07 光と闇
「で? お前達はその白熊……? を、どうする気なんだ?」
俺がルルちゃんと庭のシーソーで遊んでいると、エリナとイリナが手足を縛った白熊を担架に乗せてやってきた。昨日見かけなかったのはこいつを捕まえに行ってたのか。
それにしてもデカイな。食う気なのか?
「コアさん、予定通りユージーさんにテイムの魔法をセットしてください」
『完了しました』
「おい、どういう事だ? 説明しろ」
「この広くて綺麗な庭で、ルルちゃんと白い大きな犬と遊ぶのを想像して下さい。幸せ家族ぽくないですか?」
「アホか! 白くて大きい犬だと? そいつ白熊だろ。ルルちゃんが怖が……」
「かわいい! しろいいぬかわいい!」
「よし! お前達良くやった。後で褒美をやる。それで、白熊をテイムするんだったな。コア、こいつテイムして大丈夫なのか?」
『その生物は白熊ではありません。スノーウルフ変異種です。極めて大人しい個体みたいですので問題ないかと思われます』
俺はセットされたテイムの魔法に集中する。なるほど……これは無理矢理従わせるのではなく、心を通じ合わせるパスを作る魔法なのか。
慎重に犬へとパスを繋げていく。犬は縛られてるので怒っている感情しか無い。”暴れないからとりあえず解け、話はそれからだ”の感情が伝わったきた。
「そいつの縄を解いてやってくれ。暴れる気は無いみたいだ」
「本当に? こいつ私に砂利を思いっきりぶつけてきたわよ」
「それはお前達がいきなり襲ったからだろ」
「それはそうだけど。わかったわ。でも、いざとなったら斬る」
エリナはかなり警戒しつつも犬の手足を縛っている縄をナイフで切った。やっと開放された犬はエリナを一瞥してフンッ! って鼻息を放ちつつ、庭の土を引っ掻いてエリナにぶっかけた。
土をかぶったエリナは無表情になって動きが止まる。あ、これ絶対ブチキレてるぞ。
「こいつ……殺す」
エリナは太刀を抜こうと右手を伸ばすが、イリナによって止められた。そうだ。せっかくルルちゃんが気に入ってる犬を殺したら情操教育に良くない。
犬は特に襲ってくるでもなく、お行儀よくおすわりしている。巨大なサモエドぽくて正直俺から見ても可愛い。ルルちゃんは今直ぐにでも俺と繋いだ手を離して撫でに行きそうな雰囲気だ。
「犬よ。俺と契約しよう。お前は長い間逃げ回って生きてきたみたいだが、ここに居る限り何者からもお前を守ってやる」
「フンッ」
犬からはイマイチ俺を信用してない雰囲気が伝わってくる。あと、オレは犬じゃねぇ! という感情も伝わってくる。めんどくせぇ犬だな。
テイムの魔法は案外使いにくいぞ。洗脳の魔法とか無いだろうか。いや、そんな事思ってるのが犬に伝わるとヤバイな。こんなデカイ犬だ、大量の肉でもやれば即落ちだろう。よし、それでいこう。
「誇り高き孤高のイ……狼よ。テイムされてくれたらコレを毎日腹いっぱい食えるぞ!」
「……」
俺はストレージからミノタウロス肉のステーキを五人前出した。ソースの香りと焼いた香ばしさが食欲をそそって見てるだけで俺も腹が減ってきた。
しかし、この犬畜生はステーキ見ても興味なさそうにしてる。もっと良い肉よこせってのか!?
「ユージーさん、その子は魚が好きかもしれません。川で魚を獲って食べてましたし」
「ほぅ。なるほどな。コアよ、新巻鮭を三匹創ってくれ」
『出来ました。塩抜きもしておきました』
「さすがコアだな。完璧な仕事ぶりだ。さて、これならどうだ? 干してあるから旨味が凝縮して……」
新巻鮭を出した途端に犬が突っ込んできて、俺がセリフを言い終わる前に既に一匹完食してた。さすが熊もどきの白犬だな。とりあえず、これ以上食われないように皿を下げた。
しかし、ヒヤっとしたぜ。犬が突っ込んで来た時は、アミが棍棒で殴ろうとしたから結構危なかった。ルルちゃんの前で犬が脳味噌ぶち撒けたらトラウマもんだからな。
「まてまて、全部食うな。これは焼いた方が美味いんだ。焼いてやるからこっち来い」
俺はルルちゃんと手繋いだまま、庭にあるバーベキューコンロまで歩き、ついてきた犬の目の前で荒巻鮭を焼く。すると、これ絶対美味いだろと確信させる脂の焼けた香りを辺りに漂わせる。
犬は涎をダラダラ垂らし、アミまでも涎を垂らしていた。そんなアミも可愛いぜ。
「狼よ。俺にテイムされるなら、コレ食ってもいいぞ。どうする」
「バフゥ……ワフッ!」
「心が決まったようだな。契約の証にお前に名前をやろう……。ルルちゃん、こいつ飼う事にしたけど名前はどうする?」
「しろちゃん!」
「では改めて。シロ、我に従属せよ」
スッと頭を出して来た犬の額に手を置くと、謎の紋章が出て消えた。一応これで大丈夫な筈だ。コアも何も言わないし問題ないだろう。
「当面のシロの役目は、ルルちゃんと遊ぶ事だ。相手は子供だ、チカラ加減誤るなよ? わかるな?」
「ワフッ」
「よし、来い」
犬はトコトコと近づいて来て、ルルちゃんとスキンシップを取っている。モッフモフの白い毛に抱きついて楽しそうだ。エリナとイリナには感謝だな。
俺もフワフワの毛に触ってみると……なんだこれは。もし雲を触れたとして、それが現実になったらこうなんじゃないかと思う感触だった。アミもイリナもその感触にご満悦だ。
だが、エリナにだけは絶対触らせない強い意志を感じる。お互い相性が悪いのだろう。
「しろちゃんフワフワ! きょうからいっしょにねる! お兄ちゃんもいっしょにねよ?」
「いいだろう。何かあったら困るしな」
それから暫く俺達は庭で白犬と戯れまくった。イリナが言ってた様に確かに幸せを感じていた。いいよね。犬の居る生活。それはそれとして、寝る時どうするか? ダンジョンにルルちゃんを連れて行くしかないか。
本当はアミ以外にダンジョンに入れるつもりは無かったのだが、ルルちゃんが一緒に寝たいと言うなら仕方ない。本当に不本意だが連れてきた。もちろんルルちゃんの母であるアネルにも話を通してある。
ルルちゃんと犬が来るにあたって、子供用と犬用の便器も創った。この犬は知能が高いので見ただけでそれを理解したみたいだ。その日は3人と一匹でお風呂に入り、大きなベッドでみんなくっついて寝た。
◆◆◆◆◆
そんな幸せな夜を過ごす者が居る一方、闇の仕事に身を投じる者も居た。エリナは一人ドルネスの屋敷に忍び込んでいた。例の山賊を裏から操っていた貴族だ。
暗黒魔法は夜にそのチカラを発揮する。闇に紛れて姿を隠し、誰にも見付かる事無く屋敷で情報収集をしていた。
「消えただと?」
「はい……人もアジトも何もかも綺麗サッパリ消えてました」
「やつら逃げたのか?」
「監視の者の話によれば、逃げた訳でも無い様です。忽然と消えました。ですが、人はともかく小屋まで消えたのは不可解です」
「騎士団に気付かれた可能性は?」
「密偵からはその様な情報は入ってません。冒険者に返り討ちにあったというのが可能性としては一番高い様に思えます」
「我らの情報が漏れた可能性もある。地下の女達は今直ぐ始末して埋めろ。奪った物はカネ以外は埋めろ。直ぐにかかれ」
「ははっ」
……こいつら吐き気を催す邪悪ね。ユージーからは私の判断で貴族を始末して良いと言われてる。今、それを実行すべきでしょう。でも、今は女達を助ける方が先。
ドルネスの執事を追跡すると、地下に通じる隠し扉から降りていった。薄暗くて酷い匂いだわ。衛生管渠が最悪そうね。
執事は詰め所に入ると何人かの兵士を連れて奥へと進む。奥には牢屋がいくつもあって、中には女が大勢居た。エルフや獣人の女も居る。兵士は格部屋に散って槍を構える。
まずいわね……。ちょっと手が足らないわ。私は暗黒魔法の闇召喚を発動させる。すると足元の闇から三体のシャドウアサシンが現れた。
「状況はわかってるわね。兵士達を無力化しなさい」
シャドウアサシンは一瞬で消える。瞬きする間も無く三つの黒い影が走り抜けた後には兵士達が崩れ落ちていた。私は姿を現して黒い仮面を付け、ゆっくり執事の下まで向かった。
「なんですか、あなた達は! ここがどなた様のお屋敷なのか理解っているのですか!」
「山賊を操ってる黒幕のドルネス子爵の屋敷でしょ。"闇の使者"としてあなた達を成敗しに来たわ」
「ぐぬぬ……今なら、そう……私の特権で見逃してあげます。直ぐにここから立ち去りなさい!」
「少し黙りなさい」
私は執事の懐に入ると、彼の額に指を押し当て暗黒魔法を注入する。これは一見何でもなさそうに思えるが、使われた本人は死ぬ程恐怖を味わう。
「徐々に減ってる数字が見えるかしら? その数字が0になった時にあなたは死ぬわ」
「そんな……何故かわかりませんが、それが嘘ではないのを感じます……た、助けてください」
「ここに人が入って来ないようにしなさい。それと、奪った物や金庫の場所を教えなさい」
「わ、わわわかりました。包み隠さず全てお話しますから、どうかお助けを……」
執事から聞き出した情報によると、ここの女達は山賊が捕まえた女が半分、海賊にも繋がりがあって、船から攫われてきた女が半分らしい。
裏ルートの奴隷商に売りさばく予定だったみたい。大事な商品ゆえに陵辱や虐待されなかったのは幸いだったわね。
倒した兵士は牢に全員叩き込んで鍵をかけておく。捕まってる女達には、もう暫く我慢してと伝えて金品を回収しに屋敷へと向かった。
執事に案内させた金庫部屋は別の地下にあった。隠し通路を降りた先には、当然衛兵も居る。いくら執事が連れて来た者と言っても私は黒い仮面を付け、黒いドレスを纏っている。当然怪しまれているわね。
「こ、こちらの方は旦那様の使いの方です。金庫室の扉を開けなさい」
「ジョルマンさん、さすがに雰囲気でわかるぜ。その怪しい女に脅されてるんだろ?」
「違います! 早く……早く開けなさい! 時間が無いのです!」
「悪いが、あんたごと制圧させてもらう。俺達もプロなんでな」
兵士たちは短剣を抜いてジリジリと間合いを詰めてくる。前に立ってる執事は邪魔なので襟を掴んで後ろに放り投げた。それを見た兵士がここぞとばかりに攻めてきた。
しかし、その攻撃が私に届く事は無かった。壁や床、天井から黒い手がいくつも伸びてきて兵士を捉える。使ったのは暗黒魔法の闇縛りだ。夜しか使えないけど便利よね。
「ぐっ……なんだ貴様は、人間じゃないのか?」「クソッ! なんだこの黒い手は」「化け物めぇ……」「身体強化を使っても外れねぇ」
「あなた達はそこでじっとしてなさい。大人しくしてれば殺したりはしないわ。ドルネス子爵の命も今日まで。あなた達の失態が責められる事も無いでしょう」
金庫室の扉には厳重な鍵がかかっているが、闇の手を滑り込ませて無理矢理こじ開けた。ひしゃげた鉄の扉を見て兵士達の顔は青ざめる。すっかり牙を抜かれた衛兵を確認すると、後ろで腰を抜かして倒れてる執事の襟を持って引きずり先に進む。
金庫室に入ると、また扉があった。こっちも闇の手が破壊して中に入る。普通の市民だった私に子爵という地位がどれ程のものからわからないけど、天井まで積み上げられた聖貨や大金貨の山に呆気に取られた。
「どんな悪どい事をすればこれだけ稼げるのかしらね。詳しく教えて貰えないかしら?」
「そ……それは」
「モタモタしてると時間切れで死ぬわよ」
「は、はい! ですが、私も全て把握している訳ではなく、人身売買、アムワイの情報を他国に流す、人体実験の素体をポミロン様に提供……ぐらいしか知りません」
「人を不幸にして稼いだお金で豪遊するのは楽しいのかしら? それと、ポミロンって誰。聞いたこと無い名前ね」
「ポミロン様は王都ジャスミで伯爵をされてるお方です。どの様な人体実験をしているか迄は知りません」
「ふーん。ところでジョルマン、あなたは執事としては中々優秀そうね。うちで働く気あるなら助けてあげてもいいわ」
「えっ!? はい、是非に! 是非あなた様にお仕えさせてください!」
「歓迎してもらえるといいわね」
◆◆◆◆◆
金庫室にあった大量の貨幣と、別室にあった奪った物と思われる物も全てストレージへと回収した。執事のジョルマンには地下の牢屋で待機しろと命令して私は屋敷の二階を歩く。
ドルネス子爵の執務室に前に立ち、ノックもせずに扉を開いた。中ではドルネス子爵と思われる男がソファーの上で二人の女と交わっていた。
「なっ! 無礼だぞ貴様! いや、不審者か、衛兵! 衛兵は何をしている!」
「衛兵なら来ないわ。ここに来るついでに全員無力化したから。ところで、あなたがドルネス子爵で合ってるかしら?」
「そうだ! 俺の屋敷で好き勝手して逃げられると思うなよ。貴様も俺のコレで楽しませてやる」
「絵に描いたような下品な男ね。もういい。あなたとは会話したくないわ」
私の合図と共にシャドウアサシン二体が現れ、ドルネス子爵の身体を一瞬で四等分に斬り分けた。ボトボトっと床に落ちる肉の塊を見て女達は悲鳴を上げて逃げていった。
肉になったソレをストレージに収納して、ついでに部屋にあった壺や宝石、絵画等の調度品なんかも回収しておく。やってる事は盗賊よね。少し悲しくなってきたわ。
仕事が済んだ私は地下に向かう。途中あちこちの部屋に寄っては調度品を窃盗する……。いいの。もう何も考えない事にする。これも仕事よ。
地下の牢屋ではジョルマンが笑顔で迎えてくれた。そんな彼にちょっと酷なお願いしないといけないわね。
「ジョルマン。あなたはこの女達を連れて騎士団施設まで行きなさい。そして子爵がやった犯罪の全てを話すの。私の事を聞かれたら"闇の使者"と伝えなさい」
「そ、そんなぁ……あなた様にお仕えさせて下さる話は!?」
「心配しなくてもいいわよ。釈放されなかったら迎えに行ってあげるから」
「本当ですか! わかりました。ですが、数字がもうあまり残っていません! どうか術の解除をお願いします」
「数字は一時的に止めたわ。後はあなた次第ね」
それだけ言い残して私は闇に潜って屋敷を後にした。収穫としては悪くなかったけど、余計な事に関わってしまったのは想定外だったわ。
とはいえ、拉致されてた女達を見捨てる選択肢は無いし。これで良かったと思うし、今のユージーも納得すると思う。女達ごとコアの糧にするなんて言ったら、また全力で殴ってやるけどね。
はぁー。早く帰って寝よ。