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夢枕

 

 山路を登りながら、かう考えた。智に働けば角が立つ、情に棹させば流される、意地を通せば窮屈だ、とかくに人の世は住みにくい。

 夏目漱石『草枕』より


 1、 智に働けば角が立つ


 大学三年の夏休み、海では名ばかりのサークル員に囲まれ、バーベキューをしている。美女、海、肉といかにも夏の風物詩である。私は海の側のコテージで白い椅子に座りながら、カクテルを嗜んでいる。横には美女がいて、楽しく会話する。当然、モテモテだ。自分が好意を抱いている女が近づいてきた。かなり怒っている。突然、片手に持っているカクテルをぶちまけられた。

 その瞬間、目が覚めた。

 かなりの時間、寝ていたらしい。

 右腕に嵌めた時計を見ると、5時を過ぎた頃だった。

 中央芝生の景色は、初夏の明るい青から薄いオレンジ色に変わって少し風を感じる。大学での三年目の生活は、完全に体が大学生活のペースに慣れきってしまい、授業を抜け出して外で惰眠を貪るくらいが丁度よくなっていた。「やばいな……」

 このままだと単位を落とすかもしれない。

 そんな危機感を持ちながらも、体を動かす気にはならなかった。

「あーあ、サボり癖がついたかなぁ」

 俺はそう呟くと、再び目を閉じた。


 2、 情に棹させば流される 大学の校舎内の廊下を歩いていると、女子生徒達の声が聞こえてきた。

 どうやら誰かが取り囲んでいるようだ。

「ねぇねぇ、今日暇?一緒に遊ぼうよ~!」

「いや、ちょっと今忙しいんで……」

「いいじゃん!行こうよ〜」

「えぇ〜っ!?︎ちょ、引っ張らないでください!」

 その声を聞いて、俺の中の悪戯心がくすぐられる。

 女子生徒達の輪の中に割って入った。

「おいおい、お前等何やってんだよ?」

「あっ、先輩……実はこの子が遊びに行ってくれないんですよね」

 後輩らしき女子生徒が困ったような表情を浮かべた。

 彼女は栗色の髪をした小柄な女の子だ。身長は150cmも無いだろう。

 しかし、スタイルはかなり良い方だと思う。胸元が強調されるようなブラウスを着ており、そこから覗かせる谷間には思わず目を奪われる。

 顔立ちも整っており、パッチリとした瞳に小さく綺麗な鼻筋をしていた。

 こんな可愛い子に言い寄られて断るなんて勿体無い奴もいたものだ。

 だが、今はそんな事は関係ない。俺は彼女に話しかける。

「悪いけどさ、その子これから予定があるんだよね。だから諦めてくれるかな?」

「えっ……そうなんですか?」

 彼女の友達と思われる二人が驚いたように聞き返す。

「ああ、本当だよ。じゃあそういう事で」「あっ……はい」

 二人は渋々といった様子で引き下がってくれた。

 彼女もそれを見てホッとしていたようだったが、すぐに顔を真っ赤にして怒り出した。

「ちょっと先輩!!︎いきなり出てきて勝手なこと言わないで下さい!!︎それに私まだ行くとは言ってませんし……」「ごめんごめん、でも君だってあんな風に言われっぱなしなのは嫌なんじゃないのか?」

「それは……そうですけど」

「なら決まりだな。それじゃあ行こうか」

「えっ……どこにですか?」

「そりゃ決まってるだろ?今日の夜は花火もあるみたいだし、見に行くしかないじゃないか」


 3、 意地を通せば窮屈だ

「おーい!こっちだぞー!」

「はい!今行きます!!」

 彼女が元気良く返事をして駆けてくる。

 俺はその様子を見て微笑みながら言った。「やっと来たか。遅いから迷子になったんじゃないかと思って心配してたぜ」

「すいません……。道が分からなくて遅れちゃいました。ここって結構広いですね……」

「まぁ、色んな学部の施設が集まってる場所だからなぁ……」俺達は大学構内にある小さな公園に来ていた。

 そこはベンチと木が何本か植えられているだけの簡素な場所で、夜になればカップル達がデートスポットとして利用するらしいが昼間は誰もいない事が多いらしい。

 そして、俺と彼女はその公園の真ん中辺りまで来ていた。「ところで先輩、本当に花火を見に来ただけなんですか?」

 彼女が不思議そうに聞いてくる。

「まぁ、確かにそれも目的の一つだけどな……」

「他にも何かあるんですか?」

「まぁな……」俺はそう言うと、彼女を自分の方に引き寄せる。そのままキスをした。「…………ッ!?︎」

 一瞬、彼女は何をされたのかわからなかったようだが、数秒後、状況を理解したらしく慌てて離れようとする。

 しかし、もう遅かった。

 彼女の唇を強引に奪う。

「ンゥ……チュプァ……」彼女は苦しげに息を漏らす。

 その声を聞いて、俺の理性が吹き飛んだ。

 さらに深く口づけをする。

 舌を絡め、歯茎や頬裏を舐め回しながら唾液を流し込む。

「フウゥ……アアッ……」彼女は苦しそうに身を捩らせる。

 それを逃さないようにしっかりと抱きしめて、ひたすら彼女の口を蹂躙する。

 やがて彼女は力なく俺にもたれかかった。

「ハァ……ハァ……」彼女は肩で大きく呼吸をしながら、トロンとした目つきでこちらを見ている。その姿はとても扇情的だった。

「先輩……急にどうしたんですか?」

「別にどうもしないよ。ただ、君の事が好きだなって思っただけだ」

「な、何ですかそれ……。答えになってませんよ?」

「うるさいな。とにかく俺はお前が好きなんだ。それだけ分かれば十分だろう?」

「そ、そんな事言われたら怒れないじゃないですか……」

「いいんだよそれで。怒ってもいいけどさ、とりあえず今日はこれで我慢してくれないか?」

「これってどういう意味ですか?」彼女は首を傾げる。

「俺はまだ君を離したくないんだ。だからもう少しこのままでいさせてくれ」

「先輩……分かりました。でも、あまり長くは無理ですよ?」

「分かってるよ」


 4、 意地を通すのは苦しい しばらくすると、花火が始まった。

 ヒュルルルルーーードーン!!︎パラララーーン!!︎ 空に咲いた大輪の花に歓声が上がる。

 俺は彼女を抱き寄せたまま、その光景に見入っていた。

「綺麗だな……」俺は思わず呟く。

「はい……」彼女は小さく同意してくれた。

 俺は少し照れくさくなり、話題を変える事にした。

「そういえばさっき、何で言い返さなかったんだ?」

「えっ?」

「ほら、さっきの連中だよ。お前ならもっと上手いやり方があったんじゃないのか?」「ああいう人達には下手に逆らわない方が良いんです。私が相手だと分が悪いと思ったんでしょうね。すぐに引いてくれたので助かりました」

「ふーん……」

「それより先輩こそどうしてあんな事を言ったんですか?」

「えっ?俺か?」「はい。私を助けてくれるにしてもあんな風に言う必要は無かったと思いますけど……」

「ああ、あれの事な……実はさ、あいつらがお前に告白しようとした時に、咄嵯に思いついた作戦みたいなもんなんだよ。上手くいったから良かったものの、あの後は冷や汗ものだったぜ」

「そうなんですか?」

「そうだよ。まさか本当にキスする事になるなんて思わなかったしさ……」

「えっ!?︎」

「どうかしたのか?」

「い、いえ!何でもありません!!」

「そうか?それなら良いんだけどな……」その後も俺達は花火を見ながら話し続けた。


 5、 意地を通せば辛い

「じゃあな」俺は別れ際に彼女に言った。

「はい。また明日学校で」彼女は笑顔で答える。

 俺は彼女が見えなくなるまで見送ってから、家に向かって歩き出した。

(結局、今日一日で色々あったな……)

 最初はちょっとした気まぐれだった。

 いつものように授業に出て、適当に単位を取りながら卒業する事を目標にしていただけだった。

 だが、今は違う。

 彼女と出会ってからは毎日が楽しくなった。

 こんな気持ちになったのは初めてかもしれない。

 そして、その楽しさを与えてくれたのは他の誰でも無い、彼女自身だった。

 俺は彼女が好きだ。

 だから、これからもずっと一緒に居たい。そう決意して、自宅への道を急いだ。

 帰り道を照らす照明がいつもより煌々としていた。


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