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06 幸せ

「お姉ちゃん! 一番尊い"愛"とはなんだと思いますか?」

「何よ、いきなり。何かの謎掛け?」


「違うよ。ユージーさんに人間の心を取り戻してもらう作戦だよ。あれからコアさんにユージーさんの事を色々聞いたの。ユージーさんは過去に娘さんが居たんだって」

「アミさんとの子供って訳じゃないわよね。へぇ……でも、それは意外ね」


「だからね、可愛い娘が出来たらユージーさんの心も過去を思い出して安らぐんじゃないかと思ったの」

「理にはかなってるわね。問題は娘を何処から連れてくるかだけど」


「それはもう決まってる。ルルちゃんにお願いするつもりだよ」

「あの子はダメでしょ。男が近付くとパニック症状が起きるし、アネルさんから離れる気配もない。それに話し掛けても無視される」


「はい。その件も一応解決してるんだ。根気よくルルちゃんを説得したら協力してくれるって約束してくれたの」

「イリナって時折、行動力の化身になる時があるわね。ユージーの事はもう全部任せるわ」


 お姉ちゃんに話を通したので、私なりのやり方でユージーさんの心を救ってあげたいと思う。この作戦、私はかなり勝算があると思っています。

 何故なら時々ユージーさんがルルちゃんを見る時は、優しい視線を送っているから。ユージーさん自身はそれに気が付いていない様です。

 恐らく無意識にルルちゃんをご自身の娘さんと重ねて見てしまっているのではないでしょうか。


 やってきたのは一階にあるキッチン。アネルさんはここに居る事が多いので、当然ルルちゃんもここに居ます。ルルちゃんは一人ぽつんとリビングに座って寂しそうです。


「ルルちゃん。少しいいですか?」

「……うん」


「この前お願いした事覚えてる? ユージーさんを慰めてあげて欲しいの。ユージーさんはみんなを助ける為に沢山の人を手にかけてしまって、心が傷ついてしまったの」

「わたしじゃないとダメなの?」


「これ絶対内緒なんだけどね、ユージーさんは昔ルルちゃんぐらいの歳の娘さんが居たんだって。でも、突然離れ離れになって二度と会えなくなってしまったの。だからルルちゃんが居なくなった娘さんの代わりにユージーさんを慰めてあげてくれる?」

「どうすればいいの?」


「何も言わなくていいから側に居てあげるとか、抱きついて甘えたりするだけでいいの」

「でも、あのお兄ちゃんこわいよ。この前来たおじちゃんをぶってたし」


 例の捕まえた山賊トッシさん)を、この屋敷で働かせる事にしたのですが、ユージーさんは悪人に容赦が無いので、モタついてるとグーで殴ります。

 お頭に情婦にされてた女性(リアーナさん)は、流石に殴りはしませんが、言う事を聞かないと殺気を当てて泣かせて遊んだりもしてます。ユージーさんにとって二人は取るに足らない存在なのでしょう。

 早急にユージーさんの心のお手当が必要ですね。


「大丈夫! ユージーさんは絶対ルルちゃんは殴らないよ。お姉ちゃんが保証する。嘘だったら私の分のオヤツ全部あげる」

「おやつ! たべたい!」


 そうなのです。ここで出されるお菓子は信じられないくらいに美味しい。貴族様でも食べられないと思う。ユージーさんがコアさんに創らせているのですが、あんなケーキやお菓子見た事もありませんでした。

 本当はルルちゃんに食べさせる為に創らせているのを私は知っています。ユージーさんはルルちゃんにしかお菓子食べた感想を聞かないですしね。

 

 私達が船で厚遇されたのもルルちゃんが居たからなのでしょう。もし、ルルちゃんが居なかったら……もしかしたら私達もコアさんの糧にされていたのかもしれません。

 やはりユージーさんの心の氷を解かす鍵となるのは、ルルちゃんしか居ないと私は考えます。これが作戦第一弾。上手く行けば第二弾へ繋げましょう。



 ◆◆◆◆◆



 ダンジョンに創らせた射撃場で訓練をした後、俺は屋敷のリビングに来た。今はアミは居ない。イリナと食料や衣料等の買い物に出かけて行ったからな。

 俺とアミはダンマス特権でコアに創らせた日本の食事をしているが、その他の者達は調味料類や嗜好品意外はこの世界の普通の食材で賄ってる。


 庭に畑も作った。その畑は例の山賊野郎トッシに任せている。コアに脳味噌を弄らせた結果、奴が言ってた"殺しも強姦もしてない"と言うのは本当だったので、殺すのは中止した。命拾いしたな。

 この世界の法律に照らし合わせれば、如何なる理由があろうと山賊に入った時点で処刑対象なんだがな。生かしておいてやるなんてイリスはお優しいこった。


 トッシは頭と要領が悪いので、細かく指示しないと仕事が出来ない奴。たまにイラっとしてグーパンする。しかし、この前ルルちゃんに目撃されてしまったから自重しとこう。

 子供は周りの大人を見て育つからな。こんな魔物と情婦と山賊崩れが住む魔窟に暮らすべきではないのかもしれん。



 そんな事を考えながらリビングのソファーに座り、窓に視線を向け、庭に植えたケシっぽい花を眺めていた。あの花はちゃんとアルカロイドを含んでるらしいので後で楽しもう。

 どうも、この世界は色々な意味で地球と共通している部分が多い。特に物理法則はそのままに感じる。魔法で物理法則は変えられるが、基本一緒だ。

 チャラ神はテンプレを使って創った世界と言ってたから、そういうもんなんだろう。もしかしたら地球もテンプレで創られたのかもしれんな。あ、今日はてんぷら食べたいかも。


 今日の夕飯のメニューが決まったところで、腹ごなしにダンジョンのプール(風呂)に泳ぎに行こうかと立ち上がろうとした時、ルルちゃんがやってきた。


「どうした? おやつ欲しいのか?」

「ほしい! じゃなくて、おやつはほしいけど、お兄ちゃんとあそびにきたの」


「俺と何して遊びたいんだ? ままごとは苦手だから勘弁して欲しいが」

「うーん……かえるさんごっこ!」


 ルルちゃんはそう言って俺の膝の上に乗ってきた。か、可愛い……なんだこの可愛い生物は。可愛い……潰したい……可愛い……蹂躙したい……。

 こんな小さくて脆くて軽い生き物など、デコピン一発で肉塊に……じゃなくて、違う! 


 俺はいつからこうなってた? なんで子供を虐殺したいなんて思った? 人間に触れて魔物の本能を呼び覚ましてしまったのか?

 醜い。俺は自分の心の醜さを今実感した。自分でも気が付かないうちに人間は殺して良い。むしろ殺すべきと思うようになった。


 そもそも人間を殺すのが魔物の本能というの自体、俺の間違った固定観念だったのかもしれない。アミだって魔物だけど、俺が殺せと言った人間しか殺さない。

 それどころかルルちゃんやアネルにも優しい。クソ腹立たしいがトッシに対しても優しいしな。エリナとイリナと以前と変わった様子はない。

 俺だけだ。俺だけが醜い化け物に変わっていたんだ。


 膝の上に居るルルちゃんは温かい。子供特有の甘い匂いがする。遠い昔に手放した幸せを思い出す。俺はいつの間にか涙を流していた。


「お兄ちゃんどうしたの?」

「いや、なんでも無い。鼻の穴にハチが飛び込んだだけだ」


「えー! しんじゃう!」

「大丈夫。ハチは母を探しに飛んでいった」


「ほんと? お兄ちゃんいいにおいするからハチさんきたのかな」

「え? なんだって?」


「お兄ちゃんいいのおいするの」

「……そっか。それなら良かった」


 俺は再び涙を流していた。その言葉はアミと出会えた次ぐらいに嬉しい。よーしパパ、子供と本気で遊んじゃうぞ!


「コアよ。庭に子供用プールと、公園にあるような遊具を創ってくれ」

『遊具はマスターの記憶にあった物を創りました。プールは気温的に外は不適切ですが、いかがされますか』


「じゃあ、風呂場を拡張してプールみたいに広くしてくれ。どうせ使ってないし、部屋一個潰してもいいからさ。あと、ルルちゃん用の水着もな」

『出来ました。ご確認下さい』


 ルルちゃんと手を繋いで風呂場にやってくると、元々広かった湯船が更に広くなってた。大人でも十分泳げそうだ。ルルちゃんを水着に着替えさせて、俺も手早く水着に着替えた。

 湯船に手を入れてみると少しだけ温かい。手を繋いで湯船に入っていくと、徐々に深くなっていく構造になってた。一番奥ら辺は少し深そうだが、コアが常に見張っているので、仮にルルちゃんが一人で入っても溺れる心配は無いだろう。


 しかも、波を出すギミックまで再現してくれたので、ルルちゃんどころか俺まで本気で楽しんでしまった。ビーチボールを投げ合ったり、ゴムボートに乗って遊んだり、俺が娘の美玖と出来なかった幸せをここに感じていた。


「ユージー、ルルちゃんと仲良しになったんだね」

「ああ。一緒に遊び倒したぜ」


 全力で遊んで疲れて眠ってしまったルルちゃんは俺に抱きついたまま寝てる。アミはそれを嬉しそうに見ていた。


 翌日は庭の遊具で遊びまくる。ブランコやシーソー、長い滑り台など、昭和の頃には当たり前にあった子供がワクワクする遊具で、アミとエリナとイリナも参加して大人気なく皆で遊びまくった。


「これ楽しいよね!」

「滑りまくると尻が痛くなるぞ?」


 アミはアスレチックにあるような長い滑り台が気に入ったみたいで、ルルちゃんを膝に乗せて何回も滑っている。ローラー式だから摩擦はかからないけど、限度ってもんがある。

 まぁ、ルルちゃんも喜んでるからいいか。エリナとイリナはブランコで立ち漕ぎジャンプして飛距離の競争をしてた。ルルちゃんが真似したら危ないので止めさせたが。


「ユージーさんが居た国は、こんな楽しい遊び道具あったんですね」

「子供が怪我するって、殆どが撤去されたけどな。ここはコアが見張ってるら安全だけどよ」


「お兄ちゃーん!」

 

 駆け寄ってきたルルちゃんを抱き留める。今度は俺と多人数乗りブランコで遊びたいみたいだ。子供の頃は友達と全力で漕いで稼働限界ストッパーにぶつけてガッコンガッコン言わせたが、今はやめとこう。

 このブランコって何故か股間がスースーするよね。ちんちんついてる男だけかと思ってたが女もスースーするらしい。謎現象だ。そんな楽しい一日が今日も過ぎていった。


 

 ◆◆◆◆◆



「彼、すっかり変わったわね。もう完全にパパじゃない」

「ユージーさんは元々優しいんだよ。きっと、それを思い出してくれたんです」


「トッシがヘマしても殴らなくなったしね。代わりに私が殴ってるけど」

「お姉ちゃん……。トッシさんなりに頑張ってるんです。暴力はダメです」


「リアーナに対しても対応が柔らかくなった気がするわ。全てイリナの思惑通りになってるわね。我が妹ながら恐ろしい」

「作戦第一弾は上手く行ったと言えます。そこで作戦第二弾を決行する時が来ました。お姉ちゃんも協力して下さい」




 そしてやってきたのは、プルメリアから東に向かって馬車だと4日はかかる場所に有る山。ここは危険な魔物が沢山いる地域で、以前の私達であれば絶対来れなかった場所。

 ここでは大きくて白いモッフモフの犬みたいな魔物が目撃されてると、何年も前からの噂がありました。襲っては来ないのですが、そのモフモフな毛皮を目当てに狩ろうとすると全力で砂をかけてくるそうです。


「えーと……。それで次の作戦は、その白いモフモフを捕まえるってこと?」

「はい。広い庭の芝生の上で子供と白い大きな犬と戯れるなんて、幸せそのものだと思いませんか?」


「そうなの? よくわからない感覚だわ。私は猫派だし。猫を捕まえましょうよ」

「そうですね。猫も今度捕まえしょう。今日は犬です!」


 犬が目撃される場所は谷周辺だそうです。川に入って水浴びしてる場面も何度も目撃されてます。私達は川沿いに谷を歩きますが、中々犬とは出会えません。

 もしかしたら、もう狩られてしまったのでしょうか……。少し弱気になりかけた時、川で魚を獲ってる白いモフモフを見つけました。きっとあれ……ですね。


「イリス、あれってさ……」

「はい。言いたい事はわかります。でもでもっ見た目可愛くないですか? 抱きついたら絶対気持ち良さそうです!」


「ルルが食べられなきゃいいけどね」

「それは……テイムの魔法の信頼しましょう。とりあえず無力化します」


 私は弓を構えてクマ……いえ、犬を狙います。この矢の先にはコアさんが創ってくれた強力な眠り薬が仕込まれていて、ドラゴンでも数発当てれば寝るかもしれないとの事です。

 ヒュッ!っと、放たれた矢は犬の足を狙って飛んで行きますが、それに気付いた犬がジャンプして避けました。凄い危機察知能力です。一筋縄ではいかない様ですね。


 犬はこっちを見て威嚇してます。威嚇してるのに可愛いのはちょっと微笑ましいです。私がもう一射しようと弓を構えた時、お姉ちゃんが単身突っ込みました。

 魔人の脚力を持ってすれば、あの間合いなど一瞬です。お姉ちゃんが太刀を抜き、峰打ちで犬を斬りつけますが、犬は何事無かったようにその場から離れ、地面を引っ掻いて大量の土砂をお姉ちゃんに浴びけかけました。


「痛たた! 地味に痛い! 口に土が入った、ぺっ……ぺっ」

「多分、モフモフが想像以上で刃が本体に届かなかったのだと思います。私に任せて下さい!」


 まずは普通に弓を構えて一射します。当然の様に飛び跳ねて矢を避けますが、それが狙いです。ワンテンポ遅れて放った矢が犬のお尻に当たりました。空中では避けられませんしね。

 コアさんの言う通り、薬は効果覿面でした。犬はすぐにその場に倒れこみ寝息を立て始めました。モフモフに触ってみると、ほんとにフワフワです。この上で寝たいです。


「これ、持って帰るのよね?」

「はい。コアさんに大きい担架を創ってもらったので、運ぶの手伝ってください」


「これをあの距離運ぶの……? やっぱ猫にしない?」

「ユージーさんのためです。頑張りましょう!」


 何とかお姉ちゃんを説得して、手ぶらであれば走って5時間の距離を、大荷物抱えて二人で丸一日かけて、えっさほいさと走って帰ったのでした。

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