同日、午後五時半
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世の中は携帯電話が爆発的に普及する、少し前。
喉から手が出そうなほど欲しいクセに、実用性の無さから損する事が分かりきっていた為に「流行り物には興味が無い」と強がっていた頃。
スマホなんて影も形もなかった時期に、何か調べようと思ったならPCを起動するのが一般的だった。
「超が付くほど有名な場所だぜ、知らないのか?」
空が茜色に輝き出した、午後五時半。
ユウスケの家に据え置かれたPC画面の前に集まって目的地の確認をしている時に、仲間の一人で肝試しの発案者であるタイチのちょっと呆れた様な声に、僕は苦笑いを返すしかなかった。
「いや、俺も良くは知らないぜ?」
「……ハハッ、実は俺っちも……」
僕を庇う様に声を上げたユウスケの隣で、もう一人の仲間であるノリも苦笑いを浮かべていた。ちなみに僕を除いた三人は高校のクラスメイト同士で、仲の良い三人の輪にユウスケ繋がりで混ぜてもらってる形だ。
「テレビの心霊特集でもやってたと思うけど……ま、良いか」
呆れた様にガン首を見渡して軽くため息をつきながら、中指でメガネのブリッジを押し上げたタイチは、コンソールに向き直るとマウスを手に取り、ポインターを縦横無尽に操りだす。
「俺の聞いた噂だと……この場所には滝があって、滝壺の側の岩棚に『柄のない刀』が刺さっているんだと」
「……刀、刺さっているの? 何それカッコいい……ゲームみたい」
一人でプレイするタイプのゲームばかりやっていた僕は、タイチの話す噂の中のシチュエーションにテンションが爆上がりして、鼻息荒く身を乗り出していた。そんな僕に肩をすくめながらタイチは口の端を上げる。
「まぁ、落ち着け。……でな、そこに二人組の男達が興味本位で訪れたんだと。一人は雰囲気に呑まれて帰ろうとしたらしいけれど……」
「何だよソイツ……意気地がねぇなあ」
腕を組んで楽しそうにニヤけたノリの横ヤリにも、タイチは苦笑いしながら話を続ける。
「……もう一人は錆びた刀身に手を掛けて、刀を抜いてしまったそうだ。でも、何も起こらないから元に戻して帰ってきた。……ところが、だ」
「……どうかしたのか? 」
もったいぶるようにタメるタイチに、ユウスケがたまらず話の続きを促してくる。
「――刀を抜いた男は、三日後に自殺。
もう一人も、気が狂った様な行動と言動を繰り返す様になってしまい、入院する羽目になったそうだ……」
「本当かよ、それ」
お腹を抱え込んで可笑しそうに笑うユウスケの姿に、吊られて僕も「ハハッ」と声を上げた。
「本当だって! 他にも近所の子供がその刀でチャンバラしようとして、お互いの首を刎ねてしまったとか……」
「分かった……分かったって。……でも、そんな曰く付きの場所何処にあるんだよ。俺っち等も明日は仕事だから、あまり遠いと時間的に行けないぜ……ん? ここって……」
身を乗り出してタイチの開いたウェブサイトをつぶさに観察していたノリが、そこに載っていた写真と住所を見て目を見開いた。
「あれっ……ここ、見た事あるぞ」
「……ここから車で一時間程の、普段からよく通る幹線道路上に入り口があるんだ……今から肝試しするには、うってつけだろ?」
自慢げなタイチの横顔に、ユウスケもニヤリと口の端を引き上げる。
「……決まりだな。噂の真相を確かめてみようぜ」
「いいぞ、盛り上がって来たぁ! 一台に全員乗り込むとして……誰の車に乗る?」
「あ……じゃあ、ぼ……俺が、運転して行くよ」
陰キャを地で行く僕だったけれど、噂のシチュエーションを見てみたい気持ちに強く後押しされて、ノリの言葉にすかさず名乗りをあげた。
「大丈夫なのか?」
片眉を上げて意外そうに見つめて来るユウスケに、僕は力強くうなづいた。
「任せてよ。……ただ一つ、心配なのは……」
そう言うと僕は外に停めてある愛車へと視線を送りながら、頭の後ろをポリポリとかいた。
…………
「……マジで、これに乗って行くのかよ……」
僕の愛車を一目見たタイチは、呆れた様な引きつり笑顔でジロジロと眺め回した。
「……ちょっと待ってね、今エンジン掛けるから」
ドアを開け放ったまま運転席に座ってキーを回す。所々に赤いサビが浮いて塗装の剥げた白い軽自動車は、ブルンとひとつ身震いした後にプスンと、拗ねた様に鼻を鳴らして動かなくなった。……途端に腹を抱えて爆笑するタイチとノリ。
「あれぇ? いつもは一発でかかるんだけどな」
「……いや、参ったッ! こんなネタ持ってるヤツだとは思わなかったよ」
「いや……ネタってわけじゃ……」
途切れることの無い笑い声からくる恥ずかしさと焦りから、顔の奥がカァっと熱くなって来る。責める様にハンドルやらラジオの周辺を叩いていたら、やがて低い唸り声と共にアイドリングが始まった。
四人乗りだけどドアが二つしかない為、運転席を倒してタイチとノリが後部座席に乗り込む。助手席にユウスケが乗り込んで颯爽と僕らの旅は始まった。
……かに見えた。
「……ちょっと遅過ぎね? 今、何キロ出てんだよ」
「………………十五キロ……」
ツボにハマったらしいノリの笑い声をBGMに、僕はアクセルペダルを踏みつける足に力を込める。けれど焦る気持ちと共にシフトアップすればする程、愛車はへそを曲げたように遅くなってゆく。
「……なんでッ?! もう四速で、これ以上踏み込めないほどアクセルふかしてるのにッ」
「馬力が無いんだな。……ひとつシフトダウンして、三速にした方がスピード出るんじゃね?」
助手席のユウスケから受けたアドバイスにより、時速四十キロまで速度は回復した。だけど、普段の通勤では聞いたことの無い甲高いギアの音に、エンジンから火を吹くんじゃないかと全然安心出来なかった。
「……これ以上の速度は望めないな。これで行くしかないんじゃね?」
「この車、マジ最高ッッ! これくらいのアクシデントがないとッ……楽しくなりそうだなあ」
楽しそうにはしゃぐ三人とは裏腹に、僕はハンドルに寄りかかるほど前のめりになって必死に運転していた。
チラリとルームミラーに目を向ける。楽しげな後部座席の二人の向こう側には、間違いなく僕の車が原因とされる渋滞が映り込んでおり、止めどなく滲み出て来る冷たい汗がハンドルを持つ僕の手を滑らせる。
窓の外を焼き尽くす黄昏の空は、まるで血の様に赫く、鬱陶しいほどに僕の脳髄に染み込んでいた。