしぶそれに従った。

 ためらっているのは自分だけだ。ユリナとは異なった理由で服を脱ぐことができない。

 

「少尉、どうしました?」


 カリナが訝し気にささやく。


「身体の傷を見られるとマズい」


 全身に刻まれた戦傷が、もしテロリストの目に触れたら。見る者が見たら、事故という言い訳は通らないはず。

 特に拷問で受けた背中の傷が心配だ。一年前に整復手術を受けたが未だに生々しい傷跡を残している。

 隊長と一部の部下だけが知っていることだ。日常を共にしていると、嫌でも人目に触れてしまう。たとえばユリナもその一人だ。


 ■■■


「中尉、どうしたんです? こんな真夜中に……」


 あれは確か一年前のことだったか。浴室でシャワーを浴びていると、突然ユリナが素っ裸で入ってきた。

 

「おまえの方こそどうした? 消灯時間はとっくに過ぎているぞ」

「いえ、その……、あれなものですから」


 なるほど、どうりで昼間からヘマばかりやらかしていたわけだ。

 兵士である前に女性であることを嫌でも認識してしまう。

 出来れば経験したくない一日だ。出産を必要としない者にとって、それは余計な機能でしかない。

 

「昼間の演習におけるミスのことだが、いいか、実戦では生理を失敗の言い訳にはできんのだ。よく覚えておけ」

「……はい」


 素直で可愛い娘なので、(はた)から眺めている分には楽しいのだろうが。

 真っ暗なシャワー室で二人きり。当直に見られたら変な噂を立てられそうだ。

 (いわ)くレズビアン。

 まあ、どうでもよいことだが、なにも好き好んで好奇の目に晒されることもあるまい。

 

「今は時間外だ。当直に見つかるなよ」


 シャワーを止めて、シャワー室から出ようとすると、不意に彼女に呼び止められた。


「中尉はどうして、いつも最後にシャワーを使うんです?」

「別に理由はない」

「そうなんですか? だったらわたしたちと一緒に入ればいいのに……」


 ユリナは栓を捻ってシャワーを浴び始めた。


「部下とコミュニケーションできない上官なんて、ただ嫌われるだけですよ」


 なるほど、彼女の言う通り。その点に関しては、自分は完全に上官の資質を欠いている。

 

「……おまえはわたしを嫌っているのか?」

「いえ、そんな。尊敬してます。だから中尉のこと、もう少し知りたいと思って」


 わたしの下に配属されて、まだひと月余り。彼女から見れば、わたしは不可解な上官なのだろう。

 だが部下の好奇心に付き合うほど、わたしは暇でもお人好しでもない。


「だったら、もっと訓練に身を入れろ。そうすればわたしのことなどすぐ理解できる」


 兵士としてのわたしが人間としてのわたしのずべてだ。

 一般人の物差しで計られては迷惑だ。

 ところが彼女ときたら……。


「フーン、やっぱ思った通りだ」

「うん、どうした?」


 見ると、彼女はマジマジとわたしの胸元を見つめていた。

 

「中尉の胸って大きいんですね。Dカップですか? 羨ましいなぁ~」


 まったく何を言い出すかと思えば……。


「戦闘には邪魔なだけだ。移動のときも火器を扱うときも」

「そんなぁ、それって少し寂しくありません?」

「寂しい? 何が?」

「もう……」


 ユリナはなぜか怒ったようにそっぽを向いた。


「中尉は大隊一、いえ、師団一のプロポーションの持ち主なんですから、その、もう少し気を使った方がいんじゃありません?」


 何を考えているのか。我々は兵士なのだから、均整の取れた肉体よりも、強く逞しい肉体を目指すべきではないか。それに美人というなら、


「隊長がいる」

「いえ、その、確かに隊長は美人ですが、少しお歳を召してますから」

「おい、隊長はまだ二十七だぞ」


 上官を侮辱しておきながら、悪びれた様子も見せない。

 まったく、最近の若い兵士ときたら。


「兵士に問われるのは能力だ。女性美ではない。そのことをよく(わきま)えておけ」

「なんか勿体ないと思いません? 中尉ほどのプロポーションなら一流のモデルにだってなれるのに……」


 何を聞いている!

 わたしの言うことを少しも理解していない。こんな心構えで戦場に出れば、早々に命を落とすことになる。

 ここは一つ、戦場の厳しさをしっかりと叩き込んでおく必要がある。

 

「いい機会だ。おまえに教えておいてやる。プロポーションがいいと戦場ではどなような扱いを受けるのか」


 照明スイッチに伸ばした指が微かに震えている。

 無意識の奥底に抑圧した悪夢を解放する瞬間。


「いいか、その眼によく焼き付けておけ」


 スイッチを入れると、シャワー室全体が明るい光で満たされた。


 アッ……。


 ユリナは言葉を失って立ち尽くした。


「さあ、よく見ておけ。これが拷問で受けた傷跡だ」

「……」


 わたしは構わず背を向けた。

 鞭打ちの蚯蚓腫(みみずば)れのような傷跡が無数に刻まれているはずだ。


「いいか、敵兵は喜んでわたしを拷問にかけた。あのとき自分が女でなかったら、どんなによかったかと考えた」

「……」

「そんな甘いことを考えていると、おまえも同じ目に遭うぞ」


 あのとき以来、ユリナは軍務に身を入れるようになった。

 第一小隊のお荷物だった彼女が、今では最も優秀な下士官に育ちつつある。

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